第3話残念異世界アシハラ

「う、うーん……」


 しかし……、我ながらアホな夢を見たものだ、異世界に行くだって? この令和の時代に、そんな馬鹿な話が有ってたまるか。疲れているのかな、俺。ここのところ決闘決闘で参っていたんだよな、また今日も決闘か……、今日は自動車部の部長が相手だったな。だからあんな夢を見たのか……。


「おーい」


 誰だ、耳元で呼んでるのは? 起こしに来るなんて、珍しいな。それにしても頭が痛い、身体中もバッキバキに痛い、どうしたんだ……、やっぱり決闘疲れだな、これは。今日の決闘が終わったら、あの四人にきっちり言わないとダメだな、この勢いで勝手に決闘を受けられたら、俺の身体が持たない。しかし……素直に聞いてくれる相手じゃないし……、どうしたもんだろう。


「おーい、もしもーし」


 しっかし、さっきからうるさいな、もう少し寝かせてくれよ。そう思って寝返りをうったが、何か枕の感触が違うぞ、いつものフカフカした感触じゃあ無い、何かモチッ、とか、ムニュッ、とした感じだ……


「あはん、そんな所、触っちゃダメ。いたずらしてないで、そろそろ起きて下さい」


 ハイハイ、分かりました分かりました、起きりゃ良いんでしょう、起きりゃ。あーあ、起きたら今日も、面倒臭い決闘だ……


 そう思って目を開けた俺の視界に、こちらを覗き込む見知らぬ女の子の顔が有った。どうやら俺は膝枕で寝ていたらしい、どういう状況でそうなったのか、寝ぼけ頭で考えていると、俺はある事に気がついた。この女の子、耳が変だ、長い耳が頭の上に二本伸びている。所謂、ウサミミというヤツだ……、そして俺は合点が行った。


「うん、夢だ」

「夢じゃありませんよー、起きて下さーい」


 早く現実に目覚めるために、もう一度目を固く閉じた俺を起こそうと、ウサミミ娘が揺さぶってくる。


「夢だ夢だ夢だ」

「おーい、起きて下さい、勇者サマー」


 夢じゃねえんかい!!


 どうやら俺は、あの空中分解からの異世界落下の衝撃で、気を失っていたらしい。辺りを見回すと、ボディが吹き飛んだ車の残骸が、嫌でも目に入ってくる。散乱する車の残骸が、今起きている事が現実である事を雄弁に物語っていた、畜生。あーあー、華音のヤツ、こんなにしてくれて、どうやって帰るつもりなんだ? それはさておき、産まれて以来、最悪の寝起きを果たした俺は、介抱してくれたとおぼしきウサミミ少女に礼を言った。


「あの、助けてくれて、どうもありがとう……」

「いーえー、異世界から参られた勇者様をお世話するのは、我が一族の務めですから」


 さてと、俺の耳がおかしくなっていなければ、このウサミミ、聞き捨てならん事を言った様な気がするぞ。


「勇者? 誰が?」


 俺なんかが勇者のわけないと思うが、確認のため聞いてみると、ウサミミは満面の笑みを浮かべて言いやがった。


「んもう、とぼけないで下さい、あなたの事ですよ」

「俺が?」

「はい、天の鳥舟に乗って、勇者がアシハラ中ツ国……、ああ、ここアシハラ世界の真ん中に位置する、アシハラ中ツ国って言うんですよ。アシハラ中ツ国に勇者が降臨するって、家伝の予言書に記されているんですよ」


 キラキラの目で説明するウサミミに、俺はうろん気な目を向けた。


「予言書?」


 予言なんて当てになる訳が無い、ダムスの大予言もマヤ暦もみんな外れたんだ。あんな物は後出しジャンケンと同じで、目立った事件をこじつけて、的中したと騒いでいるにすぎないのだ。そんな俺の思いが通じたのか、ウサミミは眉間にシワを寄せてまくし立てる。


「あーっ、疑ってますね! その目は疑ってますね! 良いでしょう、そんなに疑うならお見せしましょう! 先祖代々我が一族に伝わる予言書『古事記』を!」


 大見得をきって、ウサミミが懐から取り出した予言書、それはどう見ても書籍というよりは大福帳だった。その大福帳の表紙を見て、俺はここは残念な異世界だと確信したのだが、ウサミミは大福帳を俺に向けてアピールする。ああ、残念だ……


「どうですどうです! これが先祖代々我が一族に伝わる『古事記』ですよ! 有難いでしょう、神々しいでしょう」


 ドヤ顔のウサミミに、俺はため息をついてツッコミを入れるのだった。


「おい、それ、『乞食』って書いてあるぞ」

「ですから『古事記』」

「いやそれ『乞食』」

「古事記……」

「乞食……」

「…………」


 しばし沈黙し、大福帳を挟んで見つめ合う俺とウサミミだったが、こちらの意図が伝わった様で、大きくリアクションをとって後ろを向いた。そして、少しして振り返ると、『乞食』という文字をバツ印で訂正し、その脇にちんまりと『古事記』と書き直した例の大福帳を突き出して見せた。


「めげないね、あんた」

「よく言われますぅ~」


 呆れる俺に、子猫の様な仕草と笑顔で答えるウサミミ。ウサミミのクセに、子猫の仕草とはこれ如何に?

 毒気を抜かれた俺に、ウサミミは予言書の勇者へと話を戻した。


「ここのところに書いてあります、読んでみて下さい」


 読めって言ったって、俺は別の世界から来たんだぞ、異世界の字が読める訳……、あれ、読めた。


「えーと、何々……、●歴、千九百九十X年、アシハラは核の炎に……って! おい、これ著作権大丈夫なのか!?」

「あー、それですか? それ、外れちゃいました」


 頭を掻いて、あっけらかんと答えるウサミミ。


「ほれみろ、予言書なんて胡散臭いだけだぜ。で、いつ外れたんだ?」

「昨日です」


 昨日なんかーい!!


「胸に七つの傷を持つ、流浪の勇者は現れませんでしたから。でも、この予言は当たってますよ、こうして実際に異世界から勇者様が降臨しているんですから。四方の国に強大凶悪な女王が立つ時、アシハラ中つ国に危機が訪れる。しかし、異世界から天の鳥舟に乗った勇者が降臨し、邪を払いアシハラに平和をもたらすであろうって、ほらほら」

「だから、俺は勇者なんかじゃない!!」


 俺はそんなに御大層な存在じゃない、普通の高校生だ! 足を踏み鳴らして抗議するも、ウサミミは感動の面持ちで俺を見て、パパっと大福帳になにやら書き込んだ。


「見事な四股踏み! 流石は勇者アシハラの四股男! ほら、ここにアシハラの四股男の記述が!」

「それを言うなら葦原醜男あしはらのしこおだ! それに何が記述だ、お前今書き足しただろう!」

「時代と共に進化する予言書ですから」

「あのなぁ……」

「なーんちゃって、テヘペロ」


 調子良く書き足して根拠にするウサミミに、イラッと来た俺は乞食もとい古事記をひったくり、パラパラとめくって内容を確認する。


「しかしねぇ、古事記か……。俺の世界の古事記は神話であり歴史書なんだけど、予言書ねぇ……」

「おや、勇者様の世界にも、古事記はあるのですか? 土偶ですね!」

「奇遇だ! それに勇者じゃない……って、まぁ、良いか。俺の世界の古事記ってのは、稗田阿礼ひえだのあれって人に伝わる口伝を太安万侶おおのやすまろが編纂した書物なんだけど」

「おや、これまた土偶。この古事記を書いたのも、太安万侶っていうんですよ」

「マジか!?」

「ええ、私のお爺ちゃん。因みに稗田阿礼は、私のお婆ちゃんでーす」


 屈託のない表情で話すウサミミの言葉に、俺は聞き流しそうになった事実を聞き取り、余りのいい加減さに脱力感に襲われた。


「なーにが先祖代々だ、たかだか三代じゃないか。ありがたみも何もないな」

「えー、だってお爺ちゃんが『先祖』でしょう、お父さんが『代』で、私が『々』。先祖代々で間違いないじゃないですか、勇者様」


 真顔で話すウサミミの天然ぶりに、俺は呆れるのを通り越して、感心してしまった。と、同時に、これはいちいち気にしていては、キリがないと悟り、話題を変える事にした。


「いい加減勇者様は止めろ、俺には驚天動地郎という名前がある。ああ、ただしフルネームで呼ぶなよ。驚天動か地郎で頼む」

「驚天動地郎ですか……、勇者様に相応しい、荒唐無稽な名前ですね?」

「だからフルネームで呼ぶな」

「では地郎様とお呼びしますね、勇者様。私の名前は稗田祚礼ひえだのそれといいます。遠慮なく呼び捨てで、祚礼と呼んで下さい。改めてよろしくお願いします」

「ああ、分かった。こちらこそよろしく。因みに聞くが、お母さんの名前は『これ』というのか?」


 俺のたたいた軽口に、ウサミミもとい祚礼は目を丸くして反応した。


「おや、よくご存知で、たしかに私のお母さんは、稗田呼礼ひえだのこれで、間違いありません。どうしてお分かりになったのですか?」

「あれこれそれ、わからいでか」

「おー。見事な洞察力、流石地郎様」

「はいはい、ありがとさん」


 パチパチと拍手をし、されても嬉しくもなんともない称賛をする祚礼に気の無い礼をした俺は、置かれた状況を不承不承納得して、今後の事を思案する。


「ところで、ちょっと聞きたい事が有るんだが……」

「なんでしょうか、地郎様?」

「俺の他に四人、女の子がいなかったか?」

「女の子ですか? うーん……」


 今後どうするかを考えるに、まずは離ればなれになったあの四人と合流しなければならない。先に近くで俺のように保護されていれば良し、そうでなければ些か頼りないが、祚礼に協力を要請して捜索をしなければならないだろう。そうなった場合、どれだけ時間がかかるか分からないが、助力を得るための取り引き条件として、勇者をやってあげるのも一つの手かも知れない。四方の国の女王とやらを倒すのにも、相当な時間がかかるだろうし、華音達四人を探すついでの、ギブアンドテイクというヤツだ。


「うーん、私は知りませんねぇ……。近くには誰もいませんでしたよ」

「そうか、見かけなかったか……」

「お役に立てず、申し訳ありません、地郎様」


 すまなそうに頭を下げる祚礼に、やっぱりなと俺は思う。そう上手に物事が進む訳がない、勇者になるのを交換条件に、祚礼に四人を探すのを手伝って貰うしかないだろう。こいつは「勇者の世話をするのが我が一族の務め」と言ったんだ、まさか嫌とは言うまい。


「俺は一緒にここに来た、四人の女の子を探さなくちゃならない。だから、俺はお前の言う勇者になって、四方の国の女王を討ちながら、彼女達を探そうと思う。辛くて長い旅路だろうが祚礼、俺に協力して欲しい」

「それは喜んで協力しますが地郎様、辛くて長い旅路なんか有りませんよ」


 何で? 異世界転移/転生で、魔王的なヤツを倒すには、旅をしながらレベルアップして成長していくのが定番だろ? 何を言ってるんだ、祚礼のヤツは。と、そんな事を思っていると、祚礼は俺の胸に飛び込んで、号泣しながらこう言った。


「だってもうすぐそばまで押し寄せて来てるんですよぉ、四方の国の軍勢がぁ。ここを中心に、一里四方で布陣して、睨み合っているんですよぉ~! 今ぁ~。アシハラ中ツ国はもう、滅亡しかかっているんですぅ~! 早く助けて下さい、地郎様ぁ~!」


 聞いてねぇよ! そんな事ぉ~!!


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