第2話異世界への疾走!
「君については、どうやら色々と誤解が有った様だ、すまない」
「いいさ、いつもの事だ、気にするな」
俺は先程の出来事で、自分が誤解していた事を悟った自動車部部長の謝罪を受け、それを受け入れた。
俺が転入以来決闘を挑まれる理由は、はっきり言って誤解から来るやっかみであった、それも俺の預かり知らぬ、不可抗力である事が原因であるから質が悪い。
ざっくり原因を説明すると、それは前年度の新生徒会選挙に端を発する。この学園の生徒会は生徒会長のみが選挙で選ばれ、他の役員は生徒会長の指名で決定する。弱冠一年生の身で生徒会長選挙に勝ち抜いた華音は、同級生で従姉妹の織春紺を広報に、一年上のこれまた従姉妹、艷万田衣桐を会計として生徒会役員に指名し、人事を終了した。
通例の人事では考えられない少数指名に、生徒達は疑問に思い、その疑問を新聞部が取材インタビューをすると、華音は含みを持った笑みを浮かべてこう答えた。
「とびっきりの隠し玉があるの、新年度を楽しみにしてね」
そして新年度となり中等部からエスカレーター入学を果たした従姉妹、美壽璃瑠を隠し玉人事第一弾として発表する。そしてゴールデンウイーク明け、晴れてこの学園に転入を果たした俺を彼女達は取り囲み、生徒会長に拉致監禁、俺の意思などお構い無しに隠し玉人事第二弾として俺の副会長就任を発表しやがった、畜生。
その人事は見た目ハーレム状態であり、その見た目が全男子生徒の心にマイナス方向の波紋を産んだのは、読者諸兄お察しの通りである。おまけに彼女達の俺に対する行き過ぎたアプローチに、若干どころではない煩わしさを感じていた俺の態度が、どうやら彼等の心の中に更なる悪感情を増幅させる結果を呼び起こしたらしい。
それらの情報を分析した結果、彼等の目に俺はこう映っていたようだ。
転入したてで慣れない学園生活を慮り、甲斐甲斐しく世話をやく俺達のアイドルをぞんざいに扱う、憎きハーレムの主。
男子生徒達は、この俺こと悪逆非道のハーレム王から純真無垢な生徒会役員を救うべく、あわよくば取って変わろうと義侠心というオブラートで嫉妬心下心を包み込み、決闘を申し込んできていた。
いらん苦労なので、適当にあしらうつもりが、俺の知らない所でこの四人が受ける受ける……。いらん事すんなって。
そんな訳で激おこプンプンの俺に、彼女達は言うんだ
「地郎が私達の為に戦ってくれる……、す・て・き」
なんて目を潤ませてヌケヌケと全く本当にもう!
とはいえ、決闘直前になると、今日の自動車部部長の様に大概の相手は自分達が誤解していた事に気が付き、謝罪してくれる。そりゃそうだ、あんなドン引きパフォーマンスを見せつけられたら、どんな馬鹿でも『俺が振り回されている』事に気が付くってもんだ。おかげさまでこれまでの決闘は、直前でお互いわだかまりなく臨む事ができ、結果ノーサイドで終わる事が出来た。
「でも、だからといって戦いの手を抜く事はしない、正々堂々、全力で挑ませて貰う」
「勿論だ、俺もできるだけ悪足掻きさせて貰う」
お互い不敵な笑みを浮かべ、軽く拳を合わせると、自動車部部長は俺に背を向けて、自分の愛車に乗り込んでいった。
「さて、俺も……」
そう言って、運転席の扉を開け、シートに座りシートベルトを締め、イグニッションキーに手をかけた時だ。
「ヤッホーッ。地郎クン、調子はどう?」
助手席のドアが開き、シートを畳んで織春紺が後部座席に乗り込んできた。
「おいおい」
「ジロ兄、あたいのパフォーマンス、どうだった?」
「私、徹夜でお稽古しましたのよ。褒めて下さい、地郎様」
続いて美壽璃瑠、艷万田衣桐が後部座席になだれ込む、ちょっと待て。
「おい、何で乗って来る!?」
「そんなの決まってるわ、地郎が勝つところを一番近くで見届けたいからよ」
「「「「ねー」」」」
最後に助手席に乗りこんだ緋々色華音が、シートベルトを締めながらドヤ顔でそう言うと、皆は屈託の無い笑顔で合意する。ダメだこりゃ、万に一つ、いや、兆に一つの勝ち目が完全に潰された。
「勝利の女神が四人ついてるんだから、今回もサクッとやっちゃってね、地郎」
「あのなぁ……」
今回の決闘、勝負の行方はほぼ決まっている。あっちは86、こっちはビートル1、性能差がダンチなのだ。しかしそれがどうあれ、不本意なれど決闘が決まれば持てる力を出し切って戦うのが俺の流儀であり、相手に対する礼儀である。
今回俺が一縷の望みを賭けたのが、車体の重量差だ。こちらの方が圧倒的に軽く、RR《リアエンジンリアドライブ》という駆動方式が産むダッシュ力で先手を奪えば、相手の鼻をあかす事位は出来る、その思惑を……
「やかましい! 今すぐ降りろ! これじゃ重くって勝負にならん!」
俺がそう声を荒らげると、四人はそれを柳に風と受け流す。
「女の子に重いって、失礼ね~、地郎クン」
「ジロ兄、あたい体重四十キロ無いよ」
「私、どれだけ食べても太らないんです」
「あっ、それ私も私も!」
「そういうこっちゃ無え! いいか、今回の決闘はなぁ、コッチの車重が軽いのが唯一の希望だったんだぞ! それをお前達は本当にもう……」
「あれーそうだったんだー。まぁ乗っちゃったんだからいーじゃん、ドンマーイ」
俺が何を言っても高飛車マイペースを崩さない華音が、ペシペシと俺の太ももを叩く。
「ドンマイじゃねえ」
憤り震える俺の肩を、トントンと指先で叩く者がいる。目を向けると、俺の顔に頬を寄せる様に顔を近づけている璃瑠の顔が有った。
「どわわっ」
「ジロ兄、あれ」
驚いて距離を取る俺に、璃瑠は指をさし抑揚に欠けた口調で注意を促す。璃瑠の指先の示す物を見て、俺は舌打ちを打った。
「チィっ! しくった!!」
璃瑠が差す指の先には、巨大なクリスマスツリーと呼ばれるスターティングシグナルがあり、既にカウントダウンライトが点滅を始めていた。隣に目をやると、自動車部部長の86は轟音をあげ、後輪からバーンアウトの煙を盛大にあげている。俺がイグニッションキーを回すのと、グリーンライトが点灯するのはほぼ同時だった。
「ええい! ままよ!」
スタートダッシュに失敗した俺は、半車身程遅れてスターティンググリッドから飛び出す。ドラッグレースでこの遅れは致命的だった、元々の車の性能差から、常識的に考えてこの差を覆す事は不可能なのだが……
「なんじゃこりゃあああああっ!?」
スタートから一拍遅れて後ろから思い切り相撲のぶちかまし、あるいはアメリカンフットボールのタックルを受けた様な衝撃が俺の背中を襲う。そして一瞬ウイリーしたビートル1は爆発的な加速を発揮する、発生したGで俺はシートに押し付けられた。
「何っ! 馬鹿な」
今頃86のコクピットでは自動車部の部長はそう言って驚いているのだろう、実際俺もそう言って驚いている。俺のビートル1は半車身先行していたはずの86をあっという間に抜き去ると、ゴールに向かってグイグイ加速して弾丸の様に突き進む。度肝を抜かれた俺の後ろで、紺と璃瑠が「やったぁ、大成功」とハイタッチをかわしていた。
「何だ!? お前ら一体何をやった!?」
「エンジンスワップ」
「エンジンスワップ? 予備のエンジンなんて無かった筈だぞ」
「ジロ兄、あれあれ」
「あれって何?」
璃瑠が何やら指差ししているが、俺は車のコントロールに集中する為、よそ見が出来ない。
「あの86のエンジンと、このビートルのエンジン、昨夜こっそり載せ替えた」
「こっそりってなぁ……、それだけじゃないだろう。シャーシの強化やらバランス調整やら……エンジンだって相当いじっただろう」
呆れるやら感心するやら、複雑な気持ちで俺がそう言うと、メカオタクの魂が目覚めたのか璃瑠は饒舌に改造点について語り出した。
「ポートを鏡面加工して、スーパーチャージャーとターボの二段加給を組み込んだ。ターボはシーケンシャルにしたから、低回転から高回転まで漏れなく加給、死角無し」
「おいおい」
「更にセンサーを取り付け、相手車両との距離を計測、ピンチの時は自動で亜酸化窒素をダイレクトポートで噴射」
「出足の加速はそれか? よくエンジン壊れなかったなぁ……。てか、短時間でよくそんな事出来たもんだ」
「そこは設計の妙よ」
待ってましたと口を挟む紺に、璃瑠は頷く。
「紺姉の設計通りやったから簡単だった、それよりビートルのエンジンを、バレない様に見た目と音をそっくりにして、86に載せ替える方が難しかった」
ふんすっ! と自慢気に鼻息をたてる璃瑠。
「それにしても、物凄いスピードですねぇ。こういうの異次元の加速と言うのでしょうか、私、目が眩みそうです」
どこが眩んでいるんだ? ポワポワと浮わついた口調でそう言ったって、説得力の欠片も無いぞ、衣桐。お前本当はワクワクしてんだろう? 本当はワクワクしてんだろう!!
「何だか、異世界にも行けそうですわね」
「まさか、いくら何でも」
「勿論、行けるわよ、異世界」
「へ?」
ゴールラインを越え、精神的に幾ばくかの余裕が出来た俺は一笑に付すが、紺の答えに耳を疑った。
「何を馬鹿な!? そもそも有るんかい! 異世界!!」
「あら、知らないの地郎クン、世界とは私達の世界だけじゃないのよ。気が付かないだけで、それこそ星の数程有るんだから」
「おいおい」
「その通り、軽く見積もっても星の数、エタったWeb小説の数も合わせたら、それこそ幾つ有るかしれないわ!」
「エタった言うな、エタった」
呆れる俺に、華音が畳み掛ける様に異世界の存在を断言する。そして……
「華音に頼まれてたからね、理論も出来上がっていたし、いい機会と思って組み込んじゃった」
「流石は紺ね、IQ300は伊達じゃないわね! これで私達の野望に一歩近づくわ」
「素敵ですね。ワクワクします」
「組み立てたのはあたい、あたいも褒めて」
「勿論よ、璃瑠、偉い偉い」
「やったぁ」
寝言は寝て言え、異世界なんて有る訳無いだろう。姦しく盛り上がる四人娘に、俺は現実という冷水をかけるべく口を開く。
「で、どういう理屈で異世界とやらに行くんだ? まさかあの壁に激突しろって言うんじゃないだろうな」
「まさか、そんな原始的な方法で行く訳無いじゃない。華音、サイドブレーキの隣に、赤いレバーが有るの、分かる?」
「うん、分かる」
いつの間に付けたんだ、そんなモン。
「それ引っ張って」
「こう?」
華音が例の赤いレバーを引くと、何やら車内空間がブルっと震えた様な気がした。そして次の瞬間、外の景色が物凄い勢いで後方に流れていく。慌ててアクセルから足を外した俺は、思わぬ事態に驚愕する。
「おい、どうした! アクセル戻んないぞ!」
「ええ、そうよ、そういう装置だもん」
声を荒らげて問い質すが、涼しい顔であっけらかんと答える紺。迫り来る壁を避ける為に、俺は思い切りブレーキを踏み、ハンドルを切るが……
「おい、ブレーキが効かんぞ! ハンドルも馬鹿だ!!」
「ええ、そうよ、そういう装置だもん」
結局激突じゃん! そう思った矢先、俺の感覚は外の景色はそのままで、車内の時間の流れが物凄くゆっくりに感じる不思議な感覚に変化していった。相反する感覚に脳が拒否反応を示したのか、船酔いの様な感覚に襲われる、そして……壁に激突……、いや、壁をすり抜けたぁ!?
「何だ! 何処だ、この不気味な空間は!?」
俺達を乗せたビートル1は、見慣れた学園の風景とは全く違う空間を走っていた。夜空の様な、深い紺色の空間、その中を無数の光の玉が七色の輝きを放ち、流れて行く。
「どうやら成功したようね、ここは世界を分ける境界の空間よ」
「境界の空間ですか? 幻想的で素敵な所ですねぇ」
「おー」
紺の説明に、衣桐と璃瑠が感嘆の声をもらす。この非常時にぶれない二人だ……
「あの光の一つ一つが、それぞれ一つの『世界』を形成しているの。近寄れば、どんな世界なのか、ある程度確認出来るわ」
「どうやって来た!! 一体どういう仕組みだ!!」
得意気に説明する言葉を遮り根源的な説明を紺に求める俺。
「知りたい?」
「おお、すんげー」
ミラー越しに確認した紺の目は、小悪魔的に輝いていた。
「教えても良いけど、理解出来なかったら……、脳が溶けて鼻の穴から流れ落ちるわよ」
「あー、急に聞きたく無くなっちゃったなー」
「賢明ね、高嶋先生みたいにはなりたくないでしょう」
高嶋先生とは高等部の化学の先生で、虚栄心が強い上に授業が下手で生徒達からの評判が、すこぶる付きで悪い先生である。この先生、何故か最近乱心して、下半身を丸出しで猿股を被り、時計塔の天辺によじ登って
「♪ギュインギュイングィラグィラ夕陽が沈む、ギュインギュイングィラグィラ陽が沈む!!」
と、一心不乱に歌い踊る姿が確認されている。噂によると、生徒達からの評判を覆す為に、学会に論文を発表しようとしたが、自分の力で書けば良いものを、紺の書きかけの論文を盗み見て、剽窃しようとしたらしい。しかし紺の論文が余りにも高度過ぎて理解が追いつかず、脳が溶けて鼻の穴から流れ落ち、発狂してああなったとの事だ。くわばらくわばら、君子危うきに近寄らず、俺はああはなりたくねぇ!
「まぁ、では高嶋先生が急にフルティニズムに目覚め、深く傾倒する切っ掛けになったのは……」
ぽわぽわした口調で話に入ってきた衣桐に、紺はため息をつきながら肯定する。
「そうよ、やぁ、精が出るねぇ、とか何とか言いながら、なれなれしく肩に手を置いて私の書きかけの論文に目を通した瞬間、目を血走らせて笑いだし、鼻水垂れ流しながらいきなりズボンと猿股脱ぎ始めるんだもん、びっくりしちゃったわ! フルティニズムに目覚めるのは個人の勝手だけど、場所をわきまえて欲しいわ、全く!」
「そんな事よりさぁ~、これな~に? 紺」
憤慨する紺に、そんな事はどうでも良いといった口調で、華音が口を挟む。何なんだ、その新しい玩具を見つけた子猫の様な、ワクテカな表情は!?
「どれ?」
「これ」
華音が指を差したのは、シフトノブの天辺に取り付けられた、半透明のカバーに覆われたスイッチだった。あからさまな怪しさに俺も気になっていたんだが、聞いてる暇もなくレースが始まったから、下手に触らないよう注意してたんだ。
「華音、触っちゃダメよ、それは……」
「ゴメーン、押しちゃったぁ。押したらどうなんの~?」
紺の説明も聞かず、華音は好奇心の赴くままに怪しいスイッチを押しやがった、ポチっとなって……。馬鹿か! こいつは!! そのせいなのか車内は今、赤いランプが点滅し、けたたましいアラームが鳴り響いている。
「今押したのは、何のボタンですの?」
何か良くない事が起こっているのが明白なのに、依桐はおっとりとした口調で紺に問いかける。落ち着いてる場合じゃ無いでしょうに!
「緊急脱出装置のスイッチ」
「あらあら」
「押したらまずボディーが吹き飛ぶでしょう」
「まぁまぁ」
「そしたら、射出座席がブッ飛ぶ仕掛け」
「それは大変」
紺の答えに、依桐は呑気に応じる。その言葉通りの事が起こってるのに動じるどころか、絶対に楽しんでいるぞ、この女。
「おい、お前ら! 早く俺に掴まれ!!」
俺は必死に手を伸ばしたが、時は既に遅く、四人は手近に有った世界に向かい落下していく。
「南無三!」
なんとか後を追おうと車をコントロールしたが、その世界に前を向けた所でエンジンが白煙を吐いて動きを止めた。
「馬鹿なぁああああああああ」
俺も車ごと、四人の後を追うように、その世界へと落下していった……
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