週末異世界探検部「さぁ、理想の世界を探しましょう」「嫌だ!断固断る!!」
場流丹星児
第1話決闘!!
お爺さんに手を引かれ、
「うわぁ……」
圧倒される俺に、お爺さんは微笑む。
「どうじゃ、ここが今日からお前さんの家じゃ」
悪戯っ子の様な目でそう言うと、お爺さんは俺の手を引いて、エントランスに続く階段を登る。今まで暮らしていた施設とは大違いの立派な大邸宅に気後れした俺は、まるで異世界に来た様な心地でキョロキョロと辺りを見回しながら、手をひかれるままにお爺さんの後をついて行った。そしてその階段を登りきった俺は息を飲んだ。
「ようこそ、初めまして、
エントランスで俺を待ち受けていたのは四人の女の子だった。桜舞う春の微風を纏い、優しく微笑み礼をする彼女等の雅で美しい挙措に、俺は妖精の世界に迷い込んだのかと錯覚して、ただただ目を見張るだけだった……
△▼△▼△▼
どうしてこうなった!? そう思って頭を抱えた時にフラッシュバックするのは、俺がまだ幼かった頃に児童養護施設から引き取られて来た時の記憶である。あの時はこんな事になるとは、夢にも思っていなかったのになぁ〜
「まさかそんな車で挑んで来るとは……、呆れてものが言えないな、ええ?」
「そいつはどーも、俺は好きでこの車に乗ってるんだ。それから、決闘を申し込んだのは俺じゃねえ、そっちだろ」
「あっはっはぁ~、何を言っている。始まりはどうあれ、受けたのは君じゃないか」
俺が受けたんじゃねぇ! 馬鹿野郎! と心の中でツッコミを入れる俺の目の前で高笑いしているのは自動車部の部長、名前は……名前は……何だっけ? まぁ、お察しの通り、俺にとってはそういう立ち位置の男である。炎天下、アスファルトから照り返す熱でむせかえる様な陽炎の中、何でこんな野郎と軽口を叩き合っているのかと言うと、俺はこの男に『決闘』を申し込まれ、不承不承ではあるが、それを受けてしまったからである。まぁ、言うならば、決闘前の軽い舌戦という所だろうか。
決闘
俺の通う『緋々色学園』は、尚武の気質を良しとする、文武両道の教育を謳う学園である。日本一の旧財閥企業、緋々色コンツェルンが経営するこの学園は、幼稚園から大学院までの一貫教育を行い、卒業後は関連企業への就職と、まさに『ゆりかごから墓場まで』をサポートする優れもののマンモス学園である。
そんな入学できればパラダイス、人生勝ち組が約束されたこの学園では、生徒間同士の軋轢は決闘で解決すべしとの、物騒な校則が有ったりする。
これは野蛮な事ではない! 社会人になる前に優勝劣敗という現実を直視する事で自分の弱点と強味を把握させ、オンリーワンの人材を育てる為の教育である、ガッハッハッ。
という、一度発案者の頭を叩き割って、中身を調べてみたくなる様な理由で、それが行われているのだ。特に俺達高等部の生徒が毎日の様に決闘を行っているので、決闘は高等部の華と言われ、同時に学園の伝統と捉えられていた。
決闘の方法は多岐にわたり、体力に優れた者だけが有利になる事が無い様に考慮され、結構白熱した勝負になる事が多く、過去に行われた決闘では、今なお『名勝負』と語りぐさになっているものも有る。
図書室の夢子ちゃんをかけた、校内本因坊VS校内竜王の異種対局戦や、部室と練習場の拡大を図るフットサル部VS廃部を免れようと画策するバレー部の異種球技戦がそれだ。
しかし……、どうやって戦いを成立させたのだろう? 謎だ。
そんな訳で、今回の俺の決闘相手は自動車部の部長、名前不明氏である。
高等部なのに、何故に自動車部が有るのか? 疑問に思った人も多かろうと思う。この緋々色学園高等部は馬鹿みたいに広い敷地面積があり、授業の為の移動労力が半端ないのだ。特に高等部からは全寮制となるため、学生寮から学校、校内の移動の為の労力削減目的での交通手段確保が認められている。一般的には十六歳から取得可能な原付免許や二輪免許、特に女子でも楽に取れる原付免許取得から原チャリもしくは電動スクーター使用が主流なのだが、中にはやはりへそ曲がりもいる。へそ曲がり共は二年前『自動車科』生徒のみが学園敷地内での四輪車運転を黙認されている事を不服とし、生徒全員にそれを認める様にと時の生徒会長に決闘を挑み、それに勝利して『校内免許制度制定』を獲得して現在に至る。
俺は原チャリでいいやと思っていたのだが、遊んでる車が一台あるから是非にと請われ、乗り気では無かったのだがその車を一目見て気に入り、校内免許を取得していた。
因みに件の決闘に勝利したのが、俺の目の前に立つ名前不明氏である、コイツは勝利の余勢をかって自動車部を設立し、モータースポーツに勤しんでいる。やべえな、今回は俺勝てる気がしねえ……
今回俺がこの決闘、匙を投げかけている理由は、車の圧倒的な性能差と勝負形式である。今回の決闘は自動車によるレース、それもゼロヨン形式のドラッグレースである。そして奴が用意した車が、自動車部が誇る精鋭メカニックがチューンナップした『86』であるのに対し俺の車がワーゲンビートル、それも『ニュー』でも『ザ』でもない、俗に『ボロクソワーゲン』と呼ばれるビートル1である。いかな同じ水平対向四気筒エンジン搭載車とはいえ、万に一つも勝ち目が無ぇ。
「そんな車とは言ってくれるわねぇ、
突然挟まれた勝ち気な声に俺達が振り返ると、そこには四人の美少女がグリッドガールの格好で優雅に日除けのパラソルを射して立っていた。
「地郎クンの車、可愛くってステキじゃない。目つきの悪い車より、私は断然好きだなぁ」
やんわりとした表現ではあるが、挑発的な口調でそう断言したショートボブのこの娘は、俺と同じクラスで生徒会広報の
「ジロ兄、いっつもちゃんと整備して、安全運転で乗ってる。絶対負けない」
舌っ足らずで眠たそうな口調でそう語るのは、一個下の生徒会書記の
「必要な機能が必要なだけキチンと揃っている質実剛健な用の美、まるで地郎様のよう。
楚々とした口調で断言するのは一個上の生徒会会計のセクシーダイナマイツ大和撫子、
「やはり聡明な生徒会の方々とはいえ女の子ですね、自動車の事を何も解っていない。この二台の車にある性能差は歴然、腕の差を以てしても埋められません! まぁ、彼のドラテクが全日本F3チャンプの僕を遥かに凌ぎ、F1かインディカートチャンプ並の腕で有ったとしても、無理でしょうね」
半ば腹立たしく思いながらも、全くその通りと同意しかけた自動車部部長のスカした言葉を遮り、活動的なツインテールの美少女が高らかに断言する。
「それでも勝つのは私達の地郎よ! アンタはその大げさな車の運転席で、地郎の車のテールランプを見てなさい! 指をくわえてね!」
勝ち気な口調でそう啖呵を切ったのはこの学園の理事長の孫娘、掟破りの規格外、問答無用の才色兼備、文武両道行動力の権化と様々な異名を持つ生徒会長、全校生徒がひれ伏し崇め奉る、
「随分な自信ですね、生徒会長。しかしこの決闘、勝負は既に見えています、僕が勝ったら約束通り彼の持つ権利、第二自動車部の部室と生徒会副会長の地位しっかりと譲って貰います、それから……」
「ええ、私達四人、アンタのレーシングチームのグリッドガールになってやるわ!」
大見得を切る華音に冷笑を浴びせ、自動車部部長は念を押す。
「その言葉、勝負が終わった後で、忘れたと言っても許しませんよ」
「誰が忘れるもんですか! ここにこうやって念書も用意したわ。受け取って」
念を押された事に腹を立てたのか、華音は念書を持った手をストレートパンチを繰り出す様に自動車部部長の鼻先に突き出した。
「良い覚悟ですね、ではあの男が皆さんが思う程大した男ではない事を、この僕が証明してあげましょう」
不敵な笑みを浮かべて宣言する自動車部部長の言葉が終わらないうちに、四人の美少女が声を合わせる。
「勝つよ」
「勝つもん」
「勝ちます」
「勝つわ」
四人の美少女が、信頼を込めた眼差しで、真っ直ぐ俺を見つめる。あ、このパターンは……
「随分な信頼ですね」
たじろぐ自動車部部長に、四人の美少女が畳み掛けた。
「ええ、当たり前よ、彼こそが私達が愛する未来の夫」
止めろ! それ以上言うな!!
「
俺のフルネームを、公衆の面前で言うなぁ!!
わなわなと震え半歩後ずさる自動車部部長を嬲るような視線で見下ろし、華音は肉食獣の笑みを浮かべる。
「大事な事だからもう一度言うわ、紺」
「分かったわ、華音」
何!? もう一回だって!? 紺、何だ! そのポーズは!?
華音に振られた紺は、日曜朝の五人の勇者もかくやという程の振り付けで、叫ぶように俺の紹介を始めたのだった。
「天が驚き地が揺れる、ソイツの姿に刮目せよ! 璃瑠」
ちょっと待てよ勘弁しろよ
「あい、
中二病全開、全身鳥肌モノの紹介を受け悶絶する俺を余所に、紺に振られた璃瑠は小柄で運動が苦手っぽい外見に反し、キレッキレの振り付けにバク宙を入れて言葉を繋げる。
「やあやあ、遠からん者は音に聞け、近くに寄って目にも見よ! そこな
止めてくれ! 止めてくれ! 止めてくれ! 止めてくれ!
「はい、璃瑠」
極大の羞恥心に苛まされ、頭を抱え海老反り悶絶で転げ回る俺を背景に、静々と和傘を担いで進み出た衣桐は日本舞踊を舞いながら、璃瑠の後の言上を続ける。
「媚びず退かず顧みず、驕らず誇らず侮らず! 天晴見事な心意気、そこに痺れる憧れる! 華音」
衣桐の振りに頷き、華音は目を閉じ口を開いた。
「世知辛い時代が求めた風雲児、世に光明をもたらす為に現れた快男児! さぁ、締めるわよみんな」
「「「ハイ」」」
夢だ夢だ夢なんだ! 俺は悪い夢を見てるんだ! きっとそうに違いない!!
そう思った俺は、早くこの悪夢から醒めるべく、思い切り何度も頭を地面に打ち付けていた。しかし俺のその思いも虚しく、醒める前にその悪夢は完遂する。
「「「「その人こそが、我らの愛する未来の夫、その名も驚天動地郎!! 」」」」
いつ誰が仕込んだのか、皆目見当のつかない派手な爆発を背景に、四人の美少女は思い思いの決めポーズで見得を切った、それもご丁寧に三方向三回……
やりきった。そう満足気な表情を浮かべる四人の美少女。
「車の性能差に胡座をかいているアンタなんかに、私達の地郎は負けないわ」
華音がそう言うと、紺、璃瑠、衣桐が頷き同意する、しかし……
「君達生徒会諸君の心意気は理解した、でも……」
「これ以上の言葉は無用よ! さぁ地郎、やっておしまい! 」
微妙に腰の引けた自動車部部長が、これまた微妙な表情を浮かべ懸念めいた事を口にすると、華音は眼光鋭く突き放した。しかし、自動車部部長の懸念は華音が思った様な、俺の車についての事では無かった。
「あんな状態で……、彼は戦えるのか? 」
そこはかとなく同情の念がその表情と言葉に見え隠れする自動車部部長が指さした先には、恥ずかしすぎるフルネームを、恥ずかしすぎる方法で高らかに紹介され、HPMPにとどまらず、SAN値の全てを根こそぎ奪われ、口から魂を七割程吐き出して虫の息で倒れている俺の姿が有った……
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