帰るのは、これ以上満足することがないから

 今日はなぜか仲のいいやつが少なかったようなので2次会に行くのは遠慮しておこう。店の前での参加者全員での一本締めが終わると同時に、影のように消えようかと動き始めた。この一本締め自体は嫌いじゃないんだが、店の前で40人もたまると必ず公道にはみ出るから、正直通行人に迷惑なんだよな。会社員になってから、居酒屋の前を通り過ぎるときにこういうやつらがいると邪魔だなと強く感じるようになった。

 そんな感想をもちながら、普段はぼっちではないのだが、今日はたまたま仲いい奴がいないし気分が乗らないからだと自分に言い聞かせるようにして帰路へと足を運び始める。

 開始が18時だったので、終了した今はまだ20時。時間的にもまだ早く飲み足りない奴らが多いのか2次会に行こうとするやつらは8割近い。もともと飲むのが好きなやつも多いし、練習よりも遊び重視の吹奏楽もどきサークルだったからか、次はどこに行くのか盛り上がっている。

 30人の二次会って店を探すのは大変だよな、とか思いながらも集団からようやく抜けようとしたとき、右肩からたすきがけしていたウエストポーチが何かに引っかかったような感じがした。

 そんなことはあるはずはないだろうと違和感を覚えながらも、サークルの誰かの荷物に引っかかったのかと思い「ごめん」と謝りながら左後ろに振り返ってみると、荷物に引っかかったのではなく、人間の腕で引っ掛けられていたということに気づいた。誰が何のためにと瞬間的に思いながら、犯人の顔を見ると、凛が笑いながらそこにいた。

「あんた、なに帰ろうとしてんのよ」

「いや、もう満足したしいいかなって」

 本音を言うと満足したわけではないが、2次会にいったところで満足感が高まるわけはないというのは事実だったりする。これ以上ここにいても仕方がない、そんな気持ちでいっぱいだった。そんな俺の気持ちとは裏腹に、凛は俺のウエストポーチを離す気など全くないかのように、まだ肩からぶら下がるウエストポーチの紐を握り続けていた

「そんな顔して言われたって、嘘以外の何物にも思えないわよ。相変わらず嘘が下手ね。」

「そうかね、昔から嘘をつくのだけは得意だと思っていたんだが」

 相手にだけじゃなく、自分に対して嘘をつくほうが得意だったりするが

「嘘だとわかっているんなら、なおさら帰してくれたっていいだろう?別に明日も早くはないが、ここに遅くまで残る理由もないんだし」


 すでに帰るやつらはさっさと帰っているし、中途半端にここに残っていると2次会参加組だと思われてしまう。凛が何かを言う前に、彼女をさっさと2次会に行かせるために、昔の彼女ならこれであきらめるだろう言葉を口にする。

「ほら、さっさと2次会にいってこい。お前が2次会いかないなんてみんな思ってないから、たまってると会が始まらないぞ」

「いやよ」

 なんてことを言いやがる。せっかく俺が、お前だけでなく俺自身にも気を遣って帰ろうとしているのにかかわらず。そんなことを思った矢先、凛はこういった

「あんたと2人で2次会にいきたいのよ」

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