こあくまどっとこむ
@ponpokoro
行って、戻って、でも変わらない俺
ついに、戻ってきた。
大学を卒業して会社員になって丸3年。
生まれも育ちも関東だった俺は、入社後の配属が札幌支社への配属になった。
新卒同期80人のうち、地方配属になったのはたったの6人。
東京本社で過ごせると思っていた俺の淡い夢は入社3カ月間の研修が終わって配属が発表された瞬間に打ち砕かれることになった。
札幌はいいところだ。飯も酒もうまいし、歓楽街も近いし安い。ただ東京と何もかもが違う。でも、俺は東京にいる予定だった。
正直、札幌配属だから東京まで飛行機で帰ってこようと思えば便もたくさんあるし、時間もそんなに長くはかからない。
札幌の歴史的な背景もあり、言葉は関東に住んでいる人間からすれば全く違和感はないものの、飛行機で移動しないと東京まで出れないし、何しろ気候が違いすぎるという点で気分的には海外のようだったりする。
片道切符かと思われながらも、俺が海峡を越えて東京に戻ってきたこの8月、
お盆の時期ということもあり、休みがとりやすい奴が多いのか久々に大学時代のサークル同期で飲み会が行われていた。
誰かの結婚祝い、という名目だったかな。
懐かしい大学のサークルのメンバーで飲んでいるはずなのに、心はどこかでここが本拠地じゃないように叫んでいる。さっきまで話していたやつはトイレにいってしまい、いったん俺は誰とも会話することはなくなった。
サークルメンバーと仲良くしていたつもりだったが、今日の飲み会は全体で40人近くいて、しかも2年ぶりに開催されたから久々に会う気の合うやつら同士が固まっている。
ふとした瞬間に孤独になることは、想定通りで寂しくなんかはない。
「まるで、旅行に来ている気分だなあ」
とはいっても、飲んでいるこの店、札幌にもあるようなチェーン店なんだけどね。
意味不明なつぶやきは、横で話しているあまり仲良くない奴らには聞こえず、
虚空に消えて誰も反応しないかのように思えたが、
いつの間にか目の前で飲んでいた女ー 出門 凜 ーは小馬鹿にしたような、それでいて人を腹立たしい気持ちにさせないにやりとした顔でこう言った。
「あんた、何言ってんの?」
大学当時は明るめの茶髪に染めていて、どちらかというと清楚というより明るい、もとい遊んでいるイメージだったが、改めてみると肩までかかる黒髪で清楚を演じているなと正直思った。だが、そんなことは言えずに返答する。
「お前、いつの間に」
「鈴木が私たちがいたテーブルに来ちゃってね。それで、狭いからちょうどいいと思って出てきたのよ」
相変わらず昔から人付き合いはよくて人気者だけど、どこかさばさばしているやつだ。こちらとしては気が楽だが。
「それで、なによくわかんないこといってんのよ」
60人くらいは入るであろう、居酒屋の大きな個室の入り口近くの端っこの席でくだらない会話が始まる。
「いや、東京に戻ってきたはいいけど、なんかしっくりこなくて」
「ここの店、学生時代と内装もメニューも変わってないじゃない。それに札幌にもあるって前はLINEで嬉しそうに一方的に言ってたくせに」
凜が言うことは正しい。
よく来ていたこの安居酒屋は、相変わらず少し高級感を作ろうとしてはいるが安物感が満載の木目張りの内装で、メニューも近年の人件費や原価上昇の影響を受けて値上がりした以外は、学生の頃と変わらない。参加しているサークルのメンバーも、服装こそスーツになっている奴が多いが、話の内容やノリは学生の頃のまま。
もちろん、上司がいけていないとか、客がわがままだとかいう仕事の愚痴も数多いし、結婚とか子供の話をする奴らもいて、時間は止まっておらず、ただひたすらに卒業から3年という月日を過ごしたということを感じさせられる。
何も変わっていないんだ。だけど。
「なんか、自分がいる場所じゃない感じがするし、ま、少しつまらないんだよ」
変わっていないのは自分だけだったのか。会社員になってからは極力言わないようにしていたが、中二病のような斜に構えたような言葉が学生時代ぶりに口に出る。
以前、誰かに怒られたよう気がして、発言してからやってしまったというのが顔に出てしまったのが自分でもわかる。
「なにそれ、私が目の前にいるっていうのに。失礼にもほどがあるわよ。まったく、悪い癖が治らないんだから」
凜は少しだけ怒ったような、でも明るい笑顔でそういった。
学生時代からのなじみだから彼女は慣れているため、いつものことのように流してくれている。優しく、おせっかいなのだ。
「はいはい。わるかったよ」
正直そこまで悪いとは思っていないが、とりあえずそう言っておく。
ここから凜との会話が始まると思ったが、店員からの飲み放題ラストオーダーの案内があり、それが終わったらサークル内同士で早くも結婚する奴らのサプライズのお祝いがありその企画に参加していた凜は運営のために俺の席を離れていった。
ま、久々の出会いの飲み会なんてこんなものだろと思いながら飲み放題にある発泡酒をあおっていたら、気づいたら1次会は終了の運びとなった。
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