第5話 覚醒
海に巨大な渦が発生し、海獣を完全に捕らえていた。
僕は両手を海獣に向けつつ、《水流魔法》を維持し続ける。
これだけ大規模な魔法を使っているにもかかわらず、魔力の消費が少ない。ものすごい燃費の良さだ。
きっと、同じ規模の渦を作り出そうとしても、《水属性魔法》や《万能魔法》では魔力不足で無理だろう。
たとえ、僕の全魔力を注いだとしても、だ。
「これが、《水流魔法》の真価……」
「すごい……。すごい、すごい! すごいよっ、ミラン!」
ステラが興奮しながら、僕に抱きついてくる。
「これって、ミラン様の魔法ですかい? 見たこともないような大渦ですぜ!」
「す、すさまじいです! あの海獣、まったく身動きがとれなくなっていますよ!」
甲板から、みんなの昂ぶった声が、次々に飛んできた。
「初めて使った魔法だから、いつまで効果が持つかわからないよ。とにかく、島に向かって急いで、急いで!」
足止めが成功しているうちに、海獣から距離を取らないと。
「もちろんですぜ、ミラン様! 後は任せてくださいな!」
操舵手からの力強い返事が飛んできた。
「今度は船の下に、島方向への海流を作ってみようかな。船の速力をグンと上げられるはず!」
海獣はいまだに戸惑っている。距離を稼ぐなら、今しかない。
僕はステラとともに船尾へ移動し、《水流魔法》をすぐ下の海面に向かって放った。
「きゃっ!」
船がガクンと揺れ、ステラが僕にしがみつく。
目論見どおり、船が急加速した。
「わわわわわっ、速ぁーーいっ! なにこれなにこれ!」
ステラは両手を目一杯に広げて、髪が乱れるのも厭わず、前方からの風を全身に浴びている。
発生した海流のおかげで、今までの倍近い速度が出ていた。
これなら、船体に過度の負担をかけずに海獣から逃げられるはず。
『グギュルルルッッッ!!』
後方から不快な叫び声が聞こえる。
振り返って様子を見ると、どうやら海獣が弱まった大渦から抜け出し、追撃を始めたようだ。
「また追ってきたよ、ミラン! うわっ、速い!?」
「さすがに、二百年間もこの海域を支配してきただけはあるね。追いつかれるかは、ちょっと微妙な感じかもしれない……。よしっ!」
追撃を妨害しようと、再び《水流魔法》の詠唱を始めた。
「いくぞっ! 今度は、大きな水の壁を作って、思いっきり邪魔してやる!」
船と海獣との間に、分厚い海水の壁を作った。
壁の内部は濁流が渦巻いているので、無理に突破しようとしても激しい抵抗を受けるようになっている。
また、海中に潜られてもかまわないようにと、壁の直下もかなり深いところまで乱水流を発生させた。
これなら、ヤツも減速せざるを得なくなるはずだ。
「やった! やったやった! あいつ、ミランの作った海水の壁に阻まれているよ!」
「いける! いけるぞ! このまま逃げ切れる!」
まだまだ魔力は豊富に余っている。
壁を突破されても、また次の手を考えるまで。
水が豊富な場所なら、間違いなくこの《水流魔法》は使える!
「ミラン様! 前方に島影がっ!」
見張り役から声が飛んだ。
目をこらしてみてみると、船首のずっと先にぼんやりと影が見える。
「ざまあみろっ! この追いかけっこは、僕たちの勝ちだ!」
徐々に大きくなってくる島影を見つめながら、僕は声高に叫んだ。
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