第4話 海獣があらわれた!

「ミランさまぁぁぁっっっ!! 船に向かって、何かが迫ってきていまぁぁぁすっっっ!!」


 見張り担当から悲鳴が飛んできた。

 刹那、大きな横揺れに襲われる。同時に、頭上から大量の海水が降り注いできた。


「うわっ!? ぷぷっ」


 鼻に海水が入り、思いっきりむせ込んだ。

 甲板がびしょ濡れになり、揺れとも相まって足を取られそうになる。


「ミランっ!」

「ステラ、大丈夫?」


 そこに、ステラが真っ青な表情を浮かべながら駆けつけてきた。

 従者服がびしょ濡れになっているけれど、どうやら怪我はないようだ。


「ミラン様、大変です! 後方に、例の海獣らしきものが現れました!」


 切羽詰まった様子の見張りの声に、緊張感が一気に高まった。


「今の衝撃と水しぶきは、もしかして」

「はい、ヤツの仕業です! ……いかがいたしましょう?」


 どうやら、交易船を次々と海の藻屑に変えていった件の海獣が、大波を生み出して船にぶつけてきたようだった。


 周囲が動揺している。


 二百年間、数多の船を沈めてきた無敵の海獣の出現――。

 とうとう、死へのカウントダウンが始まったってわけだ。


「逃げる以外ないよ! 想定だと、もうすぐ目的地の《ムルベレツ》のはずだよね。とにかく急ごう!」


 戦ってどうにかなる相手じゃない。

 ここは海上。相手のほうが圧倒的に有利な環境だ。


「ミラン、あれを見て!」


 ステラが示した先の海面が、一気に盛り上がる。


「うひゃぁ! でっかいぞ!」


 海面から顔を覗かせたのは、大型船をも軽く凌駕しそうなほどの大きさの、首長のウミガメだった。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 操舵担当を除いた全員が、投げ槍や魔法で応戦している。

 その間、僕とステラは見張り台に上り、海獣の様子を確認した。


「うわっ……。まったく効いていないっぽいね」

「甲羅はもちろんだけど、皮膚も相当硬そうだよ……。どうしよう、ミラン」

「逃げる以外に手はないと思って逃走を指示したけれども、ヤツのほうが速そうなんだよね。足止めも兼ねて、みんなにこうやって攻撃してもらっているものの……」

「効果が上がっていないっぽいよね。……やっぱり、ここで私たち、あいつに食べられちゃうのかな」


 ステラは胸元をぎゅっと掴みながら、震えている。


「だ、大丈夫だよ、ステラ! 僕たちは、こんなところじゃ死ねない!」


 僕は強がって見せ、冷たくなっているステラの手を握りしめた。

 でも、絶体絶命のピンチなのは、変わらない。


「ミランのすごさは知っているけれど、でも、どうするの?」

「それは――」


 ステラの問いかけに、僕は言葉を詰まらせた。

 すると、そのとき――。


 真なる【天啓】所有者の危機を、確認しました。

 これより、《水流魔法》の制限を解除し、能力を解放します――。


 突然、頭に不可思議な声が流れ込んできた。


「な……なんだ、これ……?」

「ど、どうしたの、ミラン!?」

「なんだか急に、妙な声が聞こえてきて……」


 僕は側頭部を押さえながら、声の言葉の意味を考える。


 ……真なる【天啓】って、なんだろう。


 失われし《水流魔法》の継承者、ミランよ。

《水流魔法》は、現に存在する水の塊を、わずかな魔力でもって自由に操作する能力。

 水の存在が前提となるものの、消費する魔力に対する効果は、汎用的な《水属性魔法》の数十倍から数百倍に及びます。

 あなたの工夫次第で、いかようにでも水を操れるでしょう。

 ……ミラン、あなたは今から、水の王者になるのです――。


「僕が……水の王者?」


 おそらく、今のは【天啓】を与えてくれた神の声に違いない。


 もし、この声を信じるなら……。

《水流魔法》は、一般的な《水属性魔法》のように何もないところから水を生み出すような芸当はできないけれど、代わりにその場に水さえ存在すれば、《水属性魔法》とは比較にならないほどの超高効率で、その水塊を自由に操れる能力のようだ。


 制限はつくものの、その効果は絶大。

 僕の高魔力を《水流魔法》に注ぎ込めば、もしかしたら、世界最強の水使いになれたりするのかな?


「ここは、海の上。……周囲には、膨大な水がある」


《水流魔法》の真価を発揮する条件は、整っているじゃないか。

 バルテク領の乾いた大地とは違う。辺り一面、水しかない環境……。


「ねぇ、ステラ……」


 ステラに顔を向け、ぐっと拳を突き出した。


「僕、使ってみるよ。《水流魔法》を!」

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