第3話 死地への船出
追放宣告からひと月が経過した。
僕は島に同行する十数人の使用人とともに、小さな港町の桟橋にいた。
「そら、さっさと船に乗るんだよ!」
次兄に背中を押され、僕は桟橋に係留されている小型船に移動させられた。
「兄さん、待ってください! もう一度……もう一度、父さんと」
「見苦しいぞ、庶子の分際で! てめぇの居場所は、もうバルテク家の中にはないんだよ!」
「い、痛いっ!」
今度は長兄に腰を蹴られた。
僕は痛みに耐えながら、二人の兄を見つめる。
だが、兄たちは下卑た笑いを浮かべつつ、桟橋から僕を見下ろしていた。
なんとか孤島行きを撤回してもらうためにも、父さんと直に話し合いたい。
でも、この調子じゃ無理そうだった。
「貴族としての体面は整えてもらっているんだ。それだけでもありがたく思うんだな!」
「そうだそうだ! 貴様なんて、本来バルテク家に足を踏み入れてもよい立場じゃなかったんだからな!」
兄たちの嘲弄が次々と飛んできた。
泣きそうになるが、グッとこらえる。
「や、やめてください!」
そこに、僕の従者を務めている幼馴染の少女ステラが、横から割って入ってきた。
顔を真っ赤に染めて、兄たちを睨みつけている。
「ステラ……」
「ふんっ! 女の従者に護られて、いいご身分じゃないか、ミラン」
「今のおまえにゃ、お似合いだな」
兄たちはますます大きな声で笑った。
くそっ!
僕に力がないばかりに、ステラまで笑われた。
悔しい……、悔しいよ……!
「あばよ、ミラン。もう二度と、おまえの面を拝む機会はないだろうがな」
「数日後には、全員海獣の腹の中かもな。せいぜい、みっともなく抵抗してみろって」
散々僕を嘲笑した兄たちは、満足したのか桟橋から去って行った。
「ミラン……」
ステラが心配そうに僕の顔をのぞき込む。
「こんなのって……」
僕はつぶやき、両手をぎゅっと握りしめた。
今頃、港町の酒場で祝杯でもあげているであろう兄たちの姿を思い浮かべる。
「こんなのってないよ……。貴族って、いったい何なんだよ……」
与えられた【天啓】以外で、僕があの兄たちに劣っている点なんて何一つない。そう信じている。
なのに、父さんの選択は……。
「母さんが平民だったからって、なんであんなクズな兄たちに馬鹿にされなくちゃいけないんだ。こんなことになるなら、もう半分の貴族の血も、いらないよ!」
バルテク家に引き取られる前の、慎ましいながらも楽しかった生活。
貴族の生活を知らずにいられたら、どれほど幸せだっただろう。
「ほんと、最低だよね。一方的に期待をかけておいて、不要になったらポイって捨てるなんて」
ステラも口をとがらせながら、僕に同調した。
「ステラ……。君たちまで、僕に付き従って死ぬ必要なんてない」
「ちょ! なに言ってるの、ミラン! 私はあなたの従者。ここで離ればなれになるわけにはいかないわ!」
「でも……」
「でももなにも、ミランは子爵で島の領主なんだよ。私たちは、その領主に仕える使用人。ついていかないなんて選択肢、ないよ!」
目を大きく見開き、ステラは頭を横にブンブンと振る。
「死ぬかもしれないんだよ?」
「だからなに? このままバルテク領に残ったって、領主様に目を付けられた私たちじゃ、まともな生活なんて望めない。だったら、たとえ死地であったとしても、信頼できるあなたと共に行くわ!」
ステラは僕の服の袖を握りしめながら、大声でまくし立てた。
ここまで言われては、拒むわけにもいかない。みんな、相当な覚悟を持ってついてきてくれているようだ。
信頼を寄せてくれるのは、主人としてうれしい。なら、僕もそれに応えなくちゃダメだよね。
「だったら……。だったら、僕はステラたちを死なせないように、やれるだけのことはやろう!」
「そう! そうだよ! ミランはすごいんだから。私にはよくわかっているよ。だって、ミランがバルテク家に引き取られてから、ずっと一緒に育ってきたんだもん!」
ステラの言葉おかげで、心が幾分か軽くなった気がした。
絶望的な船出も、仲間がいればまた違う。
僕は、一人じゃない。
それだけでも、すごく心強かった。
ロープが切られ、船が桟橋から離れた。
ゆっくりと大海原へ進んでいく。
僕はステラと並んで船尾に立ち、小さくなっていく港町を睨みつけた。
こうして、僕は実家から追放された――。
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