第三話 ドラゴニック・ドラギオン、アーケード

小銭が投入されたことを認識した筐体が、機体の選択画面へと移り変わる。DDがVRMMOとして流行していったのは蓮華が生まれて少しした頃。つまり、このアーケード版が主にプレイされていたのはそれよりも前だ。必然的にシステムは古く、デザインも今に比べれば時代遅れと言って差し支えない。

 

並んでいる機体、ドラグーンは単眼に武骨な装甲と、色以外は似通ったデザインをしているが、性能には明確な違いが設定されている。蓮華が選んだのは左手に盾を、右手にロングソードを装備した赤色の機体だ。

 

操縦桿の上にあるボタンを押し、初級任務を選択すると、広いフィールドへと機体が投げ出された。与えられた任務は、敵機の全滅だ。一回のプレイとしては十分に楽しむことが出来る。


操縦桿を握り数回捻ると、画面内の赤いドラグーンが動きだす。


「これが強攻撃、で弱攻撃。コンボ、ガード、回避か……」


彼が長らくプレイしていたMMO版に比べれば自由度は無い。決まった動きに決まったコンボ。パターン化してしまえば選択肢はそう多くない。


「ガードと移動は同時に出来ない……回避は横移動と似たようなもの……なるほど、いけるな」


任務が始まるまで残り数秒。適当に操縦桿を弄り、動作を確認しながらフットペダルを踏みしめスラスターを噴射する。速度は中の下。右に左にと動いていくと、次第に意識はその世界へと没入していった。


今では本当にコックピットに座っているような感覚に浸っている。自然と笑みが浮かんだ時、画面の右上にあった円形のレーダーに二つの点が出現した。敵機を知らせる

警報を認識した蓮華は反射的に操縦桿を倒す。


急旋回した機体がいた場所に弾丸が通り過ぎる。反応が遅れていれば直撃していただろう。爆炎のエフェクトを振り払いながら敵機の存在を視認した。単眼の機体はいま動かしているものの色違いで、長剣ではなくライフルを装備している。


「二機……いや、三機か」


レーダー内に新たにもう一つの点が浮かび上がる。

戦力差は大きく聞こえるが、相対している蓮華は口元に浮かべた笑みを消さなかった。むしろ凄惨な笑みをより深くし、乾いた唇を舐めて潤した。


四機から放たれるライフル弾を横移動で回避し、加速する。


弾丸が真横を通り過ぎ、避けたと確信すると唯一の武器であるロングソードを構えたが、勝手が違うと要領も変わっていくものだ。耐久値を示す青いバーの横に、緑色の丸いバーが浮かんでいる。それはエンジンの連続稼働値を示したものだ。スラスターを噴かせるにつれ、黄色から赤く変わると、機体の速度が一気に低下する。


それは流石に予想できなかったのだろう。テンポを崩すと、接近していた敵機からの銃撃が肩部の装甲を掠めた。直撃しなかったのは運が良かったと言える。


「クソ、やらかした」


耐久値のバーが僅かに削れる。システム的な都合で、長時間の加速はできないのだろう。分かってしまえば話は速い。加速と減速を使い分け、放たれる弾丸を回避しながら距離を詰める。

 

弱攻撃の蹴りを二回、それによって出来た隙へと強攻撃の斬撃を叩き込む。吹き飛ばされた機体は撃墜とまではいかなかったが、大ダメージを与えられたのは確かだ。ノイズが混じり、倒れている状態ではダメージを与えることは出来ない。

 

ならば、と蓮華は照準機能を離れた別の機体に合わせる。コンピューターが作り出した、パターン化された動作が完了し、ライフルが構えられる。フットペダルをより深く踏み込んで加速すると、別方向から警報が鳴る。画面外から狙われているのだろう。


「古いゲームは厄介だな」


レーダーでは大まかな位置しか提示されず、避けることは出来ない。そこからの動きは速かった。加速を中止し、立ち止まると盾を構えて銃撃を防ぐ。耐久値が少しずつ減っていき、やがて二方向からの銃撃が止むと再び加速を始める。


「大体、三秒半ってところか、行けるな」


加速時間に成れた蓮華の機体が踊る。弱攻撃を三回叩き込み、敵機の耐久値を強攻撃一回で撃破出来るまで調整した。もう一機も同じだ。これで、三機とも強攻撃で倒せる。


鋼の刃が振り下ろされる。最初の強攻撃で一機を撃墜すると、振り向きざまに斬り上げられた斬撃が二機目を両断した。


「ラスト」


機体が加速する。スラスターを噴射し、起き上がった最後の一機へと強攻撃を振り下ろす。火花のエフェクトが発生すると、倒れた機体が爆発した。それが引き金となり画面いっぱいに任務完了の文字が浮かび上がる。


初めてにしては悪くない結果だろう。神経の疲れに深呼吸すると、画面が切り替わる。アルファベットが並び、その左側には二桁の数字が上から順に並んでいる。


「これは、ランキングか?」


おそらく、タイムアタックのようなものなのだろう。今のが初級だとすれば、蓮華の順位は相当低いはずだ。ゲストとして登録された彼の順位は上から数えて五十番台。高くは無い、真ん中程度の順位だった。

 

普段ならば、こんなものかと割り切って帰宅するところだが、不思議な高揚感に包まれた蓮華は財布を取り出して更に金額を投入した。ゲストと書かれた欄を操作し、ローマ字でレンカと入れれば準備は整った。


シートに座りなおし、操縦桿を握りなおす。久しく忘れていた感覚に身を浸した蓮華は、さらなる敵機へと同じ機体で立ち向かっていった。

財布が軽くなっていくにつれ、蓮華は勘を取り戻していった。いったいどうすればドラグーンが動くのか、どうすれば敵機を撃墜することが出来るのか。流れる汗を拭うこともせず画面に映る敵を一機、また一機と斬り伏せていく。

 

気が付けば既に難易度が最上級の任務へと挑戦していた。最初は三機だけだった敵も今では二十機以上が並んでおり、ステータスも上昇している。

だが、所詮はその程度だ。連携もなければ戦略も無い、ただ持っている武器を振るうだけのドラグーンでは彼の相手には役不足だった。操縦桿を倒し、加速と減速を適度に挟み込みながらコンボを叩き込む。

 

ついに最後の一機へと強攻撃が直撃すると、火花のエフェクトを散らしながら爆発した。画面一杯に広がる派手な色合いの文字が流れていき、そこからスコアの集計結果が表示された。


「なんとかなるもんだな、最高難易度っていうから大型エネミーでも出てくるかと思ったけど、流石に時代的な問題なのかな。なぁ」

 

そう言いながら蓮華が隣を見た。その素振りにはまるで違和感がない。いるはずのない誰かに話しかけるのが当たり前で、寧ろ返答が無いことの方こそおかしいのだというばかりの態度だった。

 

しかし、どんなに蓮華の喋り方に違和感がなくとも、その隣には誰もいない。ただ古ぼけたゲームセンターの床が広がっているだけだ。彼もそれに気が付くと、今まで浮かべていた笑顔が姿を消す。

代わりに浮かんだ表情には、まるで何かを取り上げられた子供のような寂しさがあり、放とうとしていた言葉は吐息となって消えた。


「……帰るか」


椅子の横に置いてあった鞄を背負うと、画面に映っているランキングを確認することもせずに店内から出ていった。興味をすべて失ったかのような瞳に熱は無い。ただ、惰性の日々を生きる抜け殻がそこにいるだけだった。


**********


夜のゲームセンターは、日が落ちたせいか柄の悪い空気を漂わせていた。つい先ほどまで窓から差し込んでいた夕日の光は消え去っており、機械的な灯りだけが点滅している。

不気味で不潔な店内の中を一つの人影が歩いていた。大きめのパーカーを羽織っているせいで性別は分からないが、低めの背丈や僅かな隙間から見える線の細さから、少なくとも成人していないことだけは確かだ。

人影は他の筐体に見向きもせず、奥にあるDDのアーケード版へと真っすぐ歩いていく。誰かが座って直してないせいで、きちんと整っているはずのシートが乱れていることに気が付くと、少しだけ位置を直して座り込む。

 

財布からコインを取り出し投入すると、画面が切り替わる。だが蓮華の時とは違い、直接ランキングを表示する画面まで飛んでいた。下から上へと、ゲストの名前が並んでいるものを操縦桿を使ってスクロールしていく。


違う。探しているのは量産品の名前ではない。そう言うかのように一つ一つを精査していった時、遂に目当ての物を見つけた。


「ッ、あった」


漏れ出たのは高い、ソプラノの声だった。少女と呼ぶに相応しい幼さの残った声の彼女が見つけたのは、ランキングの横に記載されたゲストの文字に交じった固有の名前だ。


「R、E、N、K、A。レンカ……」


つい昨日まで無かった名前は、上位に位置していた名前を全て押しのけ一位へと君臨している。スコアは二位と大差をつけ、かかった時間も一桁近く短い。

探し求めていた存在をようやく見つけたことに笑みを浮かべ、歓喜した彼女は名前に心当たりがあったことに気が付く。

 

日が落ちるよりも少し前、すれ違った少年。同じ学校の、一つ下の学年だった男子生徒。思い返せば彼の名前もレンカだったはずだ。


「相崎、蓮華……もしかして」


ぽつりと零した言葉が点滅している灯りの元で虚空に消え去ると同時に、彼女の藍色の瞳がゆったりと揺れた。 

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