第28話 魔人

 その術者はやせこけた老人だった。

 王都の八番街にいたら物乞いと見間違えそうなほど貧相な格好をしている。


 老人に向けて、ジールに乗ったままのベルダが言う。


「切り札を失ったというのに、逃げないのか?」

「言ったであろう? 折角のゾンビを壊された代償を払ってもらうとな」

「地竜を倒したエクスは、当然地竜より強い。そのエクスに勝てるつもりか?」

「当然だ」


 そして、老人はあきれたようにため息をついた。


「無知な小娘どもが。たかがグレートドラゴンのゾンビ程度を、なぜ切り札だと思う?」

「手塩にかけたと言ったのはお前ではないか?」


 そう言ったベルダはしっかりと老人を睨みつけていた。


「手塩にかけたからといって、それが切り札とは限るまい」

「屁理屈を」

「そもそもだ。自分より強い奴を、ゾンビになどできるわけがなかろう?」


 老人は俺を見てにやりと笑った。


「ガキ。お前はあやしい力を持っているな」

「だとしたらどうする?」

「それで、そっちのは王族か。価値ある小娘たちだ。僥倖ぎょうこう僥倖」


 楽しそうに笑うと、老人は

「お前たちのゾンビを作るのも楽しかろう」

 そう言いながら変身を開始した。


 顔面が縦にパシリと割れて、血が吹き出る。

 同時に破れた皮膚の中から緑がかった金属光沢をもつ新しい顔が出てくる。

 背中の皮膚も破れて、羽が生えはじめた。

 腕足、その他全身の皮膚が裂けて、血を流しながら、太い腕足が現れる。


「……ふう。老人の姿も気に入っていたのだが、やはりこちらの方が動きやすいな」

「お前、魔人か?」

「ああ。よく知ってるな」


 魔人は魔族とは全く違う。

 魔族は、獣人やエルフなどと同じく人族の種族の一つだ。


 だが、魔人は人族ではない。魔獣に近いとか、人族が魔獣と化したものだと言う学者もいる。

 謎の化け物である。それも最高ランクの凶悪な化け物だ。


 人族に擬態していることも多いが、その性は邪悪そのもの。

 そして本気で戦うときは本来の人間離れした姿に戻るのだ。


 俺も魔人を見るのは初めてだ。


「ベルダ! 距離を取れ」

「わかった、つぅ……」「がぁ……」


 動き出そうとしたベルダとジールが固まった。

 同時に、俺自身も非常に強い拘束力を感じた。


 魔人がにやりと笑う。


「逃がすわけないだろう」

「……魔法か」

「ああ、簡単な魔法だよ、お前たちにとっては大魔法かもしれないがな」


 魔法で、ベルダとジールに金縛りをかけたのだ。

 ベルダはともかくジールはエルダードラゴン。

 並みの魔導士では金縛りをかけることは不可能だ。


 ベルダとジールが動けないのは間違いない。

 だが、俺は動ける。破壊神の加護のおかげかもしれない。


 それでも、敢えて俺は金縛りがかかって動けない振りをすることにした。


「くそぅ、……動けない」

「……馬鹿にしているのか?」

「…………ばれたか」

「なぜ効かぬ?」

「さあ? お前の魔力が足りないんじゃないか?」


 俺がそう言うと、魔人はにたりと笑う。

 口が耳元まで裂けて、鋭くて長い牙が見えた。


「……まさか。仲間を置いて逃げたりはするまい?」

「まさかまさか。逃げる必要がそもそもないからな」

「ほう?」

「お前こそ、逃げられると思うな」

「…………カッカッカッカ! 生意気なガキだ。そういう奴は嫌いじゃないぞ!」

「お前に好かれても嬉しくはないがな」

「生意気な奴が命乞いし、無残なゾンビになるのを見るのは何より楽しいからな」


 やはり、魔人。邪悪な性格をしている。

 その方が、倒す際に良心の呵責を抱かなくて済む。


「そうか。さっさと死ね」


 俺は時間をかけることはしない。一気に間合いを詰める。

 魔人は魔力で作った矢を放って迎撃してくるが、俺の目はすべて捉えた。


 身体が思うように動かなかった頃も、休まずに特訓してきたかいがあるというものだ。

 俺は【破壊】スキルで魔法の矢を破壊する。

 魔法の矢は一瞬でただの魔力に変化し霧散した。


「なっ!」

「見ていなかったのかよ! 間抜けが!」


 俺がドラゴンブレスを破壊したところを観察していれば、対処できただろうに。


 剣の間合いに入った瞬間、俺は剣を振るう。

 魔人は身体をよじってかわそうとするが、俺の剣の方が速い。


 俺は剣をしっかりと振りぬく。

 だが、魔人はそのまま何事もなかったように立っていた。


「そのような、なまくらな剣が、金剛石よりも固い我に効くわけがなかろう!」

「……お前はどこまで間抜けなんだ?」

「なにを……」

 ――ドシャッ


 魔人の右腕が地面に落ちた。傷口から血が噴き出している。


「斬られたことにも気づけないとはな」

「な、なぜだ! 我の右腕をそのような、なまくらな……」

「はあ? 右腕?」

 ――ドチャッ


 魔人の左腕が地面に落ちる。


「両腕だよ。二回も斬られたのに気づけなかったのか?」

「舐めるな、ガキ!」


 魔人の両腕は一瞬で再生する。

 さすがは魔人。再生力が半端ではない。


「ゾンビにもしてやらぬ! 塵も残さぬ消え失せろ!」


 魔人は強力無比な攻撃魔法を連続で放った。

 それも、ベルタとジール目掛けてだ。

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