第26話 ドラゴンゾンビ

 ベルダの部下のワイバーンよりもジールは速い。

 少し差ができると、ベルダはジールに速度を緩めるように指示を出す。


 しばらく飛ぶと、ドラゴンゾンビの巨大な姿が目に入った。


「俺が倒した奴よりずっとでかいな」

「……あれはグレートだな」


 グレートドラゴンは、エルダードラゴンよりさらに身体が大きく力も強い。


「ガァ」


 エルダードラゴンのジールは、自分より身体の大きなドラゴンを見てもひるまない。

 勇敢に吠えている。


 俺が先日倒したのはレッサードラゴンのゾンビだった。

 エルダーよりさらに若く、身体も小さく力も弱いのがレッサードラゴンだ。


「……グレートドラゴンのゾンビか。これは時間稼ぎが精いっぱいだな」


 ベルダはそうつぶやくと、右手を上げ大きな声で叫ぶ。


「地上に降りるな! 上空からブレスをぶつけて足止めを試みろ」

『『はっ』』


 すぐ近くから竜騎士たちの声が聞こえた。

 どうやら、魔道具を使って通信しているらしい。


 作戦中の竜騎士たちは風が強いなかで、互いに距離を取って行動することが多い。

 作戦伝達も肉声では限界があるということだろう。

 それゆえ、通信のための魔道具が基本装備になっているのだ。


「殿下。敬語を使った方がよろしいでしょうか?」

「右手を挙げているとき以外は気にしなくていい」

「わかった」


 右手を挙げるというのが魔道具作動のスイッチなのかもしれない。


「地竜というのは不幸中の幸いだ。エクスの手を借りずとも良いかもしれぬ」


 地竜は羽がなく、太い四足の足が特徴の飛べないタイプのドラゴンだ。

 飛べない代わりに、他のドラゴン種よりも力が強い。

 地竜のグレートドラゴンならば、王都の城壁など一たまりもないだろう。


「俺が何もしなくていいなら、それが一番だが……」


 あくまでもこれは竜騎士団の作戦だ。

 しゃしゃり出ず、頼られるまで待機するべきだ。


 一撃離脱戦法に、俺が手を貸せることも少ない。

 だが、ベルダの作戦は、果たしてうまくいくだろうか。

 飛べなくとも、地竜にはドラゴンブレスも竜の咆哮ドラゴン・ボイスもあるのだ。


「……そうだな、もしもの時は頼む」


 ベルダも上手くいくと確信しているわけではないらしい。


「だが、飛ぶタイプよりはずっと足止めは楽だ」

「それは間違いないな」


 俺はジールの背から地竜の様子を観察する。

 地竜はまっすぐに王都に向かって走っているようだ。


 ベルダはジールを駆って、地竜の爪と牙が届かない位置まで急降下する。

 同時にジールは地竜にファイアブレスを吹きかけて、すぐに上昇する。

 部下たちもワイバーンを駆って、同様に一撃離脱の攻撃を仕掛ける。

 少しずつ、だが着実にダメージを蓄積させていく作戦だ。


 その攻撃が二巡し、ジールが三回目の急降下をしてブレスを放とうとしたまさにその時、


 ――GIIIAAAAAAAAAAAAAAAAAAA


 地竜が吠えた。

 竜の咆哮は魔力が混じった一種の魔法だ。

 聞いたものの精神に作用し、恐慌を引き起こす。


「があああああぁぁぁ……」


 ジールは、気合を入れるためか自分も鳴く。

 なんとか上空で体を硬直させるだけで済んだようだ。

 流石はエルダードラゴンである。

 グレートドラゴンの竜の咆哮を至近距離で食らったのにそれだけで済んだのだから。


 だが、ベルダの方は、そうは行かない。がくがくと体を震わせる。


「ベルダ、大丈夫か!」

「だ、だい、っじょうぶだ、だ」


 ベルダはがくがく震えながらも、何とか答える。

 歯の根があっていない。


「気絶してないのなら、大したものだと思うよ」

「なぜ、なっぜ、エクス、スは……」

「なぜ、俺が平気なのかはよくわからない!」


 破壊神の加護のおかげだろうか。それとも別の理由だろうか。

 理由は後で考察すればいい。


 俺はワイバーンたちをみると、パニックになっていた。

 竜騎士たちの制御から離れて暴れながら逃亡を始めている。

 ジールより距離は離れていたが、ジールよりワイバーンたちの方が耐性が低いのだろう。


「いや、これはワイバーンたちというよりも、騎手の問題か」


 竜騎士たちは、ベルダ同様、体をがくがくと震わせている。

 制御どころではないのだ。


 咆哮でワイバーンたちは恐怖を感じた。

 加えて騎手である竜騎士からの指示が来なくなり、ワイバーンはパニックになったのだ。

 恐らく、野生のワイバーンでは、ここまでのひどいパニックにはなるまい。


 ほとんど気絶した状態の竜騎士を乗せて、ワイバーンは逃亡を始める。

 その状態で竜騎士が落竜しないのは、鞍に身体を括りつけているからだ。

 ワイバーンたちの戦列復帰までしばらくかかりそうだ。


「……だから高位の竜は怖いんだよな」


 大軍を用いても、竜は討伐できないと言われる所以である。

 咆哮一発で数の差をひっくり返されてしまいかねない。


 竜騎士団は混乱の極みにあり、地竜は悠々と前進を続けていた。

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