第23話 獣の山脈での狩り

 ベルダの申し出はありがたい。

 だが、ここまで連れてきてくれただけで、充分に助かっているのだ。


「そこまでしてもらうわけにはいかないよ。ベルダも忙しいだろう?」

「気にしなくてよい! 今日の仕事は終わっている」

「そうだとしても……」

「エクスのためではない。その魔族の家族を救うために手伝うのだ。遠慮するではない」


 そう言われたら断る理由はない。


「ありがとう。助かるよ」

「お礼は必要ない。罪滅ぼし、いや、自分が楽になりたいだけの偽善だ」

「偽善? どういうことだ?」

「……私は政治に参画しているわけではないが、仮にも王族なのだ」


 そう言ったベルダは真剣な表情をしていた。

 王族として、統治によって民が不幸になったことに、責任を感じているのだろう。


「ベルダが悪いとは思わないけど」

「だが、それが王族というものだ」


 そして、ベルダはにこりと笑う。


「さて凶悪な魔物を狩るのだったな。……だが」

「どうしたの?」

「何もしていない魔物を狩るというのは、多少、心苦しいな」


 ベルダは竜騎士として竜を可愛がっている。

 だから魔物にも親近感を覚えているのかもしれない。


「だが適度に間引いておかないと、街道に出てきて人を襲うようになるんだ」

「そうか、治安維持のために必要なことなのだな。それなら良い」


 ベルダは納得してくれたようだ。


「エクス。魔物を十頭ぐらい狩ればいいのか?」

「そりゃ、十頭も倒せたらありがたいが。一日でその数は難しいと思うが」

「ふむ。十頭の報奨金で奴隷解放は可能なのか?」

「それは流石に難しいな。奴隷は高価だからな」

「そうか。先は長いな」


 そういうと、ベルダはエルダードラゴンの鼻先を撫でる。


「ジール。上空を回って、適当に魔物をこっちに追い立ててくれないか?」

「がぁ!」

「ありがとう」


 どうやら、エルダードラゴンの名はジールというらしい。

 ジールはベルダの依頼をうけて、上空へと上がる。 

 しばらく旋回しながら離れていった。

 そして滞空すると、


「GAAAAAAA!!」

 大きな声で咆哮する。


 一気に周囲がざわめいた。鳥や小動物が一斉に逃げ始める。

 そして何か強力な魔物がこっちに向かって近づいていることに気がついた。


「ベルダ! 魔物がこっちに来てる。迎え撃とう」

「お姉さんに任せて、エクスは下がってなさい」

「いやいや、そういうわけにはいかないよ」

「剣の腕が未熟だからって廃嫡されたんだろう? 大人しく下がっているがよい」


 先ほど廃嫡された理由を説明したから、ベルダは俺のことを弱いと思っているらしい。


「未熟だとしても、これは俺の仕事だから」

「そうはいうが……」

「それにドラゴンゾンビを倒したって先ほど言っただろう?」


 俺は何か言いかけたベルダの前に出て剣を抜く。


「さて、鬼が出るか、蛇が出るか……」


 猛スピードで突進してきたのはバジリスクだった。

 バジリスクは巨大なトカゲのような外見の強力な魔物である。

 最大の脅威は尻尾にある強力な毒と、目を合わせることで発動する石化の眼光だ。

 そして全身を覆う鱗は硬く、並みの剣では斬ることができない。


「バジリスク! エクス、下がれ!」

「大丈夫。まかせてくれ」


 俺は目を合わせずに、一足飛びで怒り狂うバジリスクとの間合いを詰める。

 バジリスクは尻尾を振り迎撃してきた。その尻尾を剣で斬り落とす。

 怯んだバジリスクの頭を剣で両断した。


 しばらくもがいた後、バジリスクは動かなくなった。


「……エクス。倒したのか?」

「ああ。魔石も取らないとな」


 俺は解体を始める。

 冒険者ギルドでもらった手引きを見ながら、ナイフを振るった。


「なるほど。尻尾や牙、眼球まで売れるのか。血と革も売れるみたいだ」

「捨てるところがないな」

「うん。冒険者ギルドで冒険者セットを買っておいてよかった」


 やはり先輩のアドバイスは聞いておくべきだ。

 空の瓶など何に使うんだと思っていたが、眼球や血を入れるのに役に立つ。


 解体を進めていると、ベルダが言う。


「エクス、剣を見せてくれないか?」

「ああ、いくらでも見てくれ」


 俺は解体の手を一瞬止めて、ベルダに剣を手渡した。


「これで……バジリスクを斬ったのか?」

「ベルダも見てただろう?」

「見ていたが、こんな剣でバジリスクを斬るとは」

「こんな剣というが、普通の店で買った一般的な剣だぞ?」

「バジリスクは名剣でも斬るのが難しいのだ。それを刃こぼれ一つさせずに……」

「こう……なんといえばいいのか。斬りやすい場所があるから。そこに刃を通すだけだ」

「エクスは、まるで剣聖さまのようなことを言うのだな」

「そうか? それならうれしいが」


 剣聖は全ての剣士のあこがれの的だ。

 俺にとってもそれは例外ではない。


「身のこなしも尋常ではない。竜騎士団にもエクスほどの使い手はいないぞ」

「ありがとう。お世辞でも嬉しい」

「お世辞ではない。ドラゴンゾンビを倒したというのも、本当らしい」

「ベルダ、俺の話を信じてなさそうだったもんな」

「いや。すまぬ。ドラゴンゾンビを倒せるなら剣の腕を理由に廃嫡は、あり得ぬ話だからな」


 ベルダは、俺の話は筋が通っていない。そう考えていたようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る