第22話 王女殿下

 どうやら、騎士は俺のことを知っていたようだ。

 だが、俺には竜騎士の知り合いなどいない、……と思う。


「どこかで、お会いしたことがありましたか?」


 俺は敬語に切り替えた。

 相手がエクス・ヘイルウッドと知っているならば、こちらの振る舞いも変わる。

 冒険者としての振る舞いではなく、貴族の振る舞いをせねばなるまい。


「ふふ。切り替えが早いな。さすがは俊英と名高いだけのことはある」


 そう言いながら騎士はフルフェイスの兜をとる。

 女性にしては短めの綺麗な金色の髪が風にたなびいた。


「そうか、兜をとっても顔は見えぬな」

「がぁ!」


 そのとき、竜が一声鳴いて、下降をし始める。

 ちょうど、獣の山脈に到着したようだった。


 竜が地面に降り立つと、騎士はぴょんと竜の背から飛び降りる。

 そして、金色の髪をポニーテールにくくりながら、笑顔で俺を見た。


「さて、久しぶりだな。エクス・ヘイルウッド。こんなところで何をしている?」


 俺は急いで竜の背から飛び降りた。そしてひざをつく。


「……これは王女殿下でございましたか。お久しゅうございます」


 騎士は王の姪。つまり王女の称号を与えられた高位王族だ。

 王女とは、まだ父が生きていたころ王宮で出会ったことがある。


 当時、父は王宮の要職にあったので、王都に滞在することも多かった。

 王女は俺よりも十歳程度歳上で、大変可愛がってくれたものだ。


 当時は王女らしい格好をしていて、騎士のイメージは全くなかった。


「このような場だ。跪く必要はない。いざという時対応が遅れるであろう?」

「はっ。ありがとうございます」


 俺が立ち上がると王女は笑顔で頷いた。


「閣下。本当に私だと気がつかなかったのか? 私はすぐに気づいたが」

「申し訳ありませぬ」

「女の竜騎士は珍しいと、自負していたのだがな」


 王の姪が竜騎士であることは俺も知っていた。

 だが、それは王族がよくやる名誉職的な騎士への就任だと思っていたのだ。

 エルダードラゴンを騎竜にし、新人教育を行うほどの力量だとは思ってもいなかった。


 さすがにそれを正直に言うわけにはいかない。失礼が過ぎる。


「全くもって、愚昧なる自分を恥じ入るばかりでございます」

「まあよい。で、閣下はここで何をしているのだ?」

「先ほどの説明させていただいた通りではあるのですが……」


 先ほど、奴隷解放のため金が要ると説明したばかりだ。


「そうではない。なぜヘイルウッド侯爵家の嫡子が冒険者をしているのだ?」


 一瞬、わかっているのに聞いているのかと思った。

 侯爵家の廃嫡は大きなニュースだ。王族の耳に入っていて当然である。


 そのはずなのだが王女は本当に知らないようだ。


「……殿下はヘイルウッド侯爵家に起こった出来事はお聞きではないのでしょうか?」

「何があったのだ?」

「実は先日のことでございますが……」


 俺は王女にこれまでの経緯を説明した。

 剣の腕を理由に廃嫡され追放されたこと。

 王都に向かう途中、なぜかドラゴンゾンビに襲われたこと。

 その件については宗秩寮に捜査してもらっていることなどを報告する。


「……ドラゴンゾンビを倒したのか?」

「はい。肝が冷えました」

「……ふむ」


 ベルダは首をかしげる。

 いまいち俺の言うことを信じきれない。そんな雰囲気だ。


「ヘイルウッド侯爵家の廃嫡騒動なら、私が知っていても当然だが、まことなのか?」

「このようなこと、嘘をついてなんになりましょう」

「確かにな。ふむ……。まあよい。宗秩寮そうちつりょうが調べるであろう」

「はい」

「私もヘイルウッド領について気を配っておこう」

「畏れ入り奉ります」


 俺が頭を下げると王女は不服そうな顔をする。


「先ほどから思っていたのだが……」

「どうかなされましたか? ご懸念の儀でもありましたでしょうか?」

「それだ。エクス。固すぎる」

「王女殿下のお言葉ではございますが……」

「この場には私たちしかいないのだ。昔のようにお姉ちゃんと呼んでもよい」

「畏れ多きことにございます」


 それは俺が幼児で、王女もまだ少女だったから許されたことだ。


「気にするな。私が許すと言っているのだ」

「ですが」

「よい!」


 王女に押し切られる形で、砕けた口調で話すことになってしまった。

 かえって気まずいのだが、ご希望なので仕方がない。


「わかったよ。ベルダ」


 ベルダというのは王女の名前だ。


「それでよい」

 ベルダはそう言うと満面の笑顔でうなずいた。

 そして俺の頭をワシワシと撫でてくる。


「で、エクス。金が必要なのだろう?」

「うん」

「どうして奴隷を解放したくなったんだ?」

「実は道中で――」


 アーシア姉妹との出会いについて語る。


「そういうことがあったのか」

「魔族だからといって、理由なく奴隷にするというのはあまりにも酷い」

「もう戦争は終わったというのにな」


 ベルダも魔族に対する差別を問題視しているようだ。


「反魔族過激派の勢力はだいぶ削られたからな」

「うん、今後はもうアーシアたちみたいな悲劇は起きなければいいのだけど」

「エクスは、貴族じゃなくなっても、心根が真の貴族だな」

「そうかな?」

「ああ。よし! そういうことなら私もエクスの魔物狩りを手伝ってやろうではないか」


 そう言って、ベルダは笑顔で胸を張った。

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