第16話 良い物件
「その問題とやらを詳しく教えてくれ」
「はい」
その物件は街の中央から少し離れた場所にあるのだと言う。
そしてならず者たちがたむろしているらしい。
勝手に占拠して居座り、新しく入居しにきたものを脅して追い出すのだと言う。
「占有屋ってやつか?」
「さすが閣下。お詳しいですね」
「ヘイルウッド領では占有屋行為は禁止したからな。法律整備のために調べたんだ」
「ご慧眼畏れ入ります。ですがこの王都ではギリギリ合法なのです」
占有屋とは、簡単に言えば物件に居座り、立退きを求める者に利益を要求する奴らだ。
法律の穴をつき、弱者を装ったり、時には暴力を振るい金銭を得ようとする。
「冒険者に頼んで追い出してもらっても、すぐに戻ってくるんですよね」
「俺なら占有屋を追い出すことも可能だろう、とそういうことか?」
「そうなります。閣下に住んでいただけたら、占有屋もあきらめましょう」
どうやら、売ることも貸し出すこともできない塩漬け物件になっていたようだ。
固定資産税を払い続けるぐらいなら、格安で俺に売った方がましということだろう。
「私どもには損は少なく、閣下には大きな利があると信じております」
「……そうだな。確かにありがたい話だ」
俺は相場よりかなり安いお金を支払い、その物件を買うことにした。
実際に見てから判断しないのは、商会長を信じているからだ。
商会側に俺をだます利点はない。
にもかかわらず騙してくるようならば、今後の付き合いを考えなおせばいいだけだ。
俺は物件を購入し契約書を交わして店を出る。
案内を断ったが、最初に俺に接客してくれた若い店員がついてきてくれることになった。
「先ほどはありがとうございました。こんな私に情けをかけていただき……」
「もう気にしなくてよい。ところで名前は?」
「はい! トニーと申します」
トニーは先ほどまで泣きじゃくっていたので、まだ鼻水が出ている。
そんなトニーの案内で、しばらく歩いて物件に到着した。
商会とも冒険者ギルドともそんなに遠くない。
物件のある場所の治安も、悪くなさそうだ。立地条件は申し分ない。
「場所はいいな」
「はい。トラブルさえなければ、高額ですぐに売れる物件です」
だからこそ占有屋の餌食になったのだろう。
商品的価値のない物件を占有してもうまみは少ない。
とはいえ、条件の良い物件が全て占有屋の餌食になるわけではない。
前の持ち主が手放す時に何かあったのだろう。
「前の持ち主は……。なんで手放したんだ? 借金か?」
「その通りです。よくお分かりですね」
抵当権が複雑に絡んでいたりすると、占有屋の餌食になりやすいのだ。
俺は物件の周囲を一周する。
物件自体も、庭付きで小ぎれいな建物だった。
「思っていたよりも、いい物件じゃないか」
「ありがとうございます」
「あとは内装がどうなっているかだな」
「内装も当初は非常に良い状態でした」
「今はわからないってことだな」
「はい。占有屋が中に入れてくれませんので……」
「内装に手を入れる必要がなければいいのだが……」
「もし、ひどい状態でしたら、私どもの方で急いで手配させていただきます」
すぐに住めないような状態の場合、商会の方で手入れしてくれる。
そういう契約になっているのだ。
「だが、恐らくは大丈夫だろう」
占有屋も遊びで占有しているのではない。彼らにとっては仕事なのだ。
物件の商品価値をいたずらに毀損することはあるまい。
俺は敷地内へと足を踏み入れる。
玄関には鍵がかかっていた。商会で受け取った鍵を差し込んだが合わないようだ。
占有屋が鍵を勝手に交換したのだろう。
「面倒なことをする。直すのに金がかかるじゃないか」
「鍵屋を呼んで開けさせましょう」
「いや、必要ない。だが後で鍵屋は呼んでくれ。直してもらいたいからな」
俺は鍵穴に手を触れて、鍵を壊した。
手を触れなくても壊せるが、何もしてないのに急に壊れたらトニーは驚くだろう。
俺が扉を開くと、
「あっ? えっ?」
配慮したのにトニーは驚いてしまった。
「鍵開けは得意なんだ。鍵は壊れてしまうがな」
そう言って俺は建物の中へと入る。
建物の中からは人の気配がしている。占有屋だろう。
俺は気にせず、あえて大きめに音を出しながら近くの部屋から調べ始める。
「うん。玄関は悪くない」
「ありがとうございます」
そしてトニーが小声で言う。
「……閣下。占有屋が襲ってくるかもしれません。お気をつけてください」
「トニーは外で待っているといい」
「ですが……」
「戦闘訓練はしていないんだろう? 足手まといになる」
「わかりました。本当にお気を付けください。何かあればすぐに呼んでください」
「ああ、ありがとう。トニーも気を付けるように」
そういうとトニーは感動した様子で「こんな私目に……」とか言っていた。
それからトニーは頭を下げて外に出て行った。
面倒なことは先に済ませるべきだろう。
俺は占有屋の気配がする居間へとまっすぐに向かった。
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