第7話 奴隷解放

 盗賊は捕まっても自決などしない。


「……つまり盗賊ではないってことか」


 どこの組織の者かは知らないが、依頼を受けた暗殺者だろう。

 生きているのは気絶している魔導士だけだ。


「なおさら、こいつは死なせるわけにはいかないな」


 魔導士が気絶したことで、前方のドラゴンゾンビも停止している。


「どうなったんだ?」


 冒険者が恐る恐る近づいて来る。


「ゾンビを操っていた魔導士を気絶させたんだ」

「だからドラゴンゾンビがとまったのか」

「自決する可能性があるから拘束してくれないか?」

「盗賊が自決? ……わかった。任せてくれ」


 魔導士の拘束は冒険者に任せて、俺はドラゴンゾンビにとどめを刺す。

 破壊スキルで体を破壊し、魔石を取り出した。


 魔石を肉体から切り離すことで、魔力の供給が止まる。

 それでドラゴンゾンビの魂は天へと帰る。


「もう大丈夫だ。……安らかに眠ってくれ」


 俺は、ゾンビにされたかわいそうなドラゴンために祈りを捧げた。


 ゾンビはかわいそうな存在なのだ。

 ゾンビには生前の意識が残っている。だが、行動の自由は皆無だ。

 魔導士の完全なる操り人形と化してしまう。


 しかも痛みはないが、魂が蝕まれる苦しみを感じるらしい。

 日々肉体腐っていくにつれて、魂まで浸食されると聞く。


 だからこそゾンビは国法でも禁じられ、絶対的な禁忌とされているのだ。

 その製造に加担したとなれば、貴族であろうと厳しい処罰が下される。


(ヘイルウッド首脳の判断力は大丈夫か?)


「頭は大丈夫なのか?」と言い換えてもいい。

 俺を消すためだけにゾンビを扱うような奴らに依頼するなど。


 まともな判断力を失っているのならば、おとり潰しになったほうが領民のためだ。

 厳しく処罰されればいい。


 そんなことを考えていると、アーシアとルーシアがやって来た。


「怪我はないか?」

「はい! ありがとうございます!」

「ありがと! おにいちゃん!」

「それなら良かったよ」


 俺はルーシアの頭を撫でる。


 そのとき、俺を馬車に乗せてくれた、つまりアーシアたちの持ち主の商人が近づいて来た。


 俺はその商人をじろりと睨む。


「……まさかとは思うが」

「いやいや! 滅相もない。俺は善人でもないし欲深い小物だが、馬鹿じゃないつもりだ」

「ふむ?」

「お前さんはあれほど恐ろしいドラゴンゾンビをやすやすと倒したんだ」

「やすやすと言っていいかは、わからんが……」

「どっちにしろあっさり倒した。つまりドラゴンゾンビより恐ろしい奴ってことだ」

「……なるほどな」

「そんな奴とした約束をたがえるわけないだろ。俺だって命は惜しい」

「……意外と、と言ったら失礼かもしれないが、賢いんだな」

「そりゃ商人だからな。愚か者の商人はすぐ破産する」


 どうやら商人の世界も厳しいらしい。

 商人は懐から証文を取り出す。


「これが奴隷の証文だよ。売って稼ぐなり、このまま保持して奴隷にするなり……」

 そう言った商人を俺がじろりと睨むと、

「わ、わかってるさ。破るなり燃やすなりすれば、その子らは自由の身だ。好きにしてくれ」

「ああ。好きにさせてもらうさ」


 俺は奴隷の証文二枚に火打石を使って火をつけて燃やす。


「これで君たちは自由の身だ。好きにするがいい」

「えっ、えっ……」

 まだアーシアもルーシアも事態が呑み込めていないようだ。


「おねえちゃん。だいじょうぶ?」

 戸惑う姉の頭を、ルーシアは首をかしげて優しく撫でていた。


「もう奴隷ではない。好きなところに行って好きなことをしろ」

「あぁ……、ありがとうございます! ありがとうございます」

 アーシアは何度も何度もお礼を言い、ルーシアをぎゅっと抱きしめる。


 俺は商人に言う。

「これに懲りたら、奴隷売買に手を出さないほうがいいぞ」

「……いい勉強代になったよ。だが命も荷物も助かった。それで充分さ」


 商人は前向きな考えの持ち主らしい。

 俺は声をひそめて、商人に尋ねる


「……この子たちの両親はどこにいるかわかるか?」

「……はっきりとはな。だが……」


 どうやら両親と姉妹は同時に売りに出されたらしい。

 そして両親と姉妹で別々に買われたのだ。


「私ぐらいの中堅商人なら、子供を買うぐらいしかできないんだ」


 両親を買った商人は、大商人らしい。

 そしてこれから向かう大きな街に立派な店を出しているとのことだった。


「売れていなければ、まだそこにいると思うが……」

「売れていると思うか?」


 商人は一層声をひそめる。


「売れていないんじゃないか? だが確実じゃない。期待させない方がいいだろうさ」


 姉妹と両親は同時に売られた。

 大商人の方が馬車を曳く馬が多く機動力に優れている。

 とはいえ、数日の差でしかない。


「その商人が、自分の店に戻ってから二、三日しか経っていないだろうし……」

「奴隷は高額商品だから、そう簡単に売れないということか?」

「ああ。その通りだ」


 それならば、まだ再会できる見込みがある。だが、問題は金だ。


「……ちなみにだが、いくらぐらいすると思う?」

「買うつもりなのか?」

「ああ」

「…………お人好しだな。だが、尊敬するよ」

「お世辞はいい。で、いくらぐらいだ? 予想でいい」

「……そうだな」


 しばらく考えて、商人の教えてくれた金額は思いのほか高額だった。

 具体的には俺が元実家から貰った支度金の三十倍ほどだ。

 つまり、一人なら七、八年ぐらい生活できる金額だった。

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