第6話 ドラゴンゾンビ

 冒険者たちは身構え、商人たちは怯えた表情を浮かべる。


「な、なんだ?」

「尋常ではないな、急いでここを去ったほうがいい」


 冒険者たちに促され、商人たちは慌てて動き出す。

 だが、拘束された状態の盗賊たちが嬉しそうに言う。


「お、間に合ったか。まだ運に見放されてねえみたいだな!」

「おい、お前ら! さっさと俺らを解放しろ。どうなっても知らんぞ」


 一瞬、はったりかと考えた。

 だが、盗賊たちがやけに余裕なのが気になる。


 だから俺は盗賊の一人の首に剣を突き付けた。


「おい、あの咆哮はなんだ? 解放されるまえに死にたくないだろう?」

「あ、ああ。あれはゾンビだ。それもドラゴンのな!」

「ドラゴンゾンビだと? 嘘をつくな」

「信じなくてもいいさ。すぐにわかることだからな!」


 ゾンビは術者の意のままに操ることも可能なアンデッドだ

 だが、ゾンビ化の術法は、盗賊団ごときが操れるものではない。

 ましてやドラゴンのゾンビなど、盗賊団の手に余る。


「ドラゴンゾンビを、どうやって手に入れた?」

「そんなこと気にしている場合か?」


 盗賊の言うとおりだ。

 ドラゴンゾンビが到達すれば、商隊まるごと蹂躙されるだろう。

 それをみんなわかっているから、大急ぎで逃亡しようとする。


「GUUUUUUOOOOOOooooo……」


 だが、ゾンビとなってもドラゴン。人や馬より遅いわけがなかったのだ。

 ドラゴンゾンビは商隊の前方を、その巨体でふさぎながら出現する。


「……ひぃ」


 皆が絶望の声を上げる。

 そのとき後方からも咆哮が聞こえてきた。


「GUUUUOOUUUUUOOOOOOooooo……」


 ドラゴンゾンビは一頭ではなかったのだ。

 商隊の後方まで、ドラゴンゾンビにふさがれてしまう。

 完全に挟み撃ちの状態だ。逃げ場がない。


「あぁ。神様……」


 俺を乗せてくれた商人が神に祈っていた。


 盗賊たちが口々に言う。

「おい! さっさと俺たちを解放しろ!」

「そうだ! 皆殺しになりたくないだろう」


 それをうけて商人の一人が言う。


「は、はやく、解放してさしあげろ!」


 こうなっては仕方がない。冒険者たちがテキパキと盗賊たちを解放していく。

 そのころ、俺はアーシアとルーシアだけでも助けられないか、その方法を考えていた。


 解放された盗賊たちは、笑顔でドラゴンゾンビに向かっていく。


「いやぁ、助かったぜ!」

「こいつらはどうするんだ? 皆殺しにするか奴隷にするか」


 盗賊たちは、そんなことを楽しそうに話している。

 だが、盗賊たちがドラゴンゾンビの前についた瞬間、

 ――ゴオオオオオオオオオ

 ドラゴンブレスが口から放たれた。


 二十人近い盗賊たちが一瞬で灰になる。

 何が起こったのか、理解できる暇もなかっただろう。


 ドラゴンゾンビの背には、先ほど俺を襲った三人の盗賊の一人がいた。

 それも魔導士だった奴だ。

 ドラゴンゾンビの左右には先ほど俺を襲った三人の残り二人もいる。


「……間抜けで汚らわしい盗賊どもが」

 魔導士は、そう小さな声で言い放った。


 一方、商人たちは恐慌状態に陥っていた。腰が抜けて動けないようだ。

 竜の咆哮には魔力が含まれ恐慌状態を引き起こすと聞いたことがある。

 そのせいかもしれない。

 いや、一瞬で灰になった盗賊たちに自分たちの姿を重ね合わせたのかもしれない。


「神さま、神さま……どうかどうか、助けてくれたら何でもします何でもします」


 俺を馬車に乗せてくれた商人がうわごとのようにぶつぶつ言っている。

 それを聞きながら、ドラゴンゾンビを観察していると、何とかできる気がしてきた。


「……おい。本当に何でもするか?」

「……? ああ、何でもする」

「ここを切り抜けたら奴隷の二人を解放しろ。いいか?」

「ああ、いくらでも解放してやる、命さえ助かればほかはいい!」

「じゃあ、任せておけ」


 俺はそういうと、魔導士を背にのせている後方のドラゴンゾンビに向けて走り出す。


「き、貴様!」


 魔導士は慌てた様子でドラゴンゾンビに指示を出す。

 ドラゴンゾンビの口が開く。ドラゴンブレスを撃つように指示を出したのだろう。


「させるかよ!」


 俺はドラゴンゾンビの頭を破壊する。

 盗賊たちの剣を壊したのと要領は同じ。何も難しいことは無い。

 だが、頭を破壊されてもドラゴンゾンビは止まらない。


 ドラゴンゾンビに限らず、ゾンビはすでに死者なのだ。

 バラバラにしたり燃やし尽くしたりしない限り動き続ける。


 魔力の供給を止めても倒せるが、そのためには体内の魔石を壊さなければならない。

 そして俺には、ドラゴンゾンビの魔石は壊せない。


 俺の破壊スキルは、破壊対象が見えていなくても壊せる。

 だがどこにあるのか知らなければ壊せないのだ。

 鞘に入った剣は、見えなかったが刀身がどこにあるのかはっきりとわかっていた。

 だから、壊せた。


 だが、ドラゴンゾンビの魔石がどこにあるのか、俺にはわからない。

 だから、壊せない。


 それに、俺の破壊スキルは生物も壊せない。だから魔導士には破壊スキルを使えない。

 だが、ゾンビは死体なので破壊可能だ。


 だから、俺は一瞬で、ドラゴンゾンビの頭を潰し、手足を壊す。

 ドラゴンゾンビは当然のように転倒し、その背に乗る魔導士は無様に落ちる。


 その魔導士の顔面を全力で殴る。殺さないためだ。

 こいつらは、どう考えてもあやしすぎる。


 どうやら、俺のことを最初から知っていた節がある。

 加えて盗賊たちを躊躇いなく焼き尽くした。

 恐らくこいつらは盗賊の仲間ではない。


 残りの二人が慌てて逃亡しようとしたので、剣でひざの後ろを斬る。


「ぐああああ」

 足を斬られて逃げられるわけもなく、盗賊二人は転倒する。


「貴様ら。母上に俺を亡き者にしろとでも頼まれたか?」

「…………」「………………」

「二人ともだんまりか。これは話を聞かせてもらう必要がありそうだな」


 無言のまま、二人の盗賊は自分の首に短刀を突き刺した。

 俺は二人の盗賊に近づいて確認する。すでにこと切れていた。

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