第5話 賊の討伐

 俺が困惑していると、なぜか盗賊たちは慌てだした。


「な、なんだと? 話が違う!」「逃げるぞ!」

「こんなことに命をかけられるかよ!」


 魔導士が砂のようなものをぶちまける。

 毒かと思って、俺は後ろに跳んで距離を取った。思わず手をかざす。

 その隙をついて盗賊たちは脱兎のごとく逃げ出しはじめる。


 だが、投げつけられたのは、どうやら本当にただの砂だったらしい。

 なんともなかった。


 一瞬、盗賊たちの後を追って捕縛しようかとも考えた。

 だが、それは兵法できつく戒められている深追いと言うべきものだ。

 優先順位は盗賊の捕縛よりもアーシアとルーシアの安全確保の方が上である。


 ぐっと我慢して、逃げて行ったアーシアとルーシアを追う。無事を確認したい。


 足跡や物音を頼りに、しばらく走って、やっと姿が見えた。


 アーシアたちは、商隊のはるか後方、街道からも少し離れたところにいた。

 商人や冒険者たちも一緒だ。

 そして、その周囲を二十人ほどの盗賊たちが取り囲んでいた。


 アーシアとルーシアも、商人もそして冒険者たちも、逃げられなかったのだ。

 盗賊に捕まり、武装解除され拘束されてしまったようだ。

 全員、後ろ手に縛られて地面に座らされている。


 俺は盗賊たちに気づかれないよう、少し離れた場所から様子をうかがう。


「ちくしょう!」


 俺を荷台に乗せてくれた商人が悔しそうに叫ぶ。

 それを聞いて盗賊の一人が優しそうな口調で笑顔で言った。


「安心しろ。お前らは殺さねーさ」


 一瞬、期待のこもった目で商人たちが盗賊を見る。

 だが、その瞬間に盗賊がにたりと笑った。


「お前らは全員奴隷になるんだからなぁ!」

「うぅ……。なぜこんなことに……」


 商人たちも冒険者も、絶望の表情を浮かべている。

 アーシアもルーシアも恐怖で震えていた。


 奴隷を商っていた商人は自業自得と言えなくもないが、冒険者はかわいそうだ。

 それに、アーシアもルーシアも無事ではすむまい。


(何とかして助け出さなければ……)


 なぜか先ほどから身体が思うように動く。

 とはいえ二十人の盗賊と戦うのは難しかろう。

 それに、先ほど戦った三人の盗賊は非常に強かった。

 そんな奴らが二十人もいると考えれば、気が重くなる。


 いや、俺一人なら、二十人相手にしても何とかなるかもしれない。

 だが、戦闘中に人質を取られるのが怖い。


(どうしたものか……)


 悩んでいると再び「理解」できた。

 先ほどは鉄の枷に手を触れて壊した。だが壊すために手を触れる必要はなかったのだ。


 俺は試しに、盗賊が鞘の中に納めている剣を壊してみる。

 鞘の中の剣を選んだのは、盗賊たちに何かが起こっていると気付かせないためだ。


(よし!)

 見えないのだが、きちんと壊せたことがわかかった。

 なぜわかったのかはわからない。だが、わかったのだから仕方がない。


 この調子でどんどん壊す。まずは鞘の中に入っている刃物からだ。

 次に靴の紐やズボンのベルトなどを壊していく。


 それが終わって、やっと次は既に抜かれている剣だ。


「な? なんだ?」

「おい! 俺の剣も……」


 突然、音もなく剣が折れ始めたので盗賊が慌てる。


(もういいか)


 俺は一気に突っ込む。やはり思い通りに身体が動く。


 こんなに速く足が動くとは。

 幼い頃に見た本気の父の足運びを再現できているのではなかろうか?


 思い通りに剣を振るえる気持ちよさ。

 何度も何度も何度も。それこそ何万何十万回と頭の中で思い描いていた剣閃。

 それを自分の手で再現できている。

 一瞬で盗賊の首が五つ飛ぶ。


「ひぃいい、化け物!」

「やべえ! 逃げろ!」


 盗賊たちは一目散に逃げだす。


「逃がすわけないだろうが!」


 ここで事前に靴紐とズボンのベルトを破壊しておいたのが生きてくる。

 半数近い盗賊は靴が脱げて転倒する。

 そして残りのほとんどはズボンがひざ近くまでずり落ちて、すっころんだ。


 何とか走れたのは三名だけ。


「逃がさないって言ったよな」


 俺は一瞬で追いつくと、三名にとどめを刺す。

 そうしてから、転倒しつつも逃げようとしている盗賊たちに言う。


「逃げたら殺す。逃げなければ、殺さない。どちらか好きな方を選べ」

「……わ、わかった。降参だ、降参するよ」

「ふむ。それならいい。そのまま動くな」

「わかった。動かねえよ」


 盗賊たちは、非常に素直になっていた。


 俺はまず冒険者たちを拘束している縄を斬る。


「君、すごい剣の腕だな」

「ああ。女の子なのに凄いな。剣聖並みに強くなれるんじゃないか?」

「剣聖も女の子だぞ。剣に男女は関係ないのかもしれん」


 冒険者たちはそんなことを話している。

 剣聖並みに強くなれるかもというのはお世辞だろう。

 それでも、冒険者たちにそう言ってもらえるのは光栄で、心の底から嬉しかった。


「そうか、ありがとう。だが俺は男だ」

「あ、すまん。これは失礼なことを言った」

「気にしないでくれ」


 女だと思われるのは良くない。

 もう少し格好に気を付けるべきかもしれない。


 それからは冒険者と手分けして商人たちの拘束を解いていく。

 俺はアーシアとルーシアの拘束を解いた。


「怪我はないか?」

「はい。ありがとうございます」

「おにいちゃんありがと!」

「それならよかった」


 アーシアとルーシアが無事で一安心である。

 それから俺は冒険者と協力して生きている盗賊を全員拘束していく。


「こいつらは全員賞金首だ。君、お手柄だぞ」


 それはありがたい話だ。お金はいくらあっても困らない。

 それから俺たちは、拘束した盗賊たちを連れて馬車の列へと戻った。


 奇跡的に荷台も馬も無事だった。商人たちはホッと胸をなでおろす。

 いよいよ、出発しようとしたとき


「GUUUUUUOOOOOOooooo」


 強烈な腐臭が漂ってくるとともに、恐ろしい咆哮が聞こえてきた。

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