第4話 覚醒

「ひぃっ」


 突如聞こえてきた爆発音に怯えた声を出したルーシアを姉のアーシアが抱き寄せる。


 俺が「何か」に備えるため、馬車から飛び降りると、商隊の前方から

「賊だ!」

「戦えるものは前にでろ!」

 という大きな叫び声が聞こえてきた。


(……厄介だな)


 爆発音が聞こえたということは、敵に魔導士がいるということ。

 魔導士を擁しているとなれば、大規模な盗賊団だと予想される。


 商隊の全員で戦っても、どうにかなるようなものではない。

 荷台を放棄し、全力で逃げ、見逃してくれるのを願うのが一番だろう。

 俺も商人たちも、護衛の冒険者たちも、命あっての物種だ。


「うわああああああ」


 ほとんどの商人たちもそう考えたようだ。

 パニックに近い状態になって、馬車から飛び降り一斉に後方へと逃げ出していく。


「逃げるな戦え!」


 抵抗しようとしている商人は、先頭ともう一人ぐらいだ。

 ちなみに俺の乗っていた馬車の持ち主は、一目散に逃げだしている。


 そして護衛の冒険者たちは、ひるまずに前へと出た。

 冒険者たちの数は五名。多勢に無勢すぎる。

 いくら冒険者のパーティでも魔導士を擁する盗賊団に勝てるわけがない。


「ちくしょう!」


 冒険者のリーダーが、吐き捨てるように叫んだ。

 護衛の依頼を受けている以上、逃げるわけにもいかないのだろう。


「さっさと逃げろ!」「魔導士のいる盗賊団に勝てるわけねーだろうが!」

「時間稼ぎしかできねーぞ」「皆殺しになりたくないだろ!」


 戦おうとしている商人たちに、冒険者たちは早く逃げろとしきりに言っていた。

 商人全員が逃げだせば、冒険者も撤退を補助するという名目で逃げられるのだ。


 そして、俺のすべきことも全力で逃げることだ。

 冒険者ギルドの依頼を受けているわけでもなし。

 運賃を割り引いてもらっただけ。命を懸ける義理もない。


 それに剣の才能のない少年が、一人増えたところでどうにもなるまい。

 むしろ、冒険者たちの撤退の足をひっぱるだけだ。


「……とはいえだ」


 魔族の姉妹を置いて行くわけには行かない。

 俺は荷台に戻ると、二人の足枷を調べる。どうにかして外すためだ。

 足枷は鉄でできており、鉄の鎖で荷台に取り付けられた金具に繋がれていた。

 鍵か、何か専用の道具がなければ外すのは難しそうだ。


「私たちのことはおいて逃げてください。あなたも捕まってしまいます!」

「うん、あたしもだいじょうぶ!」

「盗賊に捕まったら、あなたも奴隷にされちゃいます! 私たちはもう……あれですけど」


 アーシアもルーシアも、震えながら気丈にふるまっている。

 そんな仕草を見せられたら、なおさら逃げるわけないはいかないではないか。


「逃げるならば、一緒に逃げよう」


 そう言いながら俺は壊せる部分を探す。

 鉄の枷も、鉄の鎖も短時間で破壊するのは難しい。

 だが、鎖が取り付けられている荷台の金具、それが固定されている箇所は木製だ。

 木ならば剣で壊せないことは無い。……かもしれない。


「こんなとき、剣聖さまなら……」


 勇者パーティには剣聖と呼ばれる剣の天才がいる。

 嘘か誠かわからないが、木刀で鋼鉄すら断ち切ると聞く。

 鉄の剣で鉄の鎖を断つことぐらい造作もないに違いない。


 だが、俺には剣の才能がない。鉄には手を出さずに木の板を壊さすのが一番速い。


 俺は剣の柄に手をかけて、金具が固定されている木の部分に目をやった。


 …………?


 そのとき不思議な感覚に襲われた。

 剣を抜く必要がないことを理解したのだ。どういうことかは自分でもわからない。

 言葉で説明するのは難しい。ただ理解した。


「…………」


 俺は無言でアーシアの足枷に触れる。その瞬間、

 ――キンッ

 足枷は綺麗に真っ二つに割れた。


「えっ?」


 アーシアは驚きの声をあげる。

 俺も理性の部分で驚いたが、感情としてはこうなるのは当然だとなぜか感じる。

 頭が二重構造になったかのような、実に不思議な感覚だった。


 俺はルーシアの足枷の方にも手を触れる。

 ――キンッ

 こちらもあっさりと割れた。


「よし、これでよしと。逃げようか」

「は、はい」「うん」


 アーシアもルーシアも何が起こったのか理解していない様子だ。

 だが、逃げられるということだけは理解してくれている。


 俺は二人と一緒に馬車の荷台から飛び出した。

 すでに商人たちは全員撤退し、冒険者も護衛名目で立ち去った後だ。

 盗賊たちもその後を追って行ったようだ。


 盗賊もいないのは好都合。こっそり隠れながら、この場を離れればいい。


 そう考えたのだが、近くから、

「お、ここにいたか! 逃げられたかと思ったぞ」

 と言う声が聞こえたと思うと、剣を持った三人の盗賊が襲い掛かって来た。



 俺はとっさに剣で斬撃を防いで、アーシアたちに向けて叫ぶ。


「お前たちは逃げろ!」

「でもっ!」

「足手まといだ! 俺だけならどうにでもなる!」


 足手まといなのは確かだが、俺には剣の才能がない。

 どうにでもなるというのは嘘だ。だがそうでもいわないと逃げてはくれまい。


「わ、わかりました!」


 俺の思惑通り、アーシアたちは逃げ出してくれる。


 一人か二人の盗賊は、アーシアたちを盗賊は追っていくかもしれない。

 そう思って警戒したが、杞憂だった。


 なぜか盗賊たちは俺しか眼中に無さそうだ。


「とりあえずお前は死んどけや!」


 盗賊の剣が眼前に迫る。盗賊の剣筋は非常に鋭い。

 盗賊如きの剣とは違う。訓練された、そうまるで騎士のような剣筋だ。


 だが、なぜかわからないが、いつもよりも太刀筋が遅く見えた。

 剣をかわすために一歩踏み込む。なぜか身体が思うように動いた。


 身体が軽い。頭もすっきりしている。

 まるで全身に縛り付けていた鉛の塊を外したかのようだ。

 まるで病が治り高熱が下がった日の朝のようだ。


 俺は自分の剣を振るう。狙った場所に狙った通りに綺麗に刃が走る。

 盗賊の剣を根元から切断できた。鉄の剣とも思えないほどあっさり斬れた。


 俺の剣はそれだけでは止まらない。

 刃を返して、俺の左側で隙を窺っていた盗賊の剣を斬り落とす。

 そして三人目の盗賊の眼前に剣の切っ先を突き付けた。


 三人目の動きは剣士のそれではない。恐らく魔導士だ。


「お前、魔導士だろ。口を開いてみろ。呪文が紡がれる前に首を落とすぞ」

「……」


 まるで自分が超一流の剣士にでもなったかのようだった。

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