第3話 奴隷の姉妹

 俺は破壊神の言葉の意味することが理解できなかった。


「破壊神の権能? なんでも壊す能力か?」

「その時が来れば理解できますよ。いまエクスが私を神だと理解できたように」


 破壊神は笑みながら俺に向けて手を伸ばした。

 避けようとしたが、金縛りのように指一本動かせなかった。

 そして破壊神の細くて綺麗な白い指が頭に触れた瞬間、俺は意識を失った。



 ………………

 …………

 ……



「うわっ! ……なんだ夢か」


 目覚めたのは。昨日泊まった粗末な宿屋。

 つまり、街道沿いに進んでヘイルウッド領を出て一番最初の小さな宿場町の宿屋である。


 やけにリアルな夢だった。

 昨日、廃嫡されたことが心の傷となり、俺に変な夢を見させたのかもしれない。

 夢のことは気にしても仕方がない。俺は気持ちを切り替えた。


「……朝か」


 ここは初めて宿泊した場所だ。

 それに部屋の壁は薄い。昨夜は周囲の部屋から色々な音が聞こえていた。

 それだけでなく、この宿屋は酒場兼食堂を併設している。

 かなり遅い時間まで酒盛りの音が聞こえていた。


「布団に入ったときは、眠ることができるか不安だったのだが……」


 一瞬で寝付いた上に、一度も目覚めることもなかった。

 疲れていたということかもしれない。


 俺は手早く準備を済ませ、宿で簡単に朝食をとると馬小屋の方へと向かう。

 馬車で移動する商隊に一緒に乗せてもらうためだ。


 俺は髭を蓄えた太り気味で身なりの良い商人に声をかけた。


「王都に向かっている。乗せてくれないか? 金なら払う」

「……ふむ。仕事はできるか?」

「多少の荷運びなどは手伝おう」

「腰にさげている剣は飾りか?」

「俺は騎士でも冒険者でもない。これは護身用だ。一応訓練はしているが……」

「うむ。それでいい。いざという時の頭数になればいいからな」


 交渉の結果、比較的安い値段で乗せてもらえることになった。

 安いかわりに雑用などを手伝わなければならない。

 加えて、山賊が出現したときにも戦わなければならない。


 とはいえ、商隊には護衛の冒険者たちも雇われている。

 戦闘要員としての俺の出番はあるまい。


 交渉が終わった後、俺は商人に尋ねる。


「立派な商隊だな。大商人なのか?」


 大商人ならば、雇ってもらえるかもしれない。

 それを期待して尋ねたのだ。


「いや、しがない零細商人だよ」


 口ではそういうが、身なりから判断するにそれなりに儲かってはいるのだろう。


「この商隊は、俺の商隊じゃあない。連合体なんだよ」

「連合体?」


 出発の準備を終えて商人は暇だったのだろう。丁寧に説明してくれた。


 複数の商人がまとまって行動し、道中の安全を確保するための商隊らしい。

 馬車一台で商う者たちが十人集まった結果、馬車十台の商隊になったようだ。


 俺は話を終えると商人の馬車の荷台に乗せてもらった。

 そこにはたくさんの荷物の陰に、魔族の少女と幼女が乗っていた。


 少女の方は俺より三歳ぐらい年下だろうか。幼女の方は四、五歳に見えた。


 二人とも足に鉄の枷がつけられている。奴隷なのだろう。


(あいつ人のよさそうな顔して、奴隷商かよ……)


 奴隷自体は国法では禁じられていない。各領主ごとに奴隷の扱いは異なる。


 ヘイルウッド領では犯罪奴隷以外は禁じられている。

 だから実際に奴隷を見るのは初めてだった。

 侯爵の嫡子の前には、犯罪奴隷など連れてこられないからだ。


 いや、もしかしたら街道整備したときの労働者の中にいたかもしれない。

 だが、少なくとも俺はその者たちを奴隷だと認識してはいなかった。 


 俺はどう接していいのか、わからなかったので馬車の中に静かに座る。

 少女の方は怯えたような表情を浮かべ俺とは目を合わせないようにしていた。

 だが、幼女の方は俺に笑顔を向ける。


「おねえちゃん! ひとりでたびしているの?」

「一人旅みたいなものだ」


 本当は一人旅ではなく、移住の途中なのだが説明が色々面倒だ。


「そっかー」

「……それとお姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんだ」

「そうなんだ! 綺麗なお顔しているね」

「……ありがとう」


 馬車が移動を開始した後も、幼女からは語り掛けられる。

 幼い者から親しく話しかけられるのは初めてのことかもしれない。


 最初は戸惑いながらも返答していたが、徐々に俺も楽しくなった。

 途中からは少女の方も話に加わってくれた。


「俺はエクス・ヘ……、いやエクスと言う名前なんだ。君たちは?」


 一瞬、家名まで名乗りかけた。もう俺はヘイルウッドではないのだ。


「あたしはルーシアだよ!」

「私はアーシアといいます。ルーシアの姉です」


 どうやら二人は姉妹らしい。

 しばらく話して親しくなった後、姉は簡単に身の上話をしてくれた。


 二人は優しい魔族の両親とともに魔王領で平和に暮らしていたという。

 だが、魔王は勇者に討伐されてしまい魔王軍は滅亡。

 その後に押し寄せてきた人族に魔王領は占領されて、家なども取り上げられてしまった。


 生活の糧を失ったアーシアの家族は職を求めて移住したが、その移住先がまずかった。

 移住先の領主が魔族を憎む、対魔族強硬派だったのだ。

 難癖をつけられ財産を没収されたうえ、一家全員が奴隷にされたのだと言う。


「罪はないのに?」

「両親は魔王軍相手に商売していたこともあるので……それが罪だと」


 難癖にもほどがある。

 理屈に合わない理不尽な目に合っているという意味では俺と姉妹は同じだ。

 相手が権力者ゆえに抗うことができなかった点も同じである。


「……そうか。両親はどこにいるんだ?」

「わからないです」


 逃亡防止のために家族をバラバラにしたのだろう。

 姉妹が一緒でいられることは、幸運と言えるのかもしれない。


「それにしても、ひどいことをする領主もいるのだな」

「……はい」


 ヘイルウッド領ではそのようなことは許されない。

 ほとんどの領でも許されることではないだろう。

 だが領主の権限は強い。領主がその気になればできることではあるのだ。


 俺の頭の中に、かつて王都で出会った対魔族強硬派の領主連中の顔が浮かぶ。

 対魔族強硬派の中でも、魔族に難癖を付けて奴隷に落とすようなひどい領主は限られる。

 そして、その領主はすでに失脚済みだ。


「……もし」

「どうしました?」

「いや、なんでもない」


 もう少しその領内に移住するタイミングが遅ければ。

 もしくは隣の領主の土地に移住していれば。

 今でも一家は、一緒に幸せに暮らしていたに違いない。


 そして、俺との出会いが昨日より前だったならば。

 俺がヘイルウッド侯爵家の嫡子だったならば、解放できただろう。

 魔族奴隷の一家を解放するための金ぐらいどうとでもなったのだ。


 二人は、いや魔族の一家は、ただひたすらに不運だったのだ。

 だが、その事実を告げても何も変わらない。ただ残酷なだけだ。


 俺に与えられた支度金程度ではルーシア一人解放することも出来ない。

 すでに平民になってしまった俺には権力もない。

 何もすることは出来ないのだ。


 心の底から悔しく思った。

 全く未練のなかったヘイルウッド侯爵嫡子という身分がいかに恵まれていたか。

 それを思い知らされた。


「……そうか。そんなことがあったのか。大変だよな」

「えへへ」


 俺は無邪気に笑うルーシアの頭を優しく撫でた。

 この姉妹の境遇は、俺とどこか似ている。そんな気がした。


 世間話をしながら、しばらく馬車が進んだころ、

 ――ドォォォ

 商隊の前方から大きな爆発音が聞こえてきた。

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