第2話 不思議な夢

 俺が当主の部屋から退室すると、

「エクスさま……」

 心配した家臣が数人集まってくれていた。

 その中には俺の側近として働いてくれていた者たちだ。


「話は聞いていると思うが……。こういう仕儀になった。今まで世話になった」


 家臣たちが泣きそうな顔で何か言おうとしたので、俺は手で制する。


「何も言うな。誰が聞いているかわからん」


 俺はもうヘイルウッドから追い出されて平民に落とされた。家臣たちを守ることはできない。

 そして家臣たちはこれからもヘイルウッドの家に仕えなければならないのだ。

 俺が追い出されたことを悲しんだことを知られたら、義母からの覚えが悪くなる。


「……エクスさまは、これからどうなされるのですか?」

「ヘイルウッド領を出て商会にでも雇ってもらうさ」


 俺は読み書きができるし計算も得意だ。商会ならば雇ってくれるに違いない。

 住み込みで働かせてくれる商会があればいい。

 だが、そういう商会は都会にしかない。


「では、王都に向かわれるのですか?」

「そうだな。王都がいいだろうな」


 人の多い王都ならば、大きな商会がいくつもある。

 選ばなければ仕事もあるだろう。


「みな、元気で。身体に気を付けるのだぞ」

「エクスさまも、どうか息災で……」


 俺は家臣たちに別れを告げて歩き出す。

 母からは今日中に出て行けと言われている。

 支度金以外に、何かを持ち出すことも認められないだろう。


 だが、今着ている衣服ぐらいは大目に見てくれるに違いない。

 俺はそのまま館の外へと歩いて行った。


 館の外に出てから、義母から受け取った支度金を確認する。

 なかなかの金額が入っていた。これだけあれば、二、三か月は暮らしていけるはずだ。

 義母も弟も金銭感覚がまともではない。恐らく執事にすべてを任せたのだろう。


 だから、この支度金は執事からのせめてもの手向けなのだ。

 心の中で執事に向かって感謝した。


 俺は、そのまま歩いてヘイルウッド領の外に向かうことにする。

 だが、その前にヘイルウッド屋敷近くの街で服を売り払うことにした。


 俺の着ている服は、普段着とはいえ侯爵家の嫡男が着ていた服。

 つまり、貴族のための服なのだ。

 そんな服を着ている者が一人で旅をしていたら目立ちすぎる。

 盗賊のいい餌食だ。


 だから服をすべて売り払って、替わりに安くて丈夫な服を買う。

 剣を買うのも忘れてはいけない。

 愛用の剣は館に置いてきてしまっている。

 旅のことを考えると、剣の一振りぐらい持っておくべきだろう。


 俺は店主からアドバイスをもらいながら、旅装を整えていった。


 それを終えると街道に沿って王都に向かって歩き始める。

 その街道は俺が指揮して整備した街道だ。とても歩きやすかった。


「……この街道で、十五年間育ててもらった分の恩返しとしては、まあ充分かな」


 自分の改革の成果を実感し、嬉しい気持ちになる。


 順調に旅は進み、ヘイルウッド領を出て最初にある小さな宿場町に到着する。

 お金は大事に使わないといけないので、俺は一番安い宿に泊まることにした。



◇◇◇


 その夜。俺は夢を見た。

 神々しい姿の可憐な少女が、俺に笑顔を向けている夢だ。


 俺はここが夢の中、もしくは現実とは違う場所であるということに気が付いた。

 理由はわからないが、ここは現実ではないという確信がある。

 確信、いや理解したと言った方が近いかもしれない。


「エクス・ヘイルウッド。いや、今はただのエクスですね」


 どうやら、相手は俺のことを知っているらしい。


「あなたは?」


 丁寧に礼儀正しく聞き返す。

 俺には少女が何者かわからない。だが確実に人間ではないということはわかる。

 理解してしまうのだ。なぜかはわからない。


「私は破壊と創造を司る神。人族には破壊神と呼ばれています」

「……破壊神」


 いわゆる、死神などと同じく邪神と呼ばれる神である。

 だが、目の前の少女は邪悪な存在には見えなかった。


「その通り。私は邪神などではありませんよ」


 俺の考えたことは口にしなくても伝わるようだ。


「そもそも神の聖邪を人間に測る事など不可能です。神と人とはそもそも審級が違うのです」

「審級? 法律の?」

「いえ、気にしないでください。口が滑りました。人には難しい話ですから」


 恐らく「神は人よりもあらゆる面で上の段階にいる」ということを言いたいのだろう。


「とりあえず、その理解で大丈夫です。エクスは賢いですね」

「仮にも神に褒められるとは。ありがたい話だ」

「おや? 口調が変わりましたね」

「脳内で考えていることがわかるのだろう? ならば敬語など意味がない」

「その通りです。やはり賢いですね」

「お世辞は結構。礼儀は人が作ったもの。人と神は審級とやらが違うのだろう?」


 人の作った礼儀が神にとっていかほどの意味を持つというのか。


「礼儀はそれで構いませんよ。大事なことは、私は邪神などではないということです」

「そうか。それならそれでいい。で、邪神じゃない破壊神が俺に何の用だ?」


 そこまで言って、一つの疑問が頭に浮かぶ。

 そういえば、なぜ俺は目の前の存在を破壊神だと無条件で信じているのだろうか。


 ただの夢。そう考えるのが自然だ。

 いや、そもそもだ。ただの夢だとしても夢を夢と認識していることがおかしい。

 人によっては訓練して夢の中で夢と気付くことができるらしいが眉唾物である。

 少なくとも、俺はそのような体験をしたことは無い。


「その疑問を持てるとはすごいですね。さすがは私が選んだ者です」

「……破壊神に選ばれることがいいことだとは思えないが」


 それにしても、破壊神が一体何の用だろうか。


「そう考えるのは、エクスが破壊神を邪悪な存在だと未だに考えているからです」

「それはそうかもしれないが……」


 俺はそもそもさほど信心深いたちではない。

 聖神に選ばれても無条件で嬉しいとは思わなかっただろう。


 そんなことを考えていると、

「あなたには私の権能の一部を与えましょう」

 破壊神は笑顔でそう言った。

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