剣の才能がないと侯爵家を廃嫡され追放された少年。破壊神の加護を手に入れ無双する。
えぞぎんぎつね
第1話 廃嫡
十五歳の誕生日の三か月前のこと。
俺、エクス・ヘイルウッドは当主の部屋に呼び出された。
その時点で非常に嫌な予感がした。
当主の部屋に入ると、義母と一歳年下の弟が待ち構えていた。
それ以外にも三人の騎士たちと執事までいる。
中にいる者たちを見て、良くないことが起こるという俺の思いは強くなった。
「母上におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
俺は礼儀にのっとり義母に深々と頭を下げて挨拶をする。
義母の隣に弟が立っているせいで、目下である弟に向けて頭を下げる形になった。
本来であれば、そのようなことにならないよう、弟は下がらせるべきなのだ。
だが、あえて義母はそうしているのだろう。
義母は俺に対して「顔を上げろ」とは言わずに告げる。
「廃嫡です。お前は今日中に家を出ていきなさい」
廃嫡まではまだわかる。
我がヘイルウッド侯爵家の跡継ぎとして弟を選んだということだ。
義母としても、自分が産んだ息子に跡を継がせたいという思いがあるのだろう。
弟に頭を下げさせられた時点で覚悟はしていた。
「……廃嫡ですか。それは陛下には――」
当然だが侯爵家の嫡子を変えるには国王陛下の承認が必要だ。
それに他のヘイルウッド一族の者たちの意見も聞かねばなるまい。
だから尋ねたのだが、
「もはやヘイルウッドの人間ですらないお前が気にすることではありません」
そう母に断言されてしまった。
義母は、俺を生んだ母が死んだあと、父の正妻となったのだ。
だが、義母は父の従妹でもあり、元々ヘイルウッド侯爵の継承権を持つ人間。
父の死後は、当主代行として、ヘイルウッド侯爵の権力のすべてを握っている。
今は義母がヘイルウッド侯爵家の絶対権力者だ。
「廃嫡はともかく、家を出ろというのは……」
理由も事情も推測できるが、俺は聞かずにはいられなかった。
「…………」
義母は何も答えない。まるで俺なんかと口を利くのも嫌だと言わんばかりの態度だ。
義母の隣にいる弟はニヤニヤと馬鹿にした目でこちらを見ていた。
俺はヘイルウッド侯爵家の法定推定相続人。
つまり、俺より上位の継承権を持つものが今後誕生する可能性のない相続人である。
三か月後、俺が十五歳になれば法にのっとり自動的にヘイルウッド侯爵になってしまう。
だから急いで廃嫡し、家から追い出して貴族ですらなくそうと考えたのだろう。
何も答えない義母に変わり、そばに控えていた執事が教えてくれる。
「エクスさまは、その、誠に申し上げにくいのですが、……剣があまりお得意ではなく」
「もう、こいつ相手に『さま』をつける必要もないし、言葉を濁す必要もない!」
「……ですが」
執事はためらうが、弟はおれを見て馬鹿にしたような、にやけ顔で嬉しそうに言う。
「こいつは無能だから我が家にはいらないって、はっきり言えばいいんだ」
ヘイルウッド侯爵家の当主は騎士でもある。
歴史に名を遺した高名な騎士も多く輩出し、王家の剣術指南役を務めた当主も多い。
ヘイルウッドの祖は魔王を討伐にも参加したほどの剣士だったと言われている。
亡き父も王家の剣術指南役だった。
ヘイルウッド侯爵家は、いわば武門の名門というやつなのだ。
当然のように、ヘイルウッド家嫡子である俺も物心のつく前から剣の訓練を受けていた。
才能がある、神童だ、ヘイルウッドの未来は明るいなどと言われたものだ。
だが、十歳の時に師でもあった父が病で急死した。
そして、そのしばらく後、突然身体を自由に動かせなくなった。
師である父を失ったことによる精神的なショックによるものか、病なのか。
それは、いまでもわからない。
身体を自由に動かせないと言っても日常生活を送るには支障はない程度だ。
繊細な作業をするとき指がもつれたり、全力で動くとき足がもつれたりする程度である。
ほとんどの使用人たちも気づかなかったぐらいだ。
だが、それは一流の剣士となるには、致命的だった。
実際、稽古で俺と剣を合わせたヘイルウッドに仕える騎士たちにはすぐに気付かれた。
身体が動かなくなっても、俺は訓練は続けた。
しかし、今では弟の方が剣の力量が上なのは間違いない。
俺は当主代行である義母に向かって言う。
「私は剣以外で侯爵家に貢献してきたと自負しております」
「ふん! お前如きが侯爵家に何かできていた気になっていたとはな!」
義母の代わりに、弟が馬鹿にしたように答えた。
「雑用をやらせてやったから、調子に乗ったのかしら」
義母が呆れたように言う。
「ヘイルウッド侯爵家では剣才が全てなんだよ! ヘイルウッドの恥さらしが!」
弟は勝ち誇り、俺に向かって怒鳴り散らした。
十歳で身体に支障がでてからも、俺は良い領主になろうと必死に勉強してきた。
義母も弟も領地経営には興味がなかったので、好きにやらせてもらえたのは幸いだった。
義母が雑用と言ったのは、俺のおこなった領地改革のこと。
領民のために新産業を考えたり、道を整備したのだ。
夜明けとともに起きて剣術の訓練。
朝食後から夕食までは、領地改革の合間に勉強をした。
夕食後はまた剣術の訓練である。
かなり忙しい毎日だったが、おかげでヘイルウッド領は裕福になりつつある。
だが、改革はいまだ途上。
ヘイルウッド領は侯爵領としては、充分に裕福とはいえない。
改革に使うための予算も充分ではない。
だというのに、その貴重な予算を義母と弟は贅沢品を購入し浪費し続けてきた。
俺は義母や弟相手に浪費をやめるよう何度も言ったりもした。
だから嫌われたのかもしれない。
「もう充分でしょう」
義母は説明はこれで終わりだとばかりに執事に手で合図をする。
「畏まりました」
執事はうなずくと、革袋を手渡してきた。
「これは支度金です」
「……ありがとうございます。失礼いたします」
ずるがしこい義母のことだ。親戚連中への根回しは充分にしているのだろう。
ここであがいても何が変わるわけではない。
それに、この部屋にはいつもはいない騎士が三名いる。
俺が暴れたら即座に殺すつもりだろう。
「今までお世話になりました。失礼いたします」
俺は何も抵抗せず、大人しく退室せざるを得なかった。
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