第17話 同情愛憐れむ
「ブルーメンブラット嬢は今日の講義を欠席なさっているようね」
「そりゃあそうよ。お可哀想に、後夜祭であんなことがあったんだから」
「とてもおつらそうだったわね。ベルトラント殿下がずっと慰めていらしたけれど……休日が明けても授業に出られないほど、気に病まれているんですもの」
校舎の手洗い場の鏡台の前で、名も知らぬ令嬢たちがひそひそと囁きあう。身嗜みを整えているところなのか、窓の外の雷雨に紛れて、髪を櫛で通す音や布擦れの音なども聞こえてきた。
「でも、アウフムッシェル嬢は、今朝の馬術の授業にも何食わぬ顔で出席されたそうよ……仲のいいお二人だという噂だったけれど、やっぱり、あの日アウフムッシェル嬢の言っていたことは、本当なのかしら」
「まさか、あんな大勢の前で、乱暴に髪を切ってしまわれるなんてね。酷いお方よ。挙句、鋏まで投げつけて! 信じられない、《除災の祝福》がなければ怪我をしていたわよ?」
「アウフムッシェル嬢は私生児ですもの。ブルーメンブラット辺境伯に寵愛を受け、王太子妃の候補として名を上げられたあの方に嫉妬しているのでしょう」
令嬢の一人が
鏡越しに私の姿を捉えた令嬢たちは、さきほどまでの喧しい口をぴたりと閉ざし、ぎょっとしていた。まさか噂していた当人が同じ空間にいたとは思ってもみなかったのだろう。
その居心地の悪そうな顔色が実に浅ましく、手を清め終わった私は、彼女たちを睨みつけてやった。
彼女たちの表情は三者三様で、いまにも私を
私がフェアリッテを裏切ったという話は、電光石火の勢いで広まった。
後夜祭のあの夜、聖堂に残っていた者は多かった。その者たちの口から口へと伝えられ、休日を明けたころには全校生徒の耳に入っていた。
それほどまでに、私がフェアリッテを貶めた出来事は衝撃的だったらしい。新聞でもあれば、大見出し記事になりそうだ。
狩猟祭を終えれば学期末試験はすぐそこで、来たる春の花の月を待つことなく、私たちは試験準備を始める。
本来なら、狩猟祭とは打って変わった緊張感がぴりりと漂い、あちこちは勉強一色に染まるのだ。それが、校内のあちこちを占めるのは私とフェアリッテのゴシップだというのだから、先の一件の影響力は著しい。
私に裏切られ、虐げられたフェアリッテは、心を痛めて部屋にこもり、そんな彼女をベルトラント殿下を含める皆が気遣っている。
廊下を歩けば、いくつもの遠巻きな視線が私を舐めていった。腫れ物を見るような、あるいは、魔物を恐れるような、はたまた汚物を見るような目。いい意味でも悪い意味でもわざわざ私に話しかけてくるような者はいない。先の一件により、私は完全に孤立していた。
否。不完全ではあった。
なにせ、後夜祭のあの日から、異様に私をかまう男が、一人いるのだから。
「ヴィーラ」
その男ことフィデリオは、廊下を突っ切ろうとする私を背後から呼び止めた。
面倒で振り返る気も失せる。
やはり、もう少し手洗い場にこもっているべきだった。暇ができれば私のもとを訪ねる彼が嫌で、あそこに逃げこんだというのに。あの令嬢たちのせいだ。睨みつけるどころか水でも浴びせてやればよかった。
私は冷ややかな目で廊下を歩きながら、フィデリオを無視していく。しかし、それで折れるフィデリオではなかった。彼は彼でほんの少しの苛立ちを含んだ声色で「ねえ」「ちょっと」「おい」と私の気を引こうとする。
一定の距離を保ったまま、私たちは廊下で攻防していた。
埒が明かない。
私は、
案の定、フィデリオもそれを追って入ってきたので、彼が部屋に入った途端、素早く扉を閉めて鍵をかける。
「いい加減にして」私は眉を顰めてフィデリオを見遣った。「しつこいのよ。私にかまってる暇があるなら、フェアリッテの見舞いにでも行ったらどうなの?」
「令息が令嬢のいる女子寮舎に入れないのは規則で決まっている。知らないの?」
「知ってるわよ。とにかく私にかまうなって言いたいの」
「フェアリッテとは話せないし、君と話すほうが現実的だ」フィデリオは目を細める。「……すぐにでも彼女に謝りに行こう。君だってわかるだろう。学校中、あの後夜祭の噂で持ち切りだ。これは、フェアリッテのためにも君のためにもならないよ」
栗毛の奥の蜂蜜色の瞳が、憂うように色を変えた。
その憐れむような眼差しに、目の前が白むような錯覚がした。
ああもう、あの日、あんな醜態を晒すのではなかった。彼の前で泣きたくなどなかった。涙を見せてしまっては、もうこの男の前ではなにを言っても、ただの強がりだと看破されてしまう。
けれど、私は彼を
なんのために私が、フェアリッテを傷つけたと思っているのだ。
「……わかってるよ」フィデリオは息をつく。「俺が言ったんだものね、一周目のフェアリッテと殿下が親しくなったのは君のおかげだ、って。君に傷つけられたフェアリッテを殿下が慰めたことで、二人の仲は深まった。今回の君のおこないはそれの踏襲だ。フェアリッテを傷つけることで、殿下の気を
これは、前夜祭の準備中、ベルトラント殿下がフェアリッテに話しかけたときから、仲睦まじい二人を見たときから、頭に過ぎっていたことだ。私がフェアリッテを傷つければ、二人はさらに心を寄せ合う、と。
この
「あの日、ミットライト嬢はきっと、君の暴挙を糾弾しようとしていた。そうなればフェアリッテもただでは済まなかったはずだ。君は、それより先にフェアリッテを裏切ることで、彼女を庇おうとしたんだろう。その後、答案の改竄について言及されたとしても、フェアリッテを王太子妃にするためでなく、むしろ貶めるためにやったんだろうと解釈されるのを見越して……あくまでもフェアリッテを被害者に見せかけるために、君は嫌われ者を買って出た」
「そこまで理解していながら、私に気安く話しかけられる、その神経を疑うわ」私の声は怒りだかなんだかわからないもので震えていた。「わかるでしょう? 貴方もプリマヴィーラ・アウフムッシェルに騙された被害者でいてくれないと、あの裏切りは嘘だったのかもと思われる。あんなことまでしたのに、全部、水の泡になるのよ」
周囲から隔絶されることで、私の策は完結する。
ディアナが手詰まりでいるうちが花なのだ。こちらの意図に気づかせぬまま、私が勝手に自滅したと思わせていれば、これ以上なにか動くことはないはずだ。
答案の改竄についても口を噤んでいることから、いま糾弾しようと己の得にはならないと、ディアナも察しているに違いない。この膠着状態を守ることが、私の本懐だった。
フィデリオは甘やかな目を細めて私を見ていた。その瞳が静かに伏せられ、ややあってから、彼の口から深い吐息が漏れる。
私はその吐息に被さるように言いきった。
「ああなってしまった以上、こうするしかなかっただけ。謝ったところで無意味なの。お願いだから放っておいて、貴方のお説教なんて聞きたくもないわ」
言い終わりもしないうちに、フィデリオが私の頬を打った。
鳴ったのは乾いた音。突飛なことで呆気に取られる。叩かれた皮膚がじりじりと熱くなった。そこに己の指を這わせたのは無意識だ。
怒りだかなんだかわからない感情が昂ぶりすぎて、目尻からぽろりと涙がこぼれでた。自分でもびっくりするほど容易く決壊したそれに
私をそんな気持ちにさせた彼は、項垂れたように「苛々する……」と呟いた。それに私は
「おいたがすぎる。見るに
フィデリオの言い
痛みの熱とは違う、人肌の熱。
彼の手を振り払うのも忘れて、私は瞠目する。
フィデリオはどこか呻くように言った。
「少しは俺の気持ちにもなってくれ……君があんなことをしでかしただけでも最悪なのに、フェアリッテはぼろぼろで、しかも君まで泣いていたんだぞ」
私の頬を抱く彼の指が、輪郭や顎にも触れる。
ぞわぞわとした感触に、このまま掴み取られてしまうのではとも思われて、しかし、彼のこめる力はあまりに柔らかく、私は硝子細工だったのかしらと錯覚するほどだった。
「ここまでうんざりしたことははじめてだよ。正直、いろいろありえなくて……この女、本当にどうしてやろう、とは俺も思ったけど」
なかなか物騒なことを言ってくれたフィデリオに、しっかり恨まれていることは感じられた。遺憾だが、得心もいったので、私は瞠った目を細め、彼の言葉を待つことにした。
それを汲み取ったかは知らないけれど、彼はおもむろに目線を上げ、気を取り直したふうに言葉を続ける。
「自己中心的で、他人の面倒事に巻きこまれるのなんてごめんだと言っていた君が、フェアリッテが殿下の愛を望んだというその理由のみで動いていたんだ。どんな過程であろうと、結果であろうと、成長だと思うことにした」少し間を空けて。「愛だと、思うことにした」
散々に否定されたそれを、彼の口から聞くのは、胸のすくような思いがした。
嘲笑おうとするのに力が出ない。
そんな無力感に、口の中で肉を噛む。
「……貴方に箔をつけていただく前から、愛だったわ」
「けれどやっぱり過程が悪い」
私はとうとう己の頬に添えられていたこの男の手を払った。
当の彼はされるがままに、しかし、やんわりと払われた手を
「だから結果も悪くなる。たしかに殿下はフェアリッテを気にかけているけれど、フェアリッテはとても傷ついているし、君の醜聞は去年を超してひどいものだし、つられてアウフムッシェルの名誉も落ちる。被害が尋常じゃない。先日の話を学校側から聞きつけられたのだろうね、実家から俺のところへ文も届いたよ。春休みに邸へと帰省したら、君は謹慎だって。ただ、俺としては、仕置き部屋でさらにその性根を腐らせないか、
「黙っていればずけずけと……喧嘩売ってるの?」
「売られたとしても買うなよ。俺と君とじゃあ、もう喧嘩にならないことくらい、狩猟祭で学んだろ」
「殺し合いになるものね」
「君を殺そうとした覚えはさすがに俺もないんだけど……」
本当に野蛮だな、とフィデリオは嘆息した。
どっちが、と睥睨する。狩猟祭でこの男にまんまとしてやられたことを思い出す。思惑を悟らせた私もまぬけだったけれど、それはそうと、この男に邪魔されたことは恨めしく思っている。たとえ私がディアナを殺す覚悟がなかったとしても、だ。ただでさえ鼻持ちならない小癪な彼を、よりいっそう疎ましく感じる。
フィデリオは腕を組んで「とにかくだよ」と私を見遣った。
「方法が悪すぎる。君は誰かを愛するのが極端に下手だ。君自身が言っていたものね。愛を理由になにかを与えられるほど豊かでない、心にそんな余裕はない、って。君にできることと言えば、誰かから奪ったものをそのまま与えるか、我が身を切ることくらいだから。だから、そうも下手を打てるんだ」
さきほどから私の神経を逆撫でしてくるこの男はなんなんだ。
結局なにを言いたいのだ。
そうやって私が問い詰めるよりも先に、フィデリオは再び口を開く。
「……ヴィーラ、それだと永遠に、君の愛はつらくて痛いものだ。かつてのように、遠いものだ。君がフェアリッテから受け取ったものは、そうじゃないはずだよ。君が長年恋焦がれ、幾夜も抱きしめたくなるような、きっとそんなものだろうに」
はっ、と息がこぼれる。こぼれて、
「……私が、好きで、」声が引き
喉で絡まって、結べない。
奪って、謀って、陥れて、傷つけて、そういうやりかたでないとできなくて——果てには誰かを殺めようともした、己をそこまで追いつめた感情に、私が一番苦悩した。
いっそ、私をこんなにもみじめにするフェアリッテが憎かった。私ばかりみじめで、重たらしくて、息苦しくて、いつだって溺れそうなのだ。それなのに、彼女は変わらず美しい。常春のきらめき。なにも知らない彼女が恨めしくて、わかってほしいのに、わかってたまるかとも思う。
上手く愛してやれない。
愛されたことがあまりに乏しくて、その方法を知らない。
フィデリオは蜂蜜色の瞳を細めた。掠れた声で「そんな顔をしないで」と囁かれる。蕩けるように柔らかいと噂の、その甘い色彩が睫毛に滲んでいるのを眺めていると、ややあってから、彼は言葉を続けた。
「俺が君に教えるよ。愛するって、どういうことか」
私はきゅっと唇を縛り、肩眉を吊り上げた。
そういえば、私にかまう人間はもう一人いた。
とはいえ、こちらはフィデリオのように執拗に話しかけてくるだとか、上から目線で物申したりだとか、そんな真似はしてこない。
今朝、居心地の悪い教室に行って、自分の席についたとき、机の中に手紙が入っていることに気がついたのだ。
それは銀色の封蝋で閉ざされていたけれど、
きっと誰が送ったのか明らかにさせたくないのだろう。その時点で不穏な気配を感じ取ってはいたのだが、いざ中身を拝見すると、さらに眉を顰めることになる。
——放課後、旧校舎の
呼びだしだ。
こちらにも差出人の名前は書かれていなかったけれど、“旧校舎の
ロベリアはボースハイト家の家紋である。
ボースハイトの者が私を呼びだすとしたら、十中八九、後夜祭の一件についてだろう。あの日、私の信頼は失墜したが、私と同等とまではいかなくとも、その立場に
私は方々を貶める発言をしたけれど、唯一、ボースハイトとは多少の繋がりを示唆した。ジギタリウスに裏切りの打診を受けたのだと告白した。
私としては、己の裏切りの信憑性が増せば重畳、ついでにボースハイト派閥を貶められれば僥倖、と思っていただけに、ボースハイトは裏で糸を引いていたどころか、操り人形にされたのもいいところだ。
なので、そのように巻き添えを食らったボースハイトが、私になんらかの制裁を加えたがっているというのも、当然といえば当然である。
空に眩い亀裂が走ったかと思えば、鋼鉄を叩きつけられたような音が鳴った。どこかで雷が落ちたようだ。
窓を叩く雨は激しく、外の景色はかすんで見える。渡り廊下を挟まない旧校舎へ赴くには、どうしても一度外に出なければならないため、この天気は足を億劫にさせた。
雷雨どころではない。この誘いを受けようものならただでは済まされない、
渋々ではあったけれど、私はそういう算段で、呼びだしに応じることにした。
傘を持って渡り、旧校舎に辿り着く。
教室のある本校舎や寮舎とは違う雰囲気のある建物で、この学校の創立当時から存在していると聞く。しかし、令嬢の教育体制の確立による生徒数の拡大と老朽化に伴い、現在の校舎が建てられたと同時に使用されなくなったのだ。ただ、古い建物とはいえ、まったく手入れがされていないかといえばそうではない。理由は後述になるけれど、その戸はどれだけ叩かれても埃を舞わせることはないし、幾何学的に並べられたタイル張りの床も同様だった。
私は階段をのぼり、いくつかの扉を通りすぎ、目当ての部屋を見つけた。
小さな硝子窓を、鮮やかな青の花のステンドグラスで飾った、真っ白い扉だ。私がノックをすると、部屋の主は「どうぞ」と声をかける。私はその声に応えるように扉を開けた。
「お待ちしていたわ。どうぞお入り」
そこにいたのは、やはり、ガランサシャ・フォン・ボースハイトだった。
決して狭くはない部屋の奥にある椅子に腰かけている。テーブルの上には茶器とお菓子が並んでいたため、荒っぽいことは望んでいないのだと思われた。
意外だったのは、そこにジギタリウスもいたことだ。
彼は口をつけていたカップをテーブルに置き、長椅子から立ち上がった。私を出迎えるように手を広げ、「おかけください」と案内した。
私は黙って従う。テーブルの短辺に位置する一人がけの椅子に座った。私の向かいにガランサシャ、テーブルの長辺に位置する長椅子にジギタリウスという位置取りで、私たち三人は席につくこととなった。
「道に迷いませんでしたか?」ジギタリウスは私に尋ねる。「普段、旧校舎に立ち寄ることは少ないでしょう。手紙をお出ししたときも、あの言葉で伝わるのか心配だったんです」
なるほど。ジギタリウスがあれを手配したらしい。たしかに、顔の広いジギタリウスなら、人を使って私の机に手紙を入れることも可能だろう。
「……旧校舎に赴くのははじめてではないので」
「おや、そうでしたか」ジギタリウスは目を瞬かせる。「アウフムッシェルも間をお持ちだったんですね。これはこれは失礼いたしました」
「いえ、アウフムッシェルは間を持っていないわよ」そこで口を開いたのがガランサシャだ。「一介の地方伯が持てるわけがないでしょう。おそらくブルーメンブラットやギュンターの間を訪れたことがあるのね」
二人の言う間とは、それぞれの貴族家が学校に持つ、個人的な部屋のことだ。
私たちの通うこの学び舎は寄宿制であり、寮にはたくさんの令嬢や令息が寝起きする。一部屋には複数人が生活するため、一人の時間を作りにくいという難点があった。
たとえルームメイトとの仲が悪くなくとも、周りを気にしない時間が欲しい。そういう者たちのための私室なのだ。
そして、それは、この旧校舎の中に、間と呼ばれる形で存在していた。
いま私のいる
校舎が本校舎へと移り、旧校舎は取り壊しになるかと思われたが、せっかくの建物を有効活用しようと、名門貴族が決して少なくはない出資をしたらしい。学校側は、そのお金で各部屋を整え、出資した家の令息令嬢に、自由に使える部屋として提供したのだ。
この話に関しては、実は話が前後しているという噂もある。閉塞された共同生活に耐えきれなくなった生徒の家々が、自分たちの子供に便宜を図るよう、学校に嘆願書を送ったのだとか。そのために学校側は、旧校舎を彼らへと明け渡し、方便として新校舎を設立したのだとか。
真偽のほどは知れないけれど、旧校舎がいまでも手入れされているのには、そういった理由がある。
また、旧校舎に間を持つ家も限られている。そもそも間を持つことは、学校に多額の寄付金を収めた家の特権なのだ。ガランサシャの言ったように、西海岸の片田舎に土地を持つアウフムッシェルでは、その額には及ばない。侯爵家や王領伯家、あるいはブルーメンブラットのように立場のある辺境伯家でないと、間を持つことは難しいのだ。
ちなみに、私が旧校舎に訪れたことがあるのは、時を遡る前の話である。フェアリッテやギュンターに招かれたどころか、勝手に忍びこんでブルーメンブラットの持つ花弁の間を荒らしてやったのだ。
そんなことを知る
「ねえ、プリマヴィーラ嬢。他の家の間と比べて、我がボースハイト家の間はいかがかしら? どちらとも引けを取らないと思っているのだけれど」
引けを取らないどころか、破格である。
こうして何気なく腰かけている椅子も、テーブルも、茶器も、素材の一つ一つまで選りすぐられた、またとない一級品だ。
内装は、白と深い青紫を基調にしているものの、そこかしこを花々に彩られ、華美な生気で賑わっていた。カーテンの留め飾りやシャンデリアに至るまで、宝石で飾られていない家具はないほどで、ちかちかと眩しいほどに光を放っている。
暖炉の火まで馨しいのだから、きっと香木を燃やしているのだろう。
隅々まで手がこんでいて、ここが学校であることを忘れそうだった。
「素晴らしいと思いますわ、ボースハイト嬢」
「あら、それだけですか」ガランサシャは肩を竦めた。「まあ、貴女の粗末な教養ではこの部屋を称えるだけの言葉を浮かばないのでしょうし、仕方ありませんわね。不躾に見て回られたり手を叩いて騒いだりしないだけ、ましというものだわ」
ガランサシャは息をついて紅茶を啜る。ややあってから、「どうぞ貴女も召し上がってくださいな」と声をかけられたが、私は答えないことで拒んだ。
「そう。貴女も、まさか私がお茶を飲みたいがために貴女を呼んだとは思っていないでしょうしね。形式的な挨拶は抜きにして、本題へと移りましょうか」
ガランサシャはカップをテーブルに置いた。
切り揃えられた髪のようにまっすぐな居住まいは凛としていて、普段の高慢な彼女の態度よりもよっぽどその地位を伺える様子だった。
「まさか貴女がすぐに応じてくれるとは思わなかったわ。明日か、明後日か、いつでも待っているつもりだったけれど、最悪の場合は応じない可能性もあったでしょう?」
「行くかどうかは、迷いましたね」
「貴女もわかっているでしょうけれど……先日の一件で、私たちはとても迷惑しているの。私たちが貴女を勧誘したことは認めるけれど、貴女の行動まで私たちの責任にされるなんて心外ですもの。今回貴女を呼びだてたのも、誰にも見つからないようにと添えたのも、これ以上貴女と関わりがあるとは思われたくなかったら。公衆の面前でお話なんてできないし、貴女が
ガランサシャの言葉に、私は「でしょうね」とだけ返した。
「ただ、貴女がブルーメンブラットを裏切ったということは嬉しく思っていてよ。貴女の行動があまりにも野蛮で低俗でびっくりしてしまったけれど、ブルーメンブラット嬢のあんなお顔は初めて見たもの。あの方に有用な
「…………」
「貴女が真実ブルーメンブラット嬢を憎んでいて、彼女を裏切ったというのであれば、事の始末はボースハイトが請け負ってもいいと思ったのよ。貴女は、誰が王太子妃になろうが関係ない、彼女を傷つけられればそれでかまわないとおっしゃっていじゃない。私たちの利害は一致するわ。私が貴女という厄介者に手を差し伸べてやる代わりに、貴女にはブルーメンブラット嬢を追いつめる駒になっていただきたいの。認めたくないけれど、現状、殿下の心はあの方に寄っているようだから……あの方を再起不能にしていただきたいのよ」
ガランサシャは悪びれもなく微笑んだ。
私はそれを呆然と聞き流している。どれもこれも的外れな提案で、相槌を打つのにも疲れてしまう。
それに、たとえ私が本当にフェアリッテを裏切ったところで、彼女を追いつめれば追いつめるほど、殿下の心は彼女に寄り添うだろうに。
馬鹿げた話だ、と唾でも飛ばしてやろうかと思ったところで、しかし、ガランサシャはさきほどとは打って変わって、「けれどね、」と呆れた様子で腕を組む。
「プリマヴィーラ嬢のあの日の行動はどうやら演技のようだから、駒にもならない人間に間違って手を差し伸べたとあっては、慈悲深い私が哀れでならないでしょう? どうかこの話はなかったことに」
「……は?」
どうやら演技のようだから、という言葉に引っかかって、私はそう漏らす。
けれど、ガランサシャは「だってそうじゃない、ボースハイトの名を傷つけられたのに、さらにその者に手を貸したとあっては、いい面の皮だわ」と肩を竦めた。
違う。そこが気になったのではない。
ガランサシャは頬に手を当て、再び口を開いた。
「ジギィが言ったのよ。貴女がブルーメンブラット嬢を裏切るわけがないと。貴女と彼女は本当に仲のよい異母姉妹のようだし、ジギィの見立てなら間違いはないでしょう」
「……はっ」私は嘲るように息をつき、目を細める。「貴方も貴方の弟君も、ずいぶんと甘ったるい考えのようね。血の繋がりがあるわけでもない彼女を私が本当に愛していたとでも?」
声にこめたのは、憎しみだ。先刻フィデリオと話したときのように、涙で滲んでしまうことはなかった。
それなのに、そんな様子を見て、ガランサシャは顎に手を遣り、「まあ」と私を眺める。
「正直、半信半疑だったけれど、やはりジギィの言うことは本当のようね」
「ええっ。シシィ、信じてくれてなかったの?」
「半分は信じていたわ。けれど、プリマヴィーラ嬢の言うとおり、血の繋がらない、どころか同じ邸で暮らしていない者に、そこまでの愛着があるとは思えなかっただけ。こうなってくると、貴女も健気なものね、プリマヴィーラ嬢。あの方のそばにいたところで、得られるものなんて高が知れているでしょうに」
私が否定しようとも、ガランサシャはさらに確信を深めただけだった。静かに狼狽していると、ガランサシャは「私、見る目はありますのよ」と誇らしげな顔をした。
「実際、どれだけジギィが仕掛けても、貴女がこちらに靡く様子はなかったのだし……いまさらこちらに寝返ったところで、なにか裏があると思うのは当然よ」
だからこそ、私はボースハイトについたとは明言せずに、あくまでも私個人がフェアリッテを裏切ったように見せかけた。
たしかに邪推されればよいとは思ったけれど、事の違和感に気づくのは、これまでずっと私に断られつづけたジギタリウス・フォン・ボースハイトなのだから。
後夜祭の当時は私も必死だったけれど、それくらいの辻褄は合わせていたはずだ。
ガランサシャは足を組み、その膝に己の両手を置き、首を傾げた。
「それに、私やジギィでなくとも、貴女の行動に疑いを持つ人間はいてよ。このような事態では真っ先に貴女を詰問するだろうブルーメンガルテン卿は、意外にも静観を貫いていらっしゃるわ。アーノルド・フォン・ギュンター卿だって煮えきらない態度でいるし、貴女のルームメイトの……誰だったかしらね、その令嬢たちは、貴女を庇うことこそしないものの、唾棄すべきという態度も取っていないそうじゃない。貴女の身近にいる者が、あの日の貴女の行動を信じられないでいるの」
ジギタリウスは「それがかえって周りには、裏切り者と被害者の関係に見えてしまうのでしょうけれど」と肩を竦める。
私は内心で戸惑ってしまう。ここまで見抜かれているとなると、二人が私を呼びだした目的は、もしや私の演技とやらを問い
だとするなら、絶対に、なにがあっても、頷くわけにはいかない。
私がそのように意を固めたとき、ジギタリウスは私の目を見て尋ねた。
「プリマヴィーラ嬢、フレーゲル・ベアは見つかりましたか?」
彼の質問にどのような意味があったかはわからない。そこから私の感情を読み取ろうとしたのかもしれないし、あるいは純粋な疑問だったのかもしれない。
しかし、そう尋ねられてしまった私は、もう隠しだては不可能だろうと思った。
ジギタリウスはあの夜の私を知っている。たかが贈られたぬいぐるみを失くしただけで気を取り乱していた私に、どれだけ否定の言葉を紡がれたとて、きっと無意味なのだ。
私は肩を落とした。それを質問の返事と受け取ったのか、ジギタリウスは「そうですか……残念ですね」と告げた。
「まあ、とにかくです。いままでずっと袖にされてきたのに、ここにきて貴女が僕たちについてくれるなんて、信じられませんからね。いくら巷で緑の目をした悪女と騒がれていようと、貴女の真意を計れない以上、僕もシシィも、貴女がブルーメンブラット嬢を裏切ったとは考えていません」
「なので、貴女を引き取るわけにはいかないのよ。ご理解いただけたかしら?」
理解するもなにも、私がボースハイトに引き取られたいと思っているような誤解はやめてほしい。まさかそんな素っ頓狂な話をするためだけに私を呼びだしたのではあるまいな。
そう思ってガランサシャを睨みつけていると、彼女はくすりと笑んでみせた。
「地に落としたいのならば、ボースハイトではなく、月のひとだの聖女だのと崇められているミットライト嬢をどうぞ。そうすれば、緑の目をした悪女と名高い貴女であっても、手を組む価値があるわ」
ガランサシャの言葉を、いつもの
いつもなら嫌気が差して終わるだろうその台詞に、私は目を瞬かせた。
ガランサシャは深い色合いの瞳で私を見据えている。薄ら笑いを浮かべた白皙の
まさか、本当に、私と手を組もうとしているの?
「ミットライトを牽制したいのです」私の心中を悟ったように、ジギタリウスが言った。「後夜祭の一件で影が薄れましたが、今年の狩猟祭で栄光に輝いたのはミットライト嬢でした。シシィのタピスリも評価されましたが、貴女の一件で注目を浴びたのはブルーメンブラット嬢でした。そこまでならまだよかったのですが、」
「よくはないわ、私のタピスリがついでのように扱われたのよ?」
「よくはないのですが、もっとよくないのが、後夜祭でミットライト嬢が貴女を告発したことですね。貴女の真意はどうあれ、また、真実がどうあれ……ミットライト嬢が、ブルーメンブラットを裏切っていたという貴女の罪を、明らかにしたのです。ブルーメンブラットに裏切り者がいると、敵派閥に塩を送るような善性に、ミットライト嬢は学校中の株を上げました。狩猟祭の三日間で功績を積んだのは、間違いなくミットライト嬢でしょう」
「……つまり、裏切り者によって落ち目に遭ったブルーメンブラットより、同じく泥を被らされたボースハイトより、ミットライトは優位に立っていると?」
「そういうことです。醜聞に晒された両家と、清廉潔白なミットライト。比べるまでもないでしょう? 僕たちは互いに足を引っ張りあう真似をするべきでないと思います。圧倒的優勢のミットライトを潰すことが最優先です」
「とはいえ、結局は敵派閥であるブルーメンブラットと手を組むのもね。いつ寝首を掻かれるかわからないし、私とて受け入れがたいわ。けれど、とうに裏切ったという
「…………」
「私を支持しろとは言わないわ。貴女に支持されずとも、私は私の才覚でその座を手に入れるのだから。けれど、そのためにはミットライト嬢が
ガランサシャは本気のようだった。本気で私と手を組もうとしている。
それが異常で、私は押し黙っていた。
清濁併せ呑むどころの話ではない。己を巻き添えにした厄介者を、あちこちで忌避される裏切り者を、緑の目をした悪女を、このように引きこもうとするなんて、正気の沙汰とは思えない。
けれど、目の前のガランサシャは、狂っているようにも寝惚けているようにも見えない。ただ、私が己の手を取ると、本気で信じているだけだ。
ボースハイトは姉弟揃ってどうかしている。
何故そこまでできるのか。そのように信じられるのか。相手に心を傾けただけ、相手もそれを返すのだと——己の想いは正しく届くと思えるのか。
「……どうして、ボースハイト嬢は、王太子妃になりたいのですか?」
愛しているから愛されたいのだと、そう言っていたフェアリッテとは違うなにかを感じて、気づけば、私はそんなことをこぼしていた。
突飛な質問だっただろうに、ガランサシャは「ああ、そんなこと」となんでもないように告げる。
「私に似合うと思ったからよ」
「……似合う、とは?」
「王太子妃が。いえ、王妃が、かしら」
衝撃的で、
ガランサシャ・フォン・ボースハイトには王妃が似合うと思った——そんな、リーベ王妃の座をまるで
「それに、向いていると思ったから。褒めそやされるのも敬われるのも好きだし、
その言い分は、己の隣に殿下を並べてもよい、という不敬極まりない心中を容易に悟れた。信じられない。ガランサシャにとっては、王族も、立場も、名声も、己を引き立たせるものでしかないのだ。
そこまで己を愛せるとなると、もはや祝福である。天賦の才能である。
呆れて物も言えない私に、ジギタリウスは「僕もシシィも、親には甘やかされて育ちましたからね」と笑いかけた。私は「そのようね」とだけ返す。
甘やかされて、愛されて育った姉弟なのだ。そして、他者を見下して平気で罵る精神や、そのくせ周りが当然己に応えるものだと思っている傲慢さを見るに、愛だけで育った姉弟なのかもしれない。ただ愛を注いでかわいがるだけではこのようになってしまうのだという、わかりやすい見本だった。
「貴方たち、恨まれるでしょう?」
「残念ながら」ジギタリウスは肩を竦める。「ただ、運の好いことに、これといった実害には合っていませんよ。僕が祝福を授かる前から、シシィも《悪運の祝福》を授かっていましたし」
文字どおり、運に恵まれた姉弟だ。
「あら。人心を捉える者は、好かれてばかりの善人よりも、嫌われもする悪人だと、私は思っていてよ」ガランサシャは微笑む。「それに、敵も味方も関係ないわ。これまで懇意にしていた相手が突然手の平を翻すこともある。ずっと敵対していた相手と手を取り合うこともある。私はただ己を信じるだけ。集めた駒を動かして、結果を手に入れるの」
それは、長らく敵対していたボースハイトとマイヤーの協和を取りつけた人間の、不敵な表情だった。
初めて会ったときのガランサシャは、
「卑俗極まりない貴女を私の駒に含むのは不安ですが、弟の後押しもあることですし、期待として目をかけてさしあげるわ。精々よい動きを見せてちょうだいね。ゴシップにまみれた腫れ物でも、なにかしらの利点はあるでしょうし」
前言撤回。骨の髄まで悪辣なだけだ。息するような
そんな姉の傍若無人ぶりを見ても、ジギタリウスは、飴を噛み砕くときのような、楽しそうな顔をしていた。
いくら愛する家族とはいえ、少しくらいは諫めてもよいものなのに。教えてやってもよいものなのに。
「…………」
私に教えるなどと
そのときの彼があまりに差し出がましく、私の虫の居所も悪く、なにもかもが気に食わず最悪だったので、「辞退申しあげますわ」と断じて終わったのだけれど。
企みのあるボースハイトはともかくとして、このように落ちぶれた私を見捨てなかったのは、彼だけだった。
「さて——話もまとまったことですし、せっかくですからお茶にしましょうか」
「シシィ。プリマヴィーラ嬢のお茶も冷めているだろうから、新しく淹れなおしてくれるかな?」
「……待って」思わず言葉遣いを繕うのも忘れた。「まだ貴女たちを手を組むとは言っていないわ」
「あら、提案に乗らないとでも言うの?」
「それは……」
「乗るんじゃないの」
「乗ってもかまわないけれど、私のできることには限りがあるわよ。私だってこれ以上無謀にはなれないし、ディアナの髪を切って来いと言われても無理だから」
「さすがにそんなことは言いません。本当に賤しいのね、貴女」
正直、二つ返事で誘いに乗ったと思われるのが不服だっただけだけれど、よくよく考えてみれば、私にできることなど、本当になにもないのだ。傷つけることや貶めることしかできないのに——いまの私には、それをするにも難しい。
「まあ、そうね」とガランサシャ。「できることなら、ミットライト嬢の弱みの一つは握ってきてほしいところだけれど……完全無欠と名高いあの方に、そんなものがあるかどうか」
弱み、と聞いて思いついたのは、前夜祭での一件だ。
タピスリを台なしにしたのはおそらくディアナであり、これは誰にも知られていない事実だ。私が無茶苦茶な
ただし、たとえ言及したところで、ディアナがそれを認めることはないだろう。下手に騒いでも私が咎められて終わりだ。もっと下手なことになれば、謹慎だけでは済まない。私は今後、もう少し慎重に動く必要があるだろう。
考えこんでいると、ジギタリウスが「それについては追々考えましょう」と口を開く。
「プリマヴィーラ嬢は、ボースハイトの後ろ盾を得たとでもお考えください。噂の収束については、僕も微力ながら手を貸しましょう。動くにしても、貴女が学校中の好奇の目に晒されている以上、どう足掻いても目立ってしまいますから」
ジギタリウスの発言には一理ある。後夜祭での私の行動は本意ではなかったという疑いがあるとガランサシャは言ったものの、学校にいる人間のほとんどは私の裏切りを信じている。
あの日フェアリッテに浴びせた罵倒や侮辱がここまで影響しているのは、現実味を帯びているのは、真実、それら全てが私の胸にこれまで秘められてきたものだからだ。
彼女へ浴びせるつもりがなかっただけで、あの言葉には一片の嘘もない。
彼女の暢気な幸せ面が心底不快で——けれど、それが私に向くのは悪くないと思っている。
自分で思っているよりもずっと、本当は浮かれて、舞いあがっていた。愛していると言われたのは、初めてのことだったから。
そんな、水底のように冷たい地獄を
ガランサシャやジギタリウスなど、甘やかせるだけいいものだ。
私の愛は、つらくて痛くて、程遠い。
——その後、
まさか女子寮舎に入れないから外で待っていたのではあるまいな、と思ったけれど、この時間となると夕餉の頃合いだし、食堂に向かう途中だったのではないかと気づいた。
その姿を見ていると、彼も私に気づいた。
傘を差している私を見つけて、苦々しそうに眉を顰める。先刻、私は彼の申し出を
私は女子寮舎へと足を進めようとして、しかし、傘も持たない彼が雨の中を走ってきたのに、ぎょっとしてしまった。
「ちょっと、なにしてるの!」
小雨ではないのだ。フィデリオはその栗毛も肩も足元も漏れなく水浸しにして近づいてきた。
あまりの惨事に、思わず傘に入れてやったくらいだ。私が「ずぶ濡れじゃない」とこぼすと、「君が迎えに来てくれないのが悪い」と返された。
「まさかこっちに来るとは思わないわよ」
「俺も、まさかここで帰ろうとするとは思わなかった」
「どうして来たの?」
「君がなにか言いたそうな顔をしていたから」
馬鹿言わないで、とは言えなかった。
ただ、周りの目を気にした。
「大丈夫。この雨で視界は悪い。傘も差してるし、俺たちの顔は見えないはずだ」
周りの目のあるところで話しかけてくるなと言ったのは私だ。それを覚えていたのだろう、フィデリオは、気にせず話せ、と言わんばかりの態度で告げた。
傘の柄を持つ手にぎゅっと力をこめる。
こんなことを、この男に言うのは気が引けた。否、気が引けたなんて生易しいものではなくて、絶対に嫌だった。
物心ついたときからそばにいて、目の上のたん
頭ではとっとと引き返してしまおうと思っているし、この口は絶対に言うものかと縛られていたけれど、それでも、こんな屈辱的な思いをしてでも、私は、彼の言ったその方法を、知りたいと思っている。
しかし、やはり素直に口に出すのは
「教わってもよろしくてよ。愛するって、どういうことか」
それが癪に障ったらしいフィデリオが、目を細めて「辞退申しあげる」と言ったので、今度こそ私は彼を水溜まりへと突き飛ばし、私たちは雨に打たれながら取っ組み合いの喧嘩をしたのだけれど。
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