第2話
斜面を駆け谷を越えてはさすがの鬼もすっかりくたびれてしまった。崖の下の大きな岩がごろごろと転がっている辺りに立ち寄り、そのひとつにどっしりと腰掛けた。
こんな荒れた場所でさえこの土地は豊かだ。岩の隙間の微かな養分を頼りにして草木は根をのばし、茂らせた葉を鮮やかに染めてみせていた。
夜の闇に明るい小さなりんごや幹に絡んだアケビ、よくよく見ればくるみの実なんかが枝葉を通して伺えた。きとりきとりと鏡のように光るのは小動物の目……りすか、ねずみか。
どちらにせよ、他の山と比べて生命の匂いが濃いことは確かだろう。
それらを思考の片隅に引っ掛けはするものの、鬼は荷物をいじるのに夢中だった。
開けた布の中に鼻先を当てては中身をつまみ、頬擦りしてまた戻す。そうしてきゃらきゃらと無邪気な声を立てて遊んでいた。包みを開いた瞬間むわりと立ち上った異臭に獣たちの気配がさっと遠のくなか、鬼のままごとは続く。
ひととおり満足したのか今度は丁寧に中身を布でくるんでしっかりと結び、元のようなぼろの包みを作り始めた。きれいにまとまった布の塊に、しかし道中で解けてしまってはたまらない、と、鬼は目を皿のように丸くして全体をしげしげと検分し出す。
繊維の一本一本、滲んで擦り込まれた汚れを数えるかのように、執拗に。
やっと安心したのか、ぽん、と包みをひとつ叩くと両腕で抱え、岩から飛び降りたと思うや、ものすごい速さで岩の間を駆け去ってしまった。
後にはどこか甘い、生臭い臭いが鬼のいた痕跡として残るだけで、奇妙に静まり返った空間だけが残された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます