ゆるしの木

残香

第1話

鬼がいた。ぼろでできた包みを抱えてザクザクと下枝や薮をかき分け道無き道を急いでいた。

彼女は角も無ければ牙も無く、美しくもなければ醜くもなかった。しかし人を殺しては食い、それを心の慰みとして生きていたので姿は人と変わらずも正しく鬼であった。

鬼であるからしてやはり人の世では生きられない。こちらが狩っていたはずが人間の奴ら、いつも徒党を組んで狩りに来る。腹を満たすには狩らねばならない、だがそうすればきっと狩られる、なら逃げなければ。このようにして鬼はひとつ所に留まらず、ふらふらとあちこちをさまよっていた。


ちょうど今も、村で子供を3人飲み、大の大人を1人食い殺して逃げ出してきたところだった。いつも抱いている、垢の擦れた包みをぎゅっと抱きしめながら鬼は考えた。


やっぱり今のような夜中よりも起き出す少し前、鳥が鳴き始める頃に襲うのがいい。今朝やったように。おかげであいつら、ひいとも声を上げず腹に収まりおったわ。

だけれどあれだけ食うてもまだ腹が減る。足から飲んでしまい途中で詰まらせたのがいけなかったか、暴れる腕をもいで遊んだのがいけなかったか……。


考えながらひょいとくぐった太い枝には、たわわに実った、立派なぶどうがいくつも生っていた。だが鬼は気付かず、他の枝を払うのと同じように邪魔だ、と房を払い通り過ぎていった。

鬼の背後から、びちょ、ぐじゅ、と濡れた音が、遅れて追いかけるように鳴り響いた。

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