ある夫婦の生活

ネコ エレクトゥス

第1話

 近所の「いらないものを持ち寄って再利用しましょう」というコーナーに鎌倉彫の漆のお盆が置かれていたのは前から気付いていた。雨にさらされても持っていく人がいないようなので僕がもらうことにした。だいぶ使い込んでいて漆がかなり剥げている。これではもっていく人がいないのもしょうがない。それに今の時代お盆なんて何に使うのか。ただよく見るとかなり熟練した仕事が施されていて、今新品であんなものを買おうとしたら最低でも何千円はするんじゃないだろうか。


 鎌倉彫の起源は古く、モンゴルの侵攻を逃れた中国の禅僧が鎌倉時代の日本に技術をもたらしたと言われている。当時としては最高級の工芸品だった。以来今日までその技術は受け継がれてきている。ただ鎌倉彫が一番脚光を浴びていたのは戦後復興期の時代ではなかったか。

 戦後の混乱期から抜け出し、生活に若干の余裕のできた昭和三十年代、新婚の夫婦が新婚旅行で伊豆に行くのがブームになった。そしてそのそばにある鎌倉にも多くの人が訪れた。若い女性が結婚生活を始めるのに鎌倉彫の施された三面鏡を新たな自宅に持ち込んだという話も聞いたことがある。例のお盆もそんな時代にある若い夫婦に買われていった。

 漆があれだけ剥げているところを見ると、このお盆は日常的に生活の中で使われていたに違いない。旦那さんの職場の同僚が休日に遊びに来る。すると奥さんはお盆にお茶と茶菓子を乗せて運んでくる。子供が勉強している。奥さんはジュースとお菓子を乗せて「ちょっと休みなさい」と言っている。そんな感じで台所を中心にお盆が行ったり来たりしている。今としては懐かしい、ただ当時としては普通の生活の一部としてこのお盆はあった。

 そして旦那さんが仕事を退職した後も、「あなた、はい、お茶」。お盆は現役として働いていた。だがついに持ち主が永遠の眠りにつく時がやってきた。お盆も眠りにつくことになった。

 親の遺品を受け継いだ子供は、捨てるにはもったいないこのお盆をある日あのコーナーに置いていった。自分よりも大事にしてくれる人が使ってくれることを望んで。それが一人の男の目に留まった。

 きれいすぎる話だろうか?

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ある夫婦の生活 ネコ エレクトゥス @katsumikun

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