(13)

 スクールで一部の生徒から受けるクスクス笑いは、いつの間にかなくなっていた。代わりに憐憫や好奇の目で見られることが多くなった。それと言うのもわたしの元恋人であるライナスと、その新たな恋人であるタビサ・ロートンが燃え上がっているからだ。


 ふたりは今、燃えに燃えていた。付き合いたてならばそういうこともあるだろう、と楽観視できるのは、その燃料としてくべられているのがわたしではなかった場合の話である。


 そう、ライナスとタビサ・ロートンを燃え上がらせ、結びつきを強くさせているのは、わたしという存在なのだ。


 親友のエリーがわたしがふたりにかなり迷惑している、という話をあちらこちらでしてくれているようだが、それらはハッキリ言って焼け石に水のように思える。なぜなら、どうやったって、あのふたりの方がインパクトが強いからだ。


 あのふたりはどういうことだか――なぜだか――わたしが「まだライナスに気がある」という風に思い込んでいた。いや、思い込みたいのだろうか? ……どちらにせよ、わたしにとって迷惑なことには変わりがない。


 わたしの中ではもう、あのとき燃えたぎっていたライナスへの恋は鎮火して久しい気分でいる。ライナスは、わたしにとっては今や「悲劇のヒロイン」ごっこに浸るためのスパイスみたいなもののはずだった。


 ヒロインであるわたしを手酷くフった上に、直前で二股していた疑惑まであるライナス。そんな彼を未だに恋慕っているなんて、どうやったらそんなねじくれた結論が出せるのだろうか。


 けれども特にタビサ・ロートンは強くわたしを敵視しているのが現実だ。そして、わたしがライナスを未だに慕っていて、あわよくばヨリを戻そうと企んでいると強く、執拗に思い込んでいるのが現実だ。


 スクール始まって以来の才媛だと言うタビサ・ロートンの頭の中を知ることは、土台無理な話に思えた。推測することすら難しいように思う。わかるのは、タビサ・ロートンとわたしの頭のつくりが、かなり違うということくらいだろうか。


 わたしの味方であるエリーなんかは、タビサ・ロートンがあそこまでわたしを敵視するのは、彼女よりわたしが可愛いから――なんて言うけれど、真実はわからない。わたしは決してだれもが振り返るような美少女なんかではない、ということだけはわかる。


 それでもなんとなく、エリーの言いたいことはわかった。忌憚のない意見を述べるならば、タビサ・ロートンはおしゃれなんて一切しない、野暮ったく冴えない見た目をしている。一方のわたしは嗜みとして身だしなみにはある程度気を払っていたし、いつでも薄くだが化粧をしている。だから、タビサ・ロートンよりもわたしの方が洗練された見た目になっているのは、こちらが気を遣っているぶん、当たり前の話だった。


 それは恐らくタビサ・ロートンの劣等感をひどく刺激するものなのだろう。彼女はもしかしたら、おしゃれをすることは男の気を引くための浅ましい行為だと思っているのかもしれない。わたしはただ、身綺麗にするのは義務のようなものだと思ってしているだけで、そこには崇高な目的はなにひとつないというのに。


 いや、たしかにかつてのわたしは「そう」だった。ライナスの気を引くために流行りを追って、いつだって綺麗だと褒められたくて、一生懸命おしゃれに精を出していた。


 けれども、ならば、タビサ・ロートンだって「そう」すればいいのに。もしかしたら肌が弱くて化粧ができないとか、家にそんな余裕がないとか、そういう事情が隠れているのかもしれないが、それにしたってわたしを攻撃するのは間違っていると思う。


 タビサ・ロートンはなにかとわたしがおしゃれをして、それを鼻にかけているという噂を流したがっているようだ、というエリーからの情報もあるから、そこが劣等感になっているのは間違いないようだけれども……。


 タビサ・ロートンはおしゃれをするわたしは「インバイ」だとかいう噂を流そうとしたので、今ではもうマトモな女生徒からはかなり敬遠されているらしいという情報まで飛び込んできた。


 とにかくここ数日で噂はめまぐるしく変わっている。わたしが「可哀想な結婚」をしたという噂は、今はもうどこへやら。あれだけ気にしていた自分がちょっと馬鹿馬鹿しく思えるくらいに、他人の噂話というものは泡沫そのものだなと感心しきりである。


 唯一の救いは、タビサ・ロートンがあの日以来直接怒鳴り込んでくることがない点だろうか。


 タビサ・ロートン曰く「弁明するなら向こうからくるのがスジ」らしいので、わたしは永遠に彼女の前には現れないだろうということはわかる。エリーも「こっちから出向いたら『負け』よ」と、怖い顔で言っていたし、わたし自身、そもそも行きたくないという気持ちでいっぱいなので、この先上級生であるタビサ・ロートンに会う機会がどれだけあるのかは不明である。


 願わくば、スクールの教室を移動するときにバッタリと出くわさないことを祈るばかりだ。


 ライナスは……わたしを手酷くフってから、なんだかおかしくなってしまったように思える。なんと言うか……どんどん気持ち悪くなっているというか。


 これがもし逆――つまり、わたしがライナスを手酷く捨てたのなら、わからなくもない。手酷くフられたショックでおかしくなってしまったのだと周囲も思うだろう。でも、現実は逆だ。紙くずみたいに捨てられたのはわたしの方なのに、どんどん変になって行くのはライナスの方だった。


 ライナスは所構わずタビサ・ロートンとはしたなくイチャつき始めるので、周囲は辟易しているらしい。わたしはあれ以来、現場を見ていないので真実は知らない。ただ、エリーもそういう情報が耳に入っていると言うし、わたしも廊下で上級生らしい生徒がそんな話をしているのを耳に挟んだ。


 そしてライナスもタビサ・ロートンのように、わたしがまだ彼に気があると思い込んでいるらしかった。タビサ・ロートンに引っ張られたのか、それとも逆なのかはわからない。


 ライナスのよくわからないところは、その思い込みを元にわたしに怒ったりしないところだろう。いや、冷静な判断ができているという意味ではない。その逆だ。


 ライナスは、どうもタビサ・ロートンとわたしに取り合われているという妄想に浸っているようなのだ。エリー曰く「ふたりの女の子に取り合われるモテモテな僕感」を醸し出しているそうなのだ。


 ライナスの周囲にだって、マトモな人間はいるのだが、いくら彼らがわたしが「すでに結婚している身だろう」「手酷く捨てたのはお前だろう」と言っても、彼は取り合わないらしい。お陰で、マトモな友人は徐々にライナスを見限り始めているという。


 タビサ・ロートンはともかく、ライナスがなぜこんな風になってしまったのか、わたしには本気でわからなかった。


 わたしが知るライナスは、大人っぽくてリーダシップがあって、なにごとにも冷静に対処できる、頼りになる存在だった。そんな彼はきっといい夫、いい父親になるだろうとわたしは疑っていなかった。


 しかしそれはどうも、わたしが見ていた白昼夢のようなものだったらしい。


 タビサ・ロートンと付き合ったことでライナスが変わってしまったのか、それとも元からそういう素養があったのか……もはや恋人でもなんでもないわたしには、どうでもいい話だった。


 そんなことよりもふたりの、わたしを薪にした燃え上がりっぷりは凄まじく、「悲劇のヒロイン」ごっこに浸れないのが大問題だった。スクールでわたしを嘲笑する声は――タビサ・ロートンを除いて――なくなったけれども、今度は「禁断の三角関係」だとかなんとか言われているのは参った。


 ――こんなことがザカライアさんの耳に入ったらどうしよう。そう思うとおちおち「悲劇のヒロイン」ごっこもしていられない、というものである。


 先手を打って、「学校でこんな噂を立てられて困っている」と相談してみるのはどうだろうか、とも考えたが、わたしとザカライアさんはそれほど親しくもない。


 そうしてまごついている内にも、何度も何度も唯一のザカライアさんとの会話の機会である、夜の営みを越えて行くことになったのだが――。

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