春のつぐめり

IrisLovinson

春のつぐめり

春のつぐめりは自分の名を知らない。


繰り返す日々の中でつぐめりは、

こう知らされるのだ。

太陽は夜になければならない。

満月は昼になければならない。

新月はどこにもない。


つぐめりは新月だった。

つぐめりはどこにも居なかった。

 

つぐめりは太陽ではなかった。

昼にも夜にも居場所はなかった。


つぐめりは満月ではなかった。

昼にも夜にも居場所はなかった。

 

つぐめりは太陽でも満月でもなかった。

昼にも夜にも居場所はなかった。

 

それが、つぐめりだった。


名前は関係に与えられる呼び名である。

椅子は人を叩けばそれは「鈍器」となる。

机に座ればそれは「椅子」となる。


つぐめりに名前はなかった。

つぐめりは自分の名を知らない。

つぐめりはどこにも居場所がなかったのだ。


それが、春のつぐめりだった。


昼に浮かぶあの天体が月だったなら、

人は昼と夜を区別できただろうか。


夜に浮かぶあの天体が太陽だったなら、

人は昼と夜を区別できただろうか。


ある少年は月が3つある世界にいた。

一つの月は満ち、

満ちた月を見て左の月は左が欠け、

満ちた月を見て右の月は右が欠けていた。

全て欠けた後ろの月のことは誰も知らない。


それが春のつぐめりだった。


ある道は桜の花びらが年中舞い落ちる。

花びらがどこから来て、どこに行くのか、

誰も知らない。この世界には誰も居ないから。


それが春のつぐめりだった。


ある国には月が二つある。だからフタツキ。

空に一つ、湖面に一つ。月から月に雪が降る。

雲はない。フタツキの雪は下から上へ降るのだ。


それが春のつぐめりだった。


月に生えた桜の花びらは年に数回地球に舞う。

星の位置関係で時に花びらが重力を脱するのだ。


地球に生えた桜の花びらは年に数回月に舞う。

星の位置関係で時に花びらが重力を脱するのだ。


春は交わったが、そこにつぐめりはいない。

それが春のつぐめりだった。


これを読むあなたの世界にもつぐめりはいない。


春のつぐめりは自分の名を知らない。

それが春のつぐめりだった。

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