第11話

【ミリア・トバモリー】【ローランド・ローズバンク】


「んむむ」


 相変わらず薄暗いテントの中、ミリアさんは珍しく椅子に座っておりました。モデル顔負けのうなじから尾骶骨までのラインが大変美しいお行儀の良い姿勢ですが、その表情はこちらも珍しい事に真剣な顔つきをしていました。

 ご安心ください、ミリアさんは怒っているのではありません。むしろ上機嫌です。シャツとパンツの隙間から伸びたきゃるんとした尻尾もぶりぶり動いています。

 例の作業台の上には大きさの違うねじ回しやペンチ、小型の圧力計など様々な工具が並べられており、どれも百戦錬磨の風格を放っています。先日の床に転げ散らされていた無残な様子は誰も想像しないでしょう。

 今日のミリアさんの目はいつもの澱んだ沼色をしていません。野性を取り戻した肉食獣の如く鋭く光っています。

 ミリアさんはその大きな瞳に拡大鏡をはめ、両手に持った義手を舐めるように見ていました。

 いつもは静かな路地が今日は騒がしく、先ほどから誰かが駆け抜ける音がしています。しかしそれも意にせず、義手をひっくり返しながら細部を確認して、「ふんふん」とか「よしよし」とか言っているのです。

 そう、久しぶりのお仕事の時間です。依頼されたのは義手のメンテナンス。優秀な義肢職人にとっては退屈なお仕事ですが、ミリアさんは実に嬉々とした様子です。

 ミリアさんの対面には二人の女性が小さな長椅子に腰かけていました。ミリアさんより幾分年上の隻腕の女性と半獣人の子どもです。

 二人は和気あいあいとお話(と言っても女の人が一方的に喋り、それに対して子どもがうなずいたり首を振ったりしているだけですが)をしながらお菓子を食べております。そのお菓子に目を奪われ涎が出かけましたが、いかんいかんと首を振り義手の調整に戻ります。そう、今はお仕事中なのです。

 故郷で修業をしていたころは、調整作業中に少しでも他の事に気を取られたら親方のゲンコツが降り注いできたものです。「メンテは最後の微調整が命でい! 生娘を扱うようにやれやァ!」が親方の口癖でした。自分も分類的には女(?)なので生娘を扱うって言われても~とミリアさんがぼやくと「じゃあショ……可愛い弟を愛でるようにやれやァ!」と言われたことがあります。

 う~む、可愛い弟? ミリアさんははてなと首をかしげました。ミリアさんには弟はいません。年齢的にすぐに思いついたのは主人のローランドでした。がしかし、ミリアさんはもう一度首をかしげます。ローランドは可愛い顔をしているけど、ちょっと神経質で背伸びをしてて生意気なところがあるのです。撫ですぎると引っ掻いてくる猫みたいなお方なのです。ということはこの義手も撫で回してたら反撃してくるのかしら?

 まあそれはそうとして、お客さんたちが食べているあのお菓子は後で主人に買ってもらおうと心に決めたミリアさんでした。

 ぼんやりと考え事をしながらも手の方はちゃんと働いてくれていたようで、ミリアさんは作業が終わった事をお客さんに伝えました。


「おまたせ〜」

「あ、終わった? ありがとうね、獣人のお姉さん!」

「い~え」


 義手をお客さんの所に持って行き、装着するのを手伝います。


「ちょっとチクッとするよぉ」


 そう言いながら義手を腕にはめ込み、ずれないようにベルトで固定していきました。


「痛くない?」

「大丈夫」


 反応を見ながらベルトを金具で固定していきます。取り付けが完了すると、ミリアさんは動かしてみて、と女性に働きかけました。


「あ、指が動く! サラ、見て! 指が動くよ!」


 喜色のこもった驚きの声を上げる女性。女の子もおおーという顔をしながら耳をピコピコ動かしていました。


「まあ親指と人差し指だけなんだけどね~」

「それでも有難いよ、どうやったのさ?」


 嬉し気な声の疑問に対して、ミリアさんは鼻高々で説明しました。


「この手、魔導義肢みたいだから、針とカテーテル入れてお客さんの血がちょっとだけ流れるようにしたんだあ。結構古い型だからちゃんと動くか心配だったけど~」

「ははあ、“魔力は血に宿る”ってやつ?」

「そうそう~。本当は魔石をはめ込むか最新の小型蒸気機関を外付けするのがいいんだけど~」

「それって高いんでしょ?」

「車が買える~」

「そりゃ手がでないねえ。手、ないんだけどね」


 女性が義手をぷらぷら振ると、隣の少女が参ったというように両手を小さく上にあげました。


「お手上げ! やるねえサラ。腕を上げたねえ!」


 そんな感じで義手ジョーク、もとい腕ジョークが乱れる阿呆な会話で盛り上がりました。ついでに二人が食べていたお菓子ももらってしまいました。一仕事の後のは格別です。

 ローランドが見たら苦い顔をしそうですが、それ以上に誰かとこうしてくだらない話をするのがとても楽しくて、ミリアさんはけらけら笑っていました。

 そんなミリアさんが何気なくテントの外を見やると。


「あ、ご主人」


 入り口からこちらを窺うローランドがいました。馬の糞を口の中に放り込まれたような顔をしています。


「お前……」


 口を開けたローランドでしたが、客の二人を見てそれ以上は何も言わず、代わりに重た~いため息を垂れ流しました。もちろんそんなもので萎縮するミリアさんではありません。ここで攻勢に出ます。


「ご主人もお菓子食べる? もらったの~」

「え? あ、いらない!」


 ちょっと心が動きましたが駄目だったようです。ローランドは取り繕うように咳ばらいをして、それよりも、とミリアさんに尋ねてきました。


「あれ準備したか?」

「あれ?」

「あれだよ、あれ! ……足!」

「あ。あぁ~。忘れてた」

「馬鹿!」


 ぽやんとするミリアさんを罵倒するローランド。何やらとても慌てた様子です。もうお客さんなどお構いなしにまくし立て始めました。


「ちゃんとやっとけって言っただろ! もうグリバさん来ちゃうよ!」

「ごめん~」

「早く!」


 ローランドにせかされ、ミリアさんは作業台の下から一つの義足を取り出しました。さび付いた古い義足です。工具を使い手慣れた手つきで太ももの部分の表層板を外しました。そして作業台の端に置かれていた小さな紙の包みを取って中の空洞部分にねじ込むと、表層板を元通りに取り付けました。

 時間にして数分も経たない、実に鮮やかな手つきでした。


「はい、できたよぉ」


 ミリアさんが義足を差し出すと、ローランドはずかずか近づいてそれを受け取りました。


「……。ごくろう」

「はあい」


 思わず取り乱した恥ずかしさを隠すためか、ローランドはえらくもったいぶったように礼を言いました。加えて何かいるものはあるかと尋ねてきました。


「ん~、特にないかなぁ」

「そうか」

「でもねえご主人。私はあんまりこういうのはよろしくないと思うなぁ」

「うるさいな、グリバさんの命令なの! ……じゃあこれから仕事だから」

「はいはい、行ってらっしゃい~」


 そう言うとローランドは義足を小脇に抱えてテントから出ていきました。

 ローランドがいなくなると、先ほどまで息をひそめていた義手のお客さんが質問してきました。


「あれがご主人さん?」

「そうだよ~、一年前に買われたの」

「なんていうか、無愛想な人ね」

「そうかなあ」

「サラと同じ年くらいかしらね。まあそれなら歳の割にしっかりしてるとも言えるか」

「?」


 引き合いに出されたサラは頭に疑問符を浮かべながら笑っていました。ミリアさんは手を振って笑います。


「どうかなぁ。元々貴族の生まれなんだーって言ってたけど」

「そうなの?」

「ん~、ご主人はそう信じてるみたいだけど、よく分かんない」


 ミリアさんとしては、以前に本人から聞いた身の上話の信憑性は今一つという評価でした。とはいえわざわざ否定するほどの話でもないし、まあ本人がそう思うのならそうなんだろうなあ位に留めていました。たとえギャングの末梢に身を落とそうとも心は錦、それでいいじゃありませんか。主人が仕事と称して何をしているのかは知りませんが、高貴な心を忘れなければ外道悪党になることもありますまい。という事はこの生ぬるい暮らしも当分安泰という事。ミリアさんはうんうんと頷いて一人納得しました。

 

「まあでもあの子が貴族様だったら、うちのサラは王女様だったりしてね! 見てよこのさらさらの髪! 大きな目! 可愛い耳!」

「!?」

「お~本当だ~。今後ともご贔屓にね、王女様~」

「!?」


 突然の謎ノリに巻き込まれて目を白黒させるサラでありました。


○○○

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