第10話
翌日――
恵比寿家 リビング
いつものように、父さんの分の朝ごはんを作り、食べてはいたのだが…
今日の父さん、前の日より部屋から出てこなかった。
そろそろ家を出なければ普段の投稿時間より遅れてしまいそうだったので、
その時は気にせず、一人で朝ごはんを食べていた。
「やばい!遅刻しそうだ!!」
大慌てで父が飛び出してきた。
必死に冷蔵庫の隣の鏡を見ながら、ネクタイを付けている。つけオタ時には、そのまま会社用のカバンを持って、飛び出していきそうだった。
その時点で、父が立ち止まった。
「いただきます」
父さんは、あわてながらも、慎重に落ち着いてご飯を食す。
亡くなった母の教訓を破るところだったようだ。
【朝ごはんを抜いてはいけない】という母からの教訓に。
「ご馳走様。晴臣、悪いが今日も俺の分まで洗っておいてくれねえか?」
「大丈夫、遅刻しそうなんでしょ、早くいってきなよ父さん」
「助かる!ほんじゃ行ってくる」
といって、俺が作っておいた弁当をカバンにしまって、そのまま家を飛び出した。
俺も、早めに済ませて、朝ごはんの洗い物を済ませて、学校へ向かうために家を出た。
―磐瀬高校 校門前
いつものように、校門前には、続々と岩高校の制服を着た生徒たちが校門を通っていく。
入ると同時に、そこには、生徒会のメンバーたちが、目覚めをよくするための挨拶を大声でしてくれる。
入学式の時に咲いていた桜の木々は、緑の葉で覆いつくされている。
彼らのあいさつを聞きながら、そういえば、とふと気が付いた。
授業が始まり、4月はもう下旬――そう…もうすぐ、ゴールデンウィークが近い。
中旬終わりの学校生活を送っていた時、周りの生徒たちの会話から、ゴールデンウィークの話ですでにもちきり状態になっている。
磐瀬高校の授業の内容が、とても濃いため、恥をかかないように最低でも中堅レベルの大学への進学を目標に、
予習・復習をずっとやっているので、こうした長期休みは、多少何も考えず、自由な時間を過ごしたいという欲求であふれているのだ。
(ゴールデンウィークか…お母さんの実家のところへ、今日も行くのかな……)
なんてことをふと、考えていると…後ろから声を掛けられた。
「おーっす、おはよ。晴臣」
「わっ、っと……紗菜か、おはよう」
同じクラスメイトの、尾上さんだ。
相も変わらずの元気ぶりである。
「随分と眠たそうだね、なんかあった?」
「いや別に……理科の授業の予習に苦戦しただけだよ」
「なるほどね、熱心なわけだよ晴臣くんは」
と、笑いながらそう言った。
「とりあえず、行こうか」ということだけを伝えて、自分の教室へと入っていった。
――
会社 事務課
「おはようございまーす、課長」
「ああ、おはよう……」
「あら課長、どうかなさいました?随分と汗を流しているようですけど~?」
「なんでもない、こら桐野。人の匂いを嗅ぐな…!」
「あう~…課長、珍しく寝坊したりだとか?」
「なぜわかる!?」
会社の室内は、朝から秘書の茉莉香に煽られていて、止めるのに必死であった。
そんな課長である克宏は、彼女の姿に動揺していた。
知られないように、彼女の前でははぐらかして振る舞っている。
彼がなぜ、こんなにも緊張しているのかというと
それは、昨日の就寝時間帯にさかのぼる。
「…………」
その日は、思った以上になかなか眠れなかった。
その要因は、秘書の茉莉香にあった。
茉莉香のせいということではない、実は彼女のバレてはいけない情報が、漏洩してしまったと社長から聞かされていて、
戻ってきたときに、いびられて泣いていた秘書を見つけてしまったことにあった。
情報を隠し通すことができなかった部下たちを慕う課長自身としての責任と罪悪感に、その日はフラッシュバックするくらいに思い出して、
なかなか寝付けなかったのだ。
(もしこのままいびりが続くようなことになれば…精神的に、会社にいられなくなってしまうのではないだろうか…?)
克宏は、そんな危機感を予測していた。
課長である父は、ふわふわしているけど、仕事はものすごくこなしてくれる。
そんな優秀な秘書を見捨てるなどということなど、毛頭ない。
このまま定年になるまで、ずっと彼女と一緒に仕事がしたいという、
そんな欲望にまみれていた。
(そんな考え方をするのもあれだが…秘書の桐野の気持ちを理解しているのは、まぎれもなく俺だけだ)
そう、父だけが、彼女のことを唯一知っている。
知っているからこそ、この状況を打破しなければならないということを帰ってきた時から、ずっと肝に銘じている。
そのことを重々承知したうえで、母が残したあの教訓を思い出す。
【かけがえのない息子の晴臣を守るように、慕ってくれている人のことも子供のように大切にしなさい】
(大切に、か……)
母の残した1節の教訓は、自分よりも、子供を最優先にして行動すべし、要はそういうことである。
だからこそ、父は彼女のためを思い、寝ながら、ずっと考え続けていた。
――
その結果、普段起きる時間が遅れてしまい、今に至っていた。
朝礼が無事に終わると、社員たちはそのまま、今回の業務と真正面に向き合い、作業に取り掛かっていた。
課長である克宏も、秘書の桐野も、その波に続いた。
(小町、俺は…あの人のことを……)
胸の奥底から湧き上がっている、彼女のへの思いを、
その日が訪れるまで、必死に抑え込んでいた。
――
一方で、磐瀬高校は、午前中の授業が終わり、昼食の時間になっていた。
「……ふぅ」
晴臣は、一睡することなく、午前中の授業のノートを書き切り、
椅子にもたれかかった。後ろにいた紗菜も、頼ることなく、なんとかノートは書き切れていたようだった。
「お疲れー、はるくん」
「ああ、今日はちゃんとノートはとれたんだな」
「たまたまだよ、あの時は。あの先生黒板消すの、めっちゃ早すぎるからさ~どうしようかと悩んだんだよ~」
と、先生が教室を出てから、大いに愚痴を零していた。
その話をしていると、放送が流れた。
【1年4組の恵比寿晴臣君、1年4組の恵比寿晴臣君…至急、職員室まで来るようにしてください】
「あれ、はるくん。呼ばれてるよ?」
「ほんとだ……悪いけど、先に食べておいてくれるかな?」
「いいよー、呼ばれたんじゃ仕方ないね~」
といって、すぐさま教室へと赴いた。
―職員室
「失礼します、呼び出しがあってきたのですが…」
職員室をノックして、食事中の先生の姿を見ながら、用件を報告すると…
そこへ、桐野先生がやってきた。
「あら、晴臣君。来たのね。でもここだとあれだから…会議室へ行きましょう?」
「わかりました」
そういわれ、桐野先生について行き、会議室へと入った。
会議室に腰掛ける前から、晴臣は少し不安を抱いていた。
「なんでしょう、至急なくらいの要件って…もしかして、僕何かやってはいけないこととか…?」
「あ、ううん。そんなんじゃないの。ちょっとだけ、聞きたいことがあってね…」
申し訳なさそうに桐野先生が謝りながら違うということを聞いて、ほっとした。
それから、単刀直入に、俺への質問が来た。
「ちょっと唐突で申し訳ないんだけど…晴臣君って、家族は?」
「え?」
唐突な質問だった。
しかし、答えはそんなの既に分かっているようなものだ。
だけど、その質問は、少々傷心が開くようなものだった。
「……ぼ、僕の家族は父親一人です」
「そう……」
その返信を受け流すかのようにうなずく桐野先生。
一体なぜ、僕にそんな質問をしてくるのか、いまだに理解ができなかった。
でも、なにやら桐野先生の表情が険しい。
「桐野先生、その質問に、何か関係がございました?」
「あ、えっと……それとね、授業が終わったら17時になるまでここにいて頂戴。
このことは誰にも話さないように、いいわね?」
なぜ?とは思ったが、とにかく先生の命令を承諾し、会議室を後にした。
怪しい、怪しすぎる……。
不吉な予感を感じた俺は、重く受け止めて、急いで弁当を食べるべく、教室に戻った。
―1年4組教室
急いで戻ったが、本来なら時間には余裕がある。
しかし、晴臣自身の食べるペースは、普通の人よりも若干遅いのである。
恥ずかしいことなので、本来はこんなこと語りたくなかったが…。
「ねぇはる君、先生に呼ばれてどんなこと聞かれたの?」
「いや、なんともなかった。そんなに重たいことじゃなかった」
「そっか、資料はこぶの手伝って~とかそんな感じでしょ?」
「よくわかったな…紗菜」
「いやいや、そんなのちょっとおバカな私でもわかるっての」
自分で言うんだ…と、あきれた感じでツッコミをこらえていた。
なんとかお昼休み終了ぎりぎりに食べることはできたが…
残りの午後の授業は、本当に眠たかったというこの頃であった…。
――
午後の時間に差し迫っていく中…
会社では、父は秘書の桐野と一緒に、食堂でしばらくの休憩に入っていた。
「はぁ~~、やっとお弁当の時間ですわ~~」
ため息を零しながら、腕を思い切り伸ばす秘書の桐野。
今日はちょっと昨日に残っていた業務内容が残っていたこともあり、
朝から勢いを飛ばすように処理をしていたので、午後の体力なんて、昼ご飯を食べなければ、やってられないくらいである。
「まったく…さぼっているわけではないのはよくわかってはいるつもりだが…
あれほどゆったりで業務をされるとこっちの後始末が大変なんだ…あとでちょっと喝を入れてくるか」
「そんなに怒らなくてもいいと思いますよ、課長。課長の気持ちは分かりますが、
私がいる限り、どうってことないですよ?」
「その自信は、どこから湧いてくるんだ……」
本当に頼れる女性だな、と思った。
前の母親である、小町とは、性格が本当に真逆なのに。
ここまで頼れる人柄だと思うと、強引にまで、前妻だと当てはめてしまう父親として情けない自分が出てきてしまう。
いや、このもやもやは、情けないという言葉で例えれるものではないということは父親自身、承知している。
これは……あの時と、同じ感情だ。
天国へ行った、ずっと大好きだった…母に対する感情であるということを。
「えっと…桐野、さん…」
「はい、なんでしょう?」
克宏の声を聴いて、振り向いてくる秘書の桐野茉莉香。
その姿を見て、急に心臓の鼓動が早くなった。
「えっと、その……」
と、もじもじしていたら…昼休憩の時間が刻一刻と迫っているのに気付いた。
「課長、早くしないと後輩の社員さんたちに笑われますよ、急いで戻りましょう」
「えっ…おわ、やっべ!」
といって、弁当を食べすすめて、午後の業務に入るのであった。
でも、元の仕事場に戻る際に、茉莉香さんから、耳をお貸しくださいと言われると…
「業務が終わったら、言いかけたことちゃんと教えてもらうまで、返しませんよ?課長さん」
と、耳打ちされて、まさか、ばれたのかと焦っていた。
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