第9話

一方、遊子はそのころ、一度家に着いてから、再度母の大好物であるハンバーグを作るため、買い物に出ていた。

母に比べれば、料理の腕前は敵わないところはあるが、近々、一人暮らしをするということになると、こういうスキルは身につけておきたいということもあるからだ。

ハンバーグに必要なひき肉や、レタス、トマトなど、さらになるようなものを買っていると、見慣れた人影を目撃した。


(あら、あそこにいるのって…)


遊子は、磐瀬高校の制服を着た、一人の青年を発見した。

4組のクラスにいる恵比寿晴臣だ、彼女はすぐに分かった。

お刺身とかを買っているらしくて、まだこっちの存在には気づいていないようだった。


(どうしよう…声でもかけようかしら?)


と悩んでいると、晴臣は、ため息をついたかのように今度はそのまま、総菜コーナーへと歩いて行った。

考えていても仕方がなかったので、自分から彼に近づくことにした。


――


晴臣は、父が飯は要らないということだったので、仕方なくある程度の惣菜を買って、それを晩御飯にして食べることにした。

炊飯器の予約をしていたご飯は、弁当にすればいいだけという予定変更になった。

寿司でも食べたい、なんて思ったりもしたのだが…あまり欲張りすぎるのもあれだな、と思って惣菜コーナーと交互に見ようとしていたら…


「晴臣君」


後ろから声をかけられた。振り返ってみると、意外なことに、担任教師である桐野さんが買い物かごを持ってこのスーパーに来ていた。


「わっ!き、桐野先生…!」

「あわわ、ご、ごめんね!いきなり後ろから声をかけちゃって…!」

「あ、いいえ。大丈夫です」


と、互いが謝るような状況にはなってしまったが、すぐに打ち解けた。


「偉いわね、晴臣君。買い物だなんて…両親の晩御飯でも作るの?」

「いえ、父がご飯いらないから適当に買いなさいっていわれたので、惣菜でも買って、晩御飯済ませようと思いまして…

そういう先生は?」

「私も、お母さんが遅れてくるって聞いたから、母の大好物のハンバーグでも作ってあげようって思ってきているの」


それを聞いて、結構肉食系なんだな、というあまりにも失礼な妄想をしてしまった。


「そうなんですね、僕一応買い終わりましたけど?」

「え、それだけでいいの?」


桐野先生がぎょっと驚いた。

晩御飯の惣菜は、アナゴ天ぷらとチーズサラダのみ。


「はい…父さんがいないときは、これくらいあったらもう満足です」

「へ~…あ、待っててね。私も早いとこ済ませるから」


というと、先生は母のためのハンバーグの材料をチャチャっと購入し、レジを済ませてスーパーを出る。


「晴臣君は、おうちはどこなの?」

「そこの河川敷をまっすぐ歩いたところにあるマンションがそうです…片道歩いて15~20分くらいは掛かりますが」

「そんなに遠いところまで来てるんだ…偉いね、晴臣君は」

「いいえ…そんな…」


と、照れくさそうに言う晴臣。高校生なのだから、これくらいは当然のことだとは認識していた。


「じゃあ、私とは反対方向ね。明日の午後の日本史の授業、寝ないでよね?」

「はは……お疲れ様です、失礼します」


そういうと、先生と別れて自宅に戻っていった。


――


遊子は、生徒である恵比寿晴臣と別れて、自宅に戻った。

スーパーか自宅までは、徒歩で5分くらい…なので、目と鼻の先といってもいいくらいの距離であった。


「さて、と……」


家に着くなり、キッチンに今日の買ってきた材料をそろえると、さっそく母の為に、大好物のハンバーグを作ることにした。

そして、料理をし始めてから2時間後…


「ただいま~!」

「お母さん、お帰り。遅かったね?」

「課長さんのおごりに連れて行ってもらってたの。といってもまだ食べてはないわ」

「あ、そうなんだ。もうちょっとでできるから待ってて」

「ふ~ん…?」


と、玄関に立ったまま、母はくんくん、と匂いを嗅いでいた。


「でも、そろそろいいと思うわよ~?焼きすぎると肉汁の締まり悪くなっちゃうからね」

「さ、流石お母さん…鼻がいい…」


驚きながら、遊子はハンバーグを完成させることができた。


「ん~~~♡

流石私の娘、こんなにおいしいハンバーグは久しぶりよ♡」

「もう、お母さんのと比べたら、かないっこないよ…」


自分が作る料理は、母のと比べたら、全然違う…今まで、母と暮らしてきて、やがてそういう答えが出るようになった。

だけど、母は大賀えさのように私の料理を褒めてくれる。その姿は、死んでしまった、父のと似ているかのようだった。


「お母さん、あまり食べないでよね、お弁当のハンバーグまで食べられると後が厄介なんだから」

「はぁ~い…それなら遊子、先に風呂でも入っちゃいなさいな」


母の言葉を了承し、私はお風呂で、今日の疲れをとることにした。

その時から、思い返していた。

教師として磐瀬高校に就任してから、最近、恵比寿晴臣という男子生徒によく出会う頻度が多くなっているような気がする。

入学式の前に出会ってから、

そこから学校以外の日常の中で、出会って…

なんだか、運命的な何かを感じるようになってしまっていた。

でも、そんな偶然なんてあるわけがない。

変な妄想をしてしまったきりのは、すぐに首を振った。


(な、なんてこと考えちゃってるのよ!?私は!

あくまで私は教師なんだから!生徒とそんな関係なんて……)


と、のぼせるように風呂につかりながら、その考えを否定した。


――


遊子:お母さん、風呂あがったよ。一度止めるから、入りたかったら、再度作り直してね。


茉莉香:はぁ~い、遊子、本当においしかったわぁ~。

店に出せる味だったわよ。


遊子:大げさ…それは私がお母さんを褒める時に使う言葉だよ。


と、冗談交じりに言う会話。もう、これで何度目だろうかって思う。


「そういえばお母さん、今日は飲みに行くって言ったけど、なにかあったの?」

「んー?別に。課長さんが、飲みに行きたいけど、退屈だからついてきてって言われただけよ?

課長さんも寂しがりやななところがあって、可愛い一面見れて面白かったけどね~」


と、緩い感じで課長と飲んだことを話してくれた。


「お母さん、課長がどんな人だか知らないけど、流石にそれは失礼すぎるよ……」

「ううん、大丈夫よ。ちょっとなんだか、課長と話して、胸のつっかえが取れたような気がしたから」

「……どういうこと?」


遊子は、母の言葉を疑った。

課長と話して、胸のつっかえが取れた…まさかとは思ったから、遊子はすぐに問い詰めた。


「お母さん、もしかして……」

「あ」


と、自分がしゃべり過ぎたことに気づいて、すぐに蒼白になって、冷や汗を流し始めた。

どうやら、課長という人に話をしてしまったらしい。


「お母さん!本当に大丈夫なの!?課長さんにそんなことを教えて…!」

「遊子…」

「ほかの社員にそんなことがばれて、いびられたりしたら…」

「遊子!落ち着いて!」


といって、茉莉香が遊子の肩を掴んで、そう叫んだ。

遊子は、落ち着こうと落ち着いてはいられなかったみたいだ。

母は、父の死に関するようなことを聞くと、トラウマで暴走してしまう危険性があったからうえで、

遊子がこんなにも心配しているのだ。


「遊子…もういいの。その辺にして、私の話を聞いてちょうだい」

「お母さん…でも……」

「心配しないで、課長さんは何も悪くないの。

教えたというより、私の情報が洩れて、お局さんにやれただけなの」

「情報が漏れた…!?」

「そう、そのことで課長さんから聞かれて、ちょっとつらい思いしたけど、課長さんは最後まで話を聞いてくれたわ。

それにね…課長自身のことも、教えてくれたの…課長も、奥さんを亡くしたってこと、私に教えてくれたの」

「え……?課長さんが……?」


これには衝撃的だった、父や母をこの年になって失うというのは、奇妙な運命を覚える。

流石に失礼すぎるから、それ以上のことを考えなかったが。


「私もそれ以上のk十は、課長の口からはきけなかったけど、苦しい思いをしているのは、私たちだけじゃないってことを教えてくれたのよね」

「そうなんだ…それでお母さん、胸のつっかえが取れよう無きがした、って言ったんだね」


その話を聞いて、遊子はそれなりに無駄に心配をしてしまった、と理解した。


「そうよ、これからもしばらく課長さんにはお世話になると思うわ。

はいは~い、この話はおしまい☆ご飯お替りいいかしら」

「あー!お母さん、それ私のハンバーグ!」


それから、穏やかで騒がしい日常に戻るのだった。

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