第7話

課長に呼び出されて、社長室に向かっているとき、彼女、桐野茉莉香は、書類の整理をしていた。

課長から「しばらく書類の整理を頼む」と言われたので、ちゃちゃっと終わらせようってことになった。

その時だ、その際に事件が起こったのだ。

書類の整理をしている際に、一人社員が、私に声をかけてきた。


「ちょっと桐野さん、すこしいいですか」


声からして、随分と機嫌を悪くしているような気がした。

課長や私が所属している部署は、そんな気が荒いような社員なんて、どこにもいないはずだった。

というより、恵比寿課長は、そんな人を採用した記憶はないほど、人材には十分警戒していた。

声のするほうを振り返ってみると、そこにはおばさんの姿があった。


「えっと、なんでしょうか、松本さん」


随分とニヤニヤしている、お局といった感じだろうか…

うちの部署に所属してないのだけれど…噂で聞いたことがある。

この方は、松本冨佐子(まつもと ふさこ)さん、この会社で結構問題のあり過ぎる人で、

弱みを握っては、毎日のように突っかかって、いびり攻撃をかましてくるってのを、定年退職した社員さんから聞いたことがあった。

だから、課長がいなくなったのを機に私のところへ接触してきたのだ。

だから、ものすごく私は警戒した。


「忙しいので、あとにしてくれませんか?」


とはいうが、ここで松本さんは口を開いた。


「桐野さん、お父様はどうなさったんですかぁ?」

「……!」

「まさか、いないだなんて、おっしゃるんじゃないでしょうねぇ?

随分可哀想な人、女一つで育てた娘さんが可哀想でならないわ~w」

「やめてください」


とにかく、松本さんを黙らせなければ、そう思ってやめさせようとする。

でも、松本さんは一向やめない、一度喋り出したら止まらないくらいに。

完全にマウントをとるつもりでいるようなお局さん、普通に働いている社員さんたちの視線が一気に集まる。


「課長さんのところで世話になっているさまを見るだけでとても腹が立つのよね。

だから社長室に呼ばれるの、どれだけ心待ちにしてたことか…!

あなた、都合のいいように課長に扱われていて、虫唾が走るのよ、迷惑なのよ!」

「違います、私は…!」

「旦那失った分際で、秘書だなんて、随分生意気ね!さっさと失せてくれないと困るのよ!」


と、言いたい放題で、満足げに部署を去った。

茉莉香は、とどめになるような言葉の刃が突き刺さったかのように、耐えきれず、一度抜けてきた。


「はぁ…はぁ…」


茉莉香は困惑していた。

父の死は、隠しておいてほしいということを、この会社に就職する際に、社長や部長に頼んでおいたのに…

どうやってその情報を掴まれてしまったのだろう、と、周りのことを警戒するようになってしまっていた。

急な吐き気に襲われて、茉莉香は思わずすすり泣いた。

このままでは、もうこの会社にいられなくなってしまうのではないだろうか…。

そう思うだけでもぞっとする、しかし、たった一人のかけがえのない娘のためにも、屈している場合じゃない…。

そんな悩みのジレンマを抱えそうになっている、その時だった…。


「き、桐野さん……?」


社長室から戻ろうとしていた、恵比寿課長が、帰ってきてしまったのだ。

しかも、泣いている自分の姿すら、見られてしまっていた…。


――


「桐野さん……」

「か、課長…申しわけございません、任せておいたはずの書類の整理、途中なのに抜け出してしまって…」


克宏は目撃してしまった、彼女、頼れる秘書の桐野茉莉香の姿を。

書類の整理を任せるように頼んでおいたはずだが、抜け出して給湯室でこんなに泣いている姿を見たのは、

この時が初めてだったのかもしれない。

普段はあまり失敗するような人ではないはずなのに、と克宏は動揺を隠せずにいた。


「一体どうした、なにがあった?」

「いえ、大丈夫です…その、申しわけ…ございません……!」


と、泣きながら、平身低頭に課長の克宏に謝り続けたあと、部署に戻っていった。

一体、何が起きたのだろうか、克宏にはいまだに理解ができない。

一度部署に戻ってみると、確かに書類の整理は、まだ途中なのがうかがえた。

ほかの社員たちの姿を見てみたら…なにやらこそこそしている様子も見えた。

なにかがおかしい…そう疑った克宏は、少し社員を呼び出して少し事情を聴いてみることにした。


「山城くん、少しいいいか?」


といって、社員の一人、山城耕大(やましろ こうだい)を呼び出し、社長室にいる間、何をしているかを問い詰めることに。

山城は、会社に勤めて4年目で、正直に答えるまっすぐとした社員だ。


「俺が社長室にいる間、桐野に何があった?」

「実はですね……」


と、とんとん拍子に、何が起きたかを話してくれた。

桐野はどうやら、いびり攻撃を食らったらしい。その犯人は、隣の部署の松本というお局の人だったらしい。

あまりであったことはないのだが…噂で聞いたことがある。

確か、違う部署の他社員に、毎度のようにいびり攻撃をしていることで有名な社員…らしい。

その対象に、秘書の桐野が狙われたとのことだった。


「ところで、課長さんは桐野さんの過去はご存知ですか?」

「彼女の過去?」


山城の言葉に、社長のあの言葉を思い出した…。


-数十分前


実は、社長に連れられた理由を、教えてくれたのだ。


「克宏課長、実はな…一部の個人情報が誰かにばれたらしいんだ」

「え!?それはある意味やばいんじゃ…」

「落ち着け、恵比寿くん。そんなに大きい情報漏洩ではない。

君の秘書の桐野君の情報が、何者かに掴まれてしまったんだよ」


なるほど…要するに個人情報の漏洩という事件が発生したのか、と思ったが…

個人情報の漏洩は、意外と厄介なところはある。


「でも、なぜいきなりそれを…?」


そう聞くと、社長はうつむきながら、こう言ってきた。


「実は、秘書の桐野はな、父親を未成年たちによって殺されたんだ」

「え……」


克宏は衝撃的なことを聞いた。俺と同じ…家族を失っているのか、ということに。


「うちの会社に来たときは、そのことを知られると精神的に傷つくから、その情報は伝わらないように隠ぺいしてほしい、と頼まれていてね。

いびりをすることに有名な松本だけにはこの情報が回らないように根回しをして、情報を隠していたんだけど…」

「まさか…その情報の漏洩の被害が…」

「そうだよ、まさしく君の秘書の桐野君だ。慌てることはない、私もたまにで監視に回って、松本が来ないようにしておくから、しばらく彼女のことを頼むぞ」


と社長に言われていたのだ。

しかし、まさか自分が社長室い言っている間に、ここまでいびられていたとは…!

そう思うと、自分が情けないと言わんばかりに、自らを責め立てるほかにない。

山城には、ありがとう、ということだけを伝え、ひとまず作業に戻ることにした。

それ以降の時間から、いびり大好きの松本が部署へ凸してくるようなことはなかった。


――


ようやく、ある程度の仕事は終了することはできた。

しかし、桐野は、先ほどのいびりが結構聞いたのか、ちょっとだけ顔がやつれているようにも見えた。

なので、克宏はある行動に出ることにした。


「今日は終了だ、桐野」

「はい…お疲れ様です」


といって、恭しく一礼をして、先に帰ろうとするところを、克宏は止めた。


「待つんだ、桐野さん」

「はい、なんでしょうか…?」

「少し、話がある。俺が奢るから、ちょっと付き合ってくれ」

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