第5話

僕は、初めての女友達、尾上さんという人に連れられて、食堂へと向かい、アップルパイをおごってもらった後、

適当な席に腰掛けようと思ったら…桐野先生が隅っこにいるのを見つけた。

その横がまだいていたので、そっちに腰掛けようということで近づき、挨拶を交わす。


「桐野先生、こんにちは。お食事中すみません」

「んん…晴臣君か。えっと、隣の子が…尾上さん、だったわよね?」

「はい!先生、4組の生徒覚えるの早くないですか?」

「そんなことないわよ、どうしてこんなところに?」

「世界史のノートを見せてほしいと頼まれたんですけど、渡したノート自体を忘れられると困るので、

コピー用紙に写して渡したら、お礼としてアップルパイをおごってもらった、という経緯です」


と、淡々と説明していたんだが、隣で尾上さんがガタガタ震わせてた。あまり言ってほしくなかったらしい。


「あら、尾上さん。ノート遅れたのは仕方ないだろうけど、あまり他力本願はダメよ」

「善処しまーす(`・ω・´)ゞ」

「ほら、そんなところに立ってないで、私がいるところに座りなさい。まだお昼の時間はあるから、ね?」

「いいんですか?やったー!」

「では、猗言葉に甘えて……」


といって、隣に座らせてもらった。


「わー、先生のお弁当おいしそう!」

「ありがとう、でもあげないわ。これくらい食べないと、私の頭は動けそうにないからね」

「へー、先生って、意外と食いしん坊ですか?」

「こら、尾上さん!」


と、恥ずかしいようなことを尾上に詰問されて、食堂で怒鳴る。

しかし、体重に関わるようなことを問い詰めるかのような聞き方は、流石に失礼にもほどがある。


「紗菜、先生の言うとおりだ。そのくらいにしておけ」

「ご、ごめん」

「ふふ…晴臣君は、河川敷で会ったときからずっと思っていたんだけど、こんなにやさしいのね。

まるで、私のお母さんを思い出すわ」

「そ、そうでしょうか…?」


と、恥ずかしそうに言う。(まだこの時、顔はそんな赤くはなかった)


「先生って、一人暮らしですか?」


と、割り込むように紗菜が聞いてきた。


「ううん、母と二人暮らしよ」

「あれ、お父さんとかはいないんですか?」


そしたら、先生の表情が変わった……。


「桐野先生……?」

「ご、ごめんね、そろそろ次の授業に行かなくちゃ……二人とも、またね」


そういうと、そそくさと弁当をしまって、職員室のほうへと戻るために、食堂を出てしまった。

とっさの行動だったので、いったいどうしたんだろうかと心配した。


「あれ、はるくん…私何かダメなこと言っちゃったのかな……」

「原因はわからないけど……紗菜はとりあえず、言葉を慎重に選ぶ必要があるね」


そう返した。


――


桐野は、とっさに職員室へと戻ってきてしまっていた。

本当なら、もう少しゆっくり弁当を食べたかったのだが…すべては先ほど聞かれた生徒の質問の影響だった。


(あれ、お父さんとかはいないんですか?)


心臓にくぎが突き刺さったかのような感覚だ。先ほど食堂で遭遇した、4組のクラスの尾上さんから聞かれた質問だ。

私は、尾上さんだけでなく、晴臣君にすら、これを教えることはできなかった。

父の話は、私にとってはかなり黒歴史である。もちろんの事ながら、世話になっている友貴子にだって、話していない。

友貴子は、話したくないといって話せばわかったといって、これ以上は聞いては来ない親切心があるから、それはそれでありがたかった。

でも、ひっとうだけ、心配していることがある。母は、このことをどう思っているのだろうか、と。

母は、父が未成年たちの手によって殺められ、だいぶ精神病を患ったってのに、私の為に無茶してまで、早めに復帰して会社に就職している。

その就職先に、父の死の一軒がばれたら、混乱してしまうのではないだろうか…。

突然暴走したりして、多大な迷惑をかけて、また精神病の再発を起こしてしまうんじゃないか、と、いろんな不安が募りだしてくる。

この時点で、私の食欲はもうすっかりなくなってしまっていた。

その時だった、不意に後ろから、友貴子に声をかけられた。


「どうしたよ、遊子。まだ休憩時間はあるんだぞ?」

「あ、ゆ、友貴子さん…」

「なんだ、どうした?就任して早々ひどい目にあったのか!?」


と、勘違いした発言を、遊子は慌てて止めた。


「あ、ううん。大丈夫……」

「じゃあ、どうしたってんだよ?あたしに話してみてごらん?」


といって、すぐに相談に乗ってくれる、結構ぐいぐい来る性格で、ちょっと絡みづらいところはあるけれど、本当に頼もしいところがある。

だから、ちょっとだけ今日あったことを話した。


「……実は、うちの生徒の一人から聞かれたの…【父は、いないんですか】って」


そういうと、桂城はすぐに察せた。


「……なるほど、まぁ生徒だから聞きたいってのは一理分かるけどな……」


確かに、生徒の気持ちのことを考えれば、聞かずにはいられないという欲求の気持ちが強いというのは、彼女が生徒の立場を思ったうえで、

それは仕方のないことだと教えてくれた。

生徒に同乗するのか、と思って、ちょっとだけ起こりそうになったのだけど…桂城はすぐに行動するよう約束の言葉を語ってくれた。


「誰からそんな質問を?」

「4組の尾上さんよ、結構明るいイメージだったのだけど…」

「尾上…恵比寿の後ろに座ってたやつだよな?」


と、思いつくように、桂城がいった。そういえば、今日の午前中の授業に、桂城先生の授業があったな、と今更ながらに思い出す。

その時に覚えてくれていたのだろう。


「とにかくわかった、今日の放課後の時に注意しておくから」

「……ありがとうございます」


そういって、友貴子にお礼をするのだった。

尾上さんや晴臣君には悪いのだけれど…父が殺されたこと…それは私にとっての「黒歴史」なのだから。

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