第4話

そこから、いつもの通常授業が始まった。

今日の午前中の授業は現代文、英語、世界史、数学だった。

磐瀬高校の授業のスタイルは、他の高校でもさほど変わりはない。

でも、ペース自体が異常なくらいに早いので、生徒みんな理解に追いつくのに必死である。

という噂を、この磐瀬高校の学校説明会の時に、ちょっとばかり聞いたことがある。

でも、僕には全然そんな感じはしなかった。

授業が淡々と進んでいくだけで、内容は意外と分かりやすかった。こんな感覚は初めてにも感じ取れた。

でも、なんとなくはわかった。おそらくこれは、父親の教育があったからこそ、馴染みやすくなったのかなって。

世界史の授業でのこと、後ろからペンをつつかれた。

そこには、一人の女子生徒が、恥ずかしそうに小声で「君宛に…」といって、紙切れを差し出してきた。

まだ先生は、教卓のほうを向いていて、必死に黒板に文字を書き込んでいる。

そのすきを狙って、僕は紙切れを開いた。


≪ある程度全部書ききれていたら、授業終わりに貸して!今日の昼食奢るから!≫


どうやら、早すぎて書ききれていない部分があるようだった。

僕の後ろにいる女子生徒は、手を合掌して、ぺこぺこと頭を下げてきていた。

僕ははぁ、と深くため息をついて、小声で「ちょっと待って」とだけ伝えた。

後ろの女子生徒は首を縦に振ってうなずき、必死にノートをとっていた。

僕もそれに乗じて、何事もなかったかのようにノートを取り始めた。


――


紙切れをもらったその時の授業は、世界史だった。

ただ、僕はノートを貸すこと自体に拒否感があった。

渡した相手が忘れられたりするのが困るから。

なので、授業終わりにすぐ、職員室に行った。理由は……


―職員室


「失礼します」


といって、扉を開けると、ちょっとすぐ目の前に、副担任の桂城先生の姿が。


「あれ、恵比寿か。どうした?」

「こんにちは桂城先生、桐野先生は?」

「もう6組の教室のほうへ行ったぞ。伝言ならあたしが預かるけど」

「あ、いいえ。それなら桂城先生にお願いがあります」

「ん?なんだ、早めに頼むぞ。あたしもそろそろ4組のもとへ行かないといけないんでな」

「わかっています、本当にくだらないことかもしれませんが…コピー用紙を3枚ほどもらえませんか?」

「え、たったそれだけ?」

「はい、たったそれだけです」


そう、ノートの代わりに、コピー用紙をもらうためだ。


「なんでぎりぎりの時間に、そんなの欲しがるねん。まさか落書きか?」


などと、冗談めいたことを言う桂城先生。

でも、その理由を先生に教えることはできないから、無言を貫くほかにない。


「しょうがないな……ほれ。これくらいありゃ文句はないんだろ?」


といって、先生が渡してくれたのは、5,6枚くらいのA4サイズのコピー用紙だった。


「ありがとうございます」


といって、すぐに教室に戻った。

桂城先生の数学の授業の時は、ちょっとばかり僕自身もあせった。

めっちゃ、ということではないのだが、実は数学は少しばかり苦手意識が強かった。

亡くなった母も、学生時代数学が苦手ということもあって、父からは「その苦手意識は、お母さんに似てるな」と言われていた。

遺伝というのは、怖いものだなって実感する。

そして、忘れないうちに、後ろの席の女子生徒に紙切れを渡した。


≪昼休みには渡すようにするから、それまで待ってくれない?≫


そして迎えた昼休み……どころじゃなかった。

僕は、桂城先生からもらったA4サイズのコピー用紙に、自分がノートに書きこんだ世界の授業内容を書き写す作業に追われていた。

でも、どのみち、紙切れを渡した人からご飯をおごってもらえるのだから、これはこれでおあいこだな、と思っている。


「あの、これが世界史のノートのやつだよ。コピー用紙に一応まとめておいたから」


というと、女子生徒は目を輝かせながら喜んだ。


「わー!めっちゃうれしい!ありがとう、でもいいの?こんなにテストの範囲にもなりそうな内容を書いてくれちゃって」

「いいんだ…僕の父さんも、学生時代そういうことしてたらしいから」

「そうなんだ!君も君のパパも優しいんだね!」

「で、僕へのおごりの約束から逃げるわけじゃないですよね?」

「そんなわけないでしょー、とにかく行こうよ!」


と、疑心に思っていたことを彼女に問うが、飄々と否定して、俺の腕をつかみ、そのまま食堂へ招かれた。

本来なら僕自身の弁当は、父親の分を含めてすでに作っているわけだけだから、食堂で有名な、アップルパイをおごってもらった。


「本当に助かったよ!同じクラスでこんなにやさしい人他にいないよ!」

「大げさだよ、えっと…君は…」

「あぁ、ごめん!あの時は急だったから、てっきり断るのかと思ってたよ。

あたしは、尾上紗菜(おのかみ さな)だよ。よろしく♪」


不思議な出会いだったけど、僕に初めての友達ができた。

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