第2話
父が働く会社は、最近テレビのCMでも名乗るほど急成長している大手企業の会社で、父はその会社の課長としてバリバリ仕事をこなしていた。
今日は、息子である晴臣の入学式だけはせめて参加しなければと思い、社長に相談したうえで遅れながらも仕事に出勤することができた。
父の仕事ぶりはよいが、集中しすぎているあまり、同僚とか後輩たちからは「鬼」と呼ばれているらしい、父さん自身はわかっていても、
息子のためだと思うとこわばってしまう癖があった。
だけど、仕事における信用性は高いので、五分五分といった感じだった。
―仕事場
克宏:ふぅ……
ある程度の資料政策が終わり、なんとか事が終わってため息をつく父親。
そこへ一人の女性が、お茶を用意してくれていた。
「課長、お疲れ様です。お茶をお持ちしました」
「あぁ、桐野か。ありがとう…そこに置いといてくれたまえ」
「はい、かしこまりました」
そういって、丁寧に、別の小さいテーブルに置いておいた。
彼女、桐野茉莉香(きりの まりか)は、課長である父の秘書であって、一番頼られている社員である。
一見のほほんとしているが、根はしっかりしている。
「あ、そうそう課長。今日は課長の息子さんの入学式みたいでしたね?」
「あぁ、そうだが…何で知っている」
「社長さんとのやり取りを聞かせていただいたんですよ、隠れてしまってすみませんね。
どうだったんですか、課長の息子さんは」
「どう、とは?」
「凛々しかった、とか、しゃきっとしてましたってあるじゃないですか」
「まぁ、そんな感じだったぞ?」
「へぇ~、写真に収めていたら、一度見せてはもらえないでしょうか~?」
父はのどが詰まりそうになった。
確かに入学式での息子絵ある晴臣の姿は、とても堂々としていて凛々しかった。
しかし、少し目線が下を向いてそうになっていたのだけは、とても言えなかった。
母の死からまだそんなに日数がかかっていないこともあるので、無理もなかった。
父親自身も、高校の入学式で、息子の晴臣の姿を見たときに、母を思い返していた。
せめて、高校生になった晴臣の姿を動画で見せてから、安らかに眠ってほしかった、と…。
そう思うと、うつむきそうになっていた。
「課長?」
その様子を桐野さんの一声で、我に返る。
「す、すまん…なんでもない」
「で、どうなんですか?会わせてくれるんですか?」
「直接会ってからにしなさい」
と、仄めかすように言った。
ぶーぶーふてくされた桐野秘書も、これまた課長の立場である父にとっては、かすかな癒しにもなっていた。
そんなハードな作業をこなしていると、すでに定時が近づこうとしていた。
「課長、定時の時間が近づいているみたいですが…」
秘書の桐野も、心配しそうに、父を見つめる。
でも、父は必死だったみたいだ。
「もう少しだけ作業をしてから帰る、だから秘書は先に帰っておいてくれて構わな…」
そういうと、父のポケットからスマホが震えた、息子からのLINEか電話だ。
スマホを取り出してみると…
晴臣:≪父さん、今日の晩御飯すき焼きを用意しているんだ。残業するなら連絡をしておいてほしい≫
「どうしました課長、息子さんから連絡ですか?」
「あぁ、すき焼き作って待っている、だそうだ」
「あら、課長の息子さんは、料理ができるのですか?」
「あぁ、俺が厳しく教えたら、楽しいって言ってくれてな……」
「へぇ~、すごいですね!課長の教え方がうまいということですね」
秘書との会話をしながら、父はパソコンを閉じた。
「大げさだ、ほら早く準備しろ。戸締りするぞ」
「はーい、課長」
そういって、仕事場を後にし、帰路に就いた。
息子のすき焼きが、楽しみでたまらない…ただそれだけの理由で。
――
そのころ、この磐瀬高校の教師として就任することになった、桐野遊子は
初めての事務作業にちょっと不慣れだった。
彼女は今年、美代大学教育学部を卒業したばかりで、今年からこの高校に配属されたばかりの新米教師である。
彼女の担当科目は日本史。主に4,5,6組のクラスの日本史を教えるということになっているのだ。
今日は初めての業務ということもあって、色々準備をしなければならない点もいくつかあった。
彼女自身の教え方は資料配布で、穴埋めで理解力を深めていこう、というのが目的で、
授業自体の進行度で言えば、旧石器時代~縄文時代の細かな部分を教えるといった流れであった。
「遊子~、どうだ、終わりそうか?」
「あ、えっと…友貴子、さん?」
声をかけてきたのは、同じ4組のクラスの副担任になった、桂城友貴子。
「なんだよ、その呼び方は。気まずいよ」
「そうは言われましても…」
実は遊子は、友貴子のことは知っていた。遊子と友貴子は、同じ大学の同期の関係だった。
しかしどちらかというと、友貴子が少し訳ありで、留年していたということもあり、遊子からすれば、友貴子は先輩にあたる人だった。
でも、友貴子本人は、そんなことはまったく気にしていないようだった。それくらいとても明るい人柄である。
ちなみに、桂城の担当科目は、数学である。
「もう少しかかりそうなので、私のことは気にしないで、先に退勤していただいても大丈夫ですよ?」
「なんか帰ってもつまらないからね、よかったら手伝うよ」
「そんな、ありがたいですが…」
と、謙虚になっていると、スマホが鳴った。こっそり調べてみたら、母からだった。今帰宅中とのことだ。
「誰から?」
「私の母からです、これから帰るとのことですから」
「そうか、じゃあ猶更手伝う甲斐があるってわけだな」
と、笑って作業を補助する友貴子、ため息が出そうになるのだが、甘えさせてもらおう、と思った遊子であった。
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