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朝市は人でごったがえしていた。呼び込みが声を張り上げて大音声で、何が安いとかお得とかを叫んでいる。古臭い旧時代的な木造の露店は、比較的新しい。
「りんご一つ」
「あいよ、70ポードだ」
ミオルアは買ったりんごをかじりながら進むことにした。
道には様々な露店が出され、先ほどのように色とりどりの果物を売っているところもあれば、精肉店なんかもある。野菜がずらりと並んだ露店の前には、怖い顔をしたおじさんがいるが、客の入りはいいようだ。
「おじさん、これほしいんだけど」
「…こっちだ」
メモを見せると、おじさんはミオルアの前を歩きだした。
「ここだ。足りるか?」
「ああ、十分だ。もともとそんなに量はいらないんだ」
おそらくはミオルアの身なりを見て量が必要だと判断したのだろう。
「そうか」
と相槌を打ってから、良さそうなものを選べよ、と言葉少なに言うと、おじさんはもといた店先へと戻った。ミオルアはよさげな野菜を選ぶと、それをより分けたかごを店のスタッフに預け、再度おじさんの下に戻って会計を済ませる。
「まいど」
そしてまた、人の荒波にもまれるために、通りへと出た。
(次は…)
この朝市には、さらに朝食を提供するような店も出ている。今では珍しいテレビを置いて、使用料を取る店もある。その上、奥の方に進めば、生活必需品はもちろん、武器やら道具やらの市場があるだけでなく、闇市も地下には存在した。
(人ごみがすごすぎる…)
ミオルアは人ごみ避けたさから、他の食糧を後回しにした。時間が経てば、質は下がるが人ごみは避けられるだろうと考え、まずは、奥の方の生活必需品を見て回ることにしたのだ。
日用品の方は比較的空いていた。通りを歩く人の数は、食材が売られていた方に比べればまばらな方だ。
ミオルアはその中の、灰色の大きな建物に入った。壁は石のように固く冷たい素材でできており、たとえ地揺れでも揺らがないような建物だ。中は冷風で満たされ、快適な室温が保たれている。陳列棚には生活必需品のほかに工具が置かれ、店の端には木材なんかが置いてある。机やいすなどの家具も置かれている。昔でいうホームセンターというやつだ。
「えっと…」
メモを取り出し、何を買うかを確認する。広い店内だが、天井につれ提げられた看板によって、いとも簡単に目的のものを見つけることができた。
外の屋台の場所と違って文明を感じさせるここは、破滅から取り残された場所。人々はここを
何もかもが振り出しにされた破滅を生き残った建物だ。
とはいえ価値は低い。通常であれば、貴重な技術が保存されている場所として丁重に扱われるのだが、特記するほど特殊な技術が使われているかと問われれば、間違いなくノーと、ここにいる人間たちは答えるだろう。だからこうして、一般の行商が出入りできる。
(ここと同じレベルの文明が保たれてたら、もう少し便利だったのにな)
ミオルアはお手洗い用の紙や、せっけん、他の団員たちに頼まれたものを買うと、そこを後にした。予想していたよりも荷物が多い。先に一度帰った方が良さそうだ。光る画面に触れるだけで物が買えた時代が、とても懐かしく思えた。
外は日が強く射し、地面に照り付ける。このあたりの気候らしい太陽の輝きに目を細め、ミオルアは帰路を急ぐ。
「あっつ…」
暑いのは苦手なんだ、とつぶやきながら、フードをかぶって日の光を軽減する。早くここから出て涼しい森の中に戻りたい。そう思いながら、市場を抜けていく。
その時、前方から嫌などよめきと、悲痛な叫びが聞こえた。
「きゃああああああああ!!!!!」
晴天下に響き渡る悲鳴が、事の重大さと悲惨さを演出した。人はその悲鳴の方角へ一気に振り返り、何事かと人垣を形成する。その人垣の渦中には、血の海ができていた。
「な、なな、なっ…!!!!」
「人殺しよ!!誰か警備団を呼んで!!」
「お、おおおい!逃げるぞ!!」
倒れている人の口には、白く大きな大根。しかしそれは食べたわけではない。のどを貫通し、真っ白い大根が真っ赤に染まっている。およそ人間の仕業とは思えないものだった。人の視線の先をたどると、そこには虎の耳が生えた、人間より遥かに背の高い獣人がいる。返り血を浴び、少し焦りの混じったにやにやとしたほほえみを浮かべていた。その影は、周囲に人間しかいないことをいいことに、その俊足を生かして逃げ切ろうとしていた。。
「おい!!あの獣人を逃がすな!!」
人垣の中から声が上がる。
「まだ警備団は来ないの!?」
人々が阿鼻叫喚する中、ミオルアはそっと武器を抜いた。そして地面を蹴り、一気に加速する。歩幅を一定に足の回転速度を上げ、人間だらけだと余裕を見せている獣人に接近する。獣人が気づいたときには、彼は獣人の腹部にダガーを刺し込んでいた。
「っ!?なんだテメーは!!」
「
ミオルアが静かに言うと、刺さったダガーの上に、紅い魔方陣が出現する。そしてミオルアは、ダガーを抜いた。同時に、後ろへと大きく後退する。すると傷口が爆発し、獣人は遥か後方へと吹き飛んだ。仰向けで倒れている獣人からは血が出ており、その分厚い筋肉と皮膚は真っ黒に焦げている。
しかし、ミオルアはうまく急所に当てるのを避け、爆発の威力を制御していた。刺し傷と爆発痕の、いたってシンプルな気絶した獣人の完成である。
突然の救世主にどよめく人々に、ミオルアは懐から取り出したあるものを提示する。それは、朝財布とともに外套に忍ばせた、紋章の刻まれた手帳だった。革張りの生地に固い材質で紋章がかたどられている。
「あれは…!」
「あの伝説のゴーレイ隊長率いる、新設の騎士団の紋章では!?」
「ああ、町のテレビ屋で見た紋章とそっくり…そのままだ!」
気絶させた虎の獣人に拘束魔法をかけて、ミオルアは観衆を振り返った。その一挙手一投足に、観衆がどよめく。
「俺は連国政府直下ガーデイル魔導王直属騎士団第一分隊所属、ミオルア・ディーストロアー。混乱をもたらす罪人を確認したため、非番中だが緊急とみなしこのような対処をした。後の処理はうちの大隊で引き受ける」
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