Episode024 お返し

 …――僕は、お返しをしなくてならない。絶対に。


 だからタイムマシンを完成させた。


 あとは過去へと戻るだけだ。繰り返しになってしまうが、お返しをする為に……。


 一体、何故、タイムマシンなのか?


 ……詳しくを語るには話を過去に戻す必要がある。


 今から3年と少し前へと。僕は、ある研究者と共同でタイムマシンを作る事になった。ただし、共同研究者は、名ばかりで、お金を出資してくれるだけの男だった。つまり、お金は出すが、研究の一切合切は僕任せという人間だったワケだ。


 いや、逆に、そういった共同研究者であったからこそ、僕は、自由に研究できた。


 僕は僕のペースで研究を進める事ができたワケだ。


 むしろ、


 お金を出してくれて、一切、口を挟まない彼には感謝していた。もちろん、研究に必要な、お金は、どんな大きな金額だろうと、ぽんと出してくれた。完成までの期限も決めず、とにかく頑張れと励ましてもくれた。そんな人間は、めったにいない。


 その意味でも感謝していた。だから彼の心意気に応えたいと僕は必死で頑張った。


 ただ、そんな僕らの関係で一つだけ不満が在った。


 それは、


 彼が、タイムマシンは、お金になる、と考えていた事だった。


 実は彼がお金を出してくれる時は、出資と、いつも念を押していた。もちろん彼が出資という言葉を使った以上、タイムマシンが完成した暁、研究開発した僕と彼とで利権は折半する予定でいた。ただし、利権を折半にしようと提案した時……、


 彼の冷たい目が、とても印象的だった。恐いとさえも思えた。


 ゾクッとした。背筋が凍った。初めて感じる何かに心が抉られたような気がした。


 彼は、単にタイムマシンが完成したあとに利権が欲しいだけのような感じもした。


「まあ、カネになるならば文句は言わないでおこう」


 とまで言われてしまった。


 対して、


 僕は単純に時間旅行の可能性と科学の発展を考えていた。そして、お金の話は苦手だった。だからこその折半の話だったのだが、どうやら彼には、それが気に入らなかったようだ。ただ、その場では、お互いが納得して折半という話で落ち着いた。


 まあ、あれも、と今になって思う。


 だからと言っては、おかしいが、僕は、お返しがしたいのだ。


 兎に角、


 タイムマシンを完成させたいと心底願っていた僕は研究に没頭した。


 お金の心配をする事もなく、たやすく没頭出来た。


 無論、彼のおかげで、だ。


 そしてタイムマシンの完成も近づき、そろそろ時間旅行の実験という段階で……、


 僕は、研究室に、いきなり乱暴に踏み込んできた警察によって逮捕されてしまう。


 罪状は詐欺罪。詐欺だッ!


 僕にとっては、寝耳に水。


 詐欺など働いた覚えはない。どれだけ考えてもだ。


 あの日の事は今でも忘れられない。


 研究の合間、休憩時間にソファーに腰掛けて温かいお茶をすすっていた。その時、研究所の玄関が乱暴に開けられ、刑事とおぼしき人物と複数人の制服警官がなだれ込んできた。僕は、なに事だ? と呆気にとられ、アホみたいに大口を開けた。


 そうして、彼らは僕を取り囲んでから、リーダーであろう刑事が逮捕状を示した。


 しかっと真っ正面に、だ。


「お前はタイムマシンなどという出来もしないもので金品を奪い取っているんだろう? 間違いないか? そういった通報あったんだ。もちろん裏もとってある」


 なんて言われてしまって……、ちょっと待ってくれとも言わせてもらえずに……。


 一体、なにが起こったのか、まったく理解できず、ゆっくりとガラステーブルにお茶の入った湯飲みを置く事くらいしかできなかったよ。理解できない事が起こると頭が真っ白になるというのは本当だ。とにかく何も考えられなかった。


 まさか、彼がなんて、露ほどにも思わなかったよ。


 今回の、いきなりの逮捕劇に一役買っているのが彼だったなんてね?


 まあ、ハメられたわけだ。


 単純に。


 逮捕されたあと懲役3年と裁判所から判決が出た。


 3年という時間は苦しく長かった。しかも僕みたいな研究畑の理系人間は刑務所という特殊な環境には馴染めなかった。むしろ刑務所生活は拷問以外の、なにものでもなかった。何度、隠れて泣いたか。いい大人がだ。それほど追い詰められたわけだ。


 だから、


 僕は、お返しとして、お礼参りを決意したワケだ。


 それだけが刑期を無事に終える為の支えとなった。


 僕をハメた犯人は分かっている。


 やつだ。


 間違いない。絶対に許さないッ!


 やつを憎み続ける不毛で苦しくも長い刑務所生活。


 そんな中、重要な事を思い出した。あのタイムマシンが完成間近だった事を。そうだ。マシンは完成間近で、あとは実験を繰り返し、時間旅行の精度を上げていくばかりだったんだ。そんな折、3年という月日を、刑務所で過ごす事となった。


 つまり、


 やつが、タイムマシンを完成させるだけの時間が充分に在るという事だ。クソッ!


 カネを出してくれた共同研究者のやつが。利権の折半に難色を示した、やつがだ。


 そうだ。


 敢えて言うまでもないが、


 やはり、


 やつは裏切っていたのだ。


 そう確信した瞬間だった。


 もう今頃、自分でマシンを完成させ、企業なり、富裕層の個人なりへと売りつけているのではとさえ邪推する。もちろん自分一人でタイムマシンを作った事にしてだ。僕が監獄にいるから口を出せない事をいい事にだ。殺してやる。とさえ恨んだ。


 絶対に許さない。地獄へ落としてやる、お前はと。


 そして、


 お返しにお礼参りだと奮起して刑期を勤め上げる。


 苦しくも辛いソレは終わる。終わりが来る。雪がちらつく寒い日に出所する僕。誰も迎えに来ない。いや、迎えに来る人間などいない。結婚もしてないし、唯一、仲が良かったやつは裏切ったのだからだ。許さない、絶対にと、再び……。


 兎に角、


 共同研究者であったやつに会うべき時が来たのだ。


 対決するべき時が、だッ!


 お返しとしてのお礼参りするのを生きがいにも刑期を見事に務めきったのだから。


 当然の権利だと意気込み。


 そして、……僕は実に3年ぶりに自分の研究室に帰還した。


 やつはタイムマシンの利権を守る為、そこにいると踏んで。


 いや、いなかったら、それこそ、やつの自宅に押しかければいいだけの話だから。


 静かに玄関を開ける。殺してやる。


 と……。


 収監される時に預け、出所後に受け取った茶色いコートが、雪で、しっとりと濡れそぼっていた。まるで返り血を浴びたかのよう。僕は研究所の部屋という部屋を確認した。しかし、やつはいなかった。タイムマシンは……、そこに在るのに、だ。


 おかしいとは思ったが、……まあ、次は自宅だと思い直す。


 ただし、


 怒りと憎しみに全身全霊を注ぎ込んでいたからか疲れていた。だから、その前に、少しだけ休もうと思った。肩すかしを喰らって余計に疲れたからこそだ。コートのままソファーへと身を預けた。ボフッという音を立てて背もたれが身を包む。


 まあ、時間はたっぷりある。やつを後悔させる為の時間は。


 のち、ごく自然にガラステーブルへと視線がゆく。


 湯飲みを置いたそこへと。


 不思議な事に、そこには。


 お茶の時間も止まってしまっていたかのようカビた湯飲みが堂々と鎮座していた。


 誰も、ここに来ていない?


 そんなはずはない。なぜなら、やつは……、僕を。


 その時、


 ある思いが浮かんだ。そうだ。電話をかけてやろう。何食わぬ顔で、やつを呼び出せばいい。そして殺す。無論、どんな反応をするのかも楽しみだ。余興だ。と。ただ、逃げ出すかもしれない。いや、むしろ逃げ出した方が面白いか……、ふふふ。


 追い詰めてやる。……じわりじわりとな。


 そう思いつくと静かに電話を手に取った。


 出所したんだが、……今から会えないか?


 とでも言ってやろうか。僕の声を聞き慌てふためくやつが手に取るように分かる。


 机の引き出しからカッターナイフを取り出し懐に忍ばせる。


 ウフフ。


 そしてボタンを順番に押す。忘れたくても忘れられないやつの自宅の番号を……。


 しかし、電話をしたあとで思いがけない結末へと不時着してしまい、僕は呆ける。


 脱力してカビた湯飲みを洗い場へ。カッターナイフを見つめて刃を出して放り出す。床に転がるナイフ。またソファーへと身を預ける。その後、見る気もないテレビのスイッチを入れる。下らないCMを何分か見たあとテレビのスイッチを切る。


 そののち、ガラステーブルに頬杖をつく。


 一体、どうするべきなのか、決めかねる。


 両手を後ろ頭に回し……。


 ふっと思い出す。あの放置されたタイムマシンを。


 完成しているのか、いないのかが気になったのだ。


 マシンが置いてある部屋に向かい、ゆっくりと扉を開けた。


 そこにも、あれから時が止まっていたのか、完成間近のソレが、そのままで……、


 僕を待っていたかのようひっそりと鎮座していた。


 そうだ。


 間違いなく完成されずに放置されていたワケだ。とても信じられなかったけども。


「そうか。でも何故……?」


 僕は、また電話を手に取って再び共同研究者の自宅に電話をかけた。


「また貴方? 先ほどからなんなんですか? 彼は死んだんです。間違いなく……」


 と、名乗る前に聞きたい事を答えられてしまった。


 死んでいた、やつは既に。


「昨日、死んだんです、彼。もうかけてこないで。こっちの気持ちを考えて下さい」


 そう。死んでいたワケだ。


 電話口に出たのは、やつの奥さん。画面に表示された研究所の番号を見て即座に応えたんだろう。死んだと。いや、死んだのはいい。むしろ手間が省けた。しかし、やつはタイムマシンの利権を独占する為に僕をハメたはずなのだ。じゃ、何故……、


 ……肝心のマシンは完成していないんだ?


 ともかく、僕は意味がない電話を切った。


 そして、


 僕だけが残された研究室は水を打ったかのよう静かな空間に変貌する。昨日、やつは死んだ。まるで図ったように僕の出所と合わせて。加えて、タイムマシンは完成していなかった。彼では完成させられなかった。じゃ、誰にハメられたのだ?


 ……一体、誰に?


 そうだ。


 今、考えれば不思議な点が一つだけ在る。


 やつは自分がタイムマシンを完成させる事が出来ないと分かっていた。多分だが。


 だとしたら僕が完成させたあと僕をハメれば良かったはず。


 でもそうしなかった。完成間近とはいえ、完成する前だった。それは何故なのか?


 そして、僕をハメて利益を得る人間とは誰なんだ?


 また頭を抱え込む。力一杯。ワカラナイ。


 ボクは、ダレにオカエシすればイイのだ?


 困惑しまって自然と視線が泳いでしまう。


 泳いだ視線の先、タイムマシンの上に手紙が置いてある事に気づく。


 それは、誰からの手紙なのか分からない。


 それでも困り果ててしまっていた僕はゆっくりと手紙を手に取った。


 ……意を決して開封する。


*****


 僕から、僕へと書き記す。


 君は、共同研究者のやつがタイムマシンの利権を独り占めする為に君をハメたと思っていた。それは、ある意味で間違っていない。言うまでもないが、やつは確かにマシンの利権を独り占めしようとしていた。君が邪魔だった。それも確かだ。


 ただし、彼は、君が考えるより、はるかに酷いやつだった。


 つまり、


 マシンが完成したあと、君を殺そうと画策していたワケだ。


 もちろん、莫大なカネを生む、利権を独り占めする為にだ。


 だから、僕は、それを阻止する必要が在った。たとえ過去の君に辛酸をなめさせて恨まれようとも、そうする必要があった。何故だかは改めて確認するまでもないだろう? でも、まあ、敢えて、万全を期すれば、僕が生き残る為にだ。


 だから一芝居うった。君をハメたワケだ。


 タイムマシンとは彼からの出資を無心する為の詐欺だと刑務所に送り込んだのだ。


 僕が、今、言ってる事の意味が分かるか?


 そうだ。


 ハメたのは実のところ僕自身だったんだ。


 未来にいる僕が、過去の君をハメたんだ。


 つまり、


 命の安全が保証されている刑務所に送り込む事で、やつが企てていた暗殺計画から守ったワケだ。やつでも手を出せない場所へと送り込んでだ。無論、やつが、昨日、死んだ事も偶然ではない。何故ならば、僕は未来から来た君なのだから、


 やつが、死ぬ時期も分かっていたからな。


 やつの命日が昨日だからこそ、その日からさかのぼり、刑期を3年に微調整した、


 とコレで全てだ。


 そうして、ここからが大事なのだが……。


 君も、君から見て過去の君を助けて欲しい。無論、君が助かる為にもだ。その為には、まずタイムマシンを完成させる事だ。完成させる事で過去へと、さかのぼり、僕がした事と同じ事をして欲しい。つまり、過去の君をハメるわけだ。いいね?


 刑期が3年となる詐欺の罪を被せるのだ。


 でっちあげてだ。


 つまり、


 それがお返しだ。


 うむっ。


 もし、お返しする気があるのならば、……この指示に従って欲しい。


 僕が未来の僕の指示に従ったように、だ。


 もちろん僕は過去の僕が、この指示に従ってくれる事を祈っている。


*****


 そして、


 時は今へと戻る。


 過去に行く為のタイムマシンを無事に完成させた今へとだ。


 実験は済んでいる。大成功だった。いや、成功する事は分かっていた。未来の僕が、この僕をハメた事実が在るのだから。ゆえに、このマシンは、ばっちりと狙った過去に行ける。そして、僕は、あの時、あの場所で詐欺罪で逮捕されねばならない。


 たとえ過去の僕に、今の僕が恨まれようとも、絶対に……。


 それが、今の僕に出来る唯一で精一杯のお返しなのだから。


 そして、ゆっくりとマシンに付いてる起動スイッチを押す。


 お返しすべく。その手には、あの僕からの手紙を持ち……。

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