Episode022 お手軽な冒険
…――フム。お前はゲームが嫌いなのか。それにしては珍しい。
目の前には閻魔大王。
今から、俺は、地獄の王であり、裁判官でもある閻魔大王から沙汰を得るわけだ。
生前、波瀾万丈ながらも数々の偉業を成し遂げてきた俺であるが、この瞬間だけは緊張した。無論、悪い事をした覚えはない。いや、むしろ人類が今まで成し遂げる事が出来なかった偉業を実現していた。ゆえに天国に逝けるとは思う。思うが……。
アレがバレてしまえば、もしかしたらとも心配にもなるわけだ。
まあ、努力が嫌いで楽して生きてきた、とバレてしまうからだ。
ゴクリ。
「お前は、どうやら悪魔と出会っているようだな。相違ないか?」
うおっ。
いきなりバレたぞッ!
予想外の展開過ぎる。
どうする? 殺すか?
たとえ閻魔であろうとも殺れるだろう。あの能力さえあればな。
黙ったままで、あれこれと思案していると。
「しかも能力を授けてもらっているようだな。外見は変わらぬが、パラメーターが変化する内面だけの変身能力か。……まあ、内面だけでも変化する以上、変身だな」
しかし、ゲームが嫌いにも拘わらず、なぜに、このような能力に手を出したのか?
しかも、
パラメーターの変化などという能力を得たとは、なんの皮肉か。
と一人で考える閻魔大王を俺はキッと睨む。
そうだ。
俺には無敵とも言える変身能力があるのだ。
目の前にいるのが、たとえ地獄の大王であろうと、その大王に変身すれば、少なくとも戦闘においての実力は互角。ゆえに勝つ事に主眼をおかず、逃げる事に注視すれば目的を達成するのは容易いだろう。……、いや、ちょっと待て。そう言えば。
生前、神に変身しようと考えた事があった。
その時。
そうか。
そうだったな。能力を授けてくれた悪魔を超える力を持つものには変身できない。
そういうルールだった。という事は閻魔大王には変身できない。
まあ、でも、このまま大人しく沙汰を待ったとしても、決して、いいリアクションはもらえない気がする。変身能力がバレているからな。だったらダメもとでワンチャン狙うのが最善手。よかろう。いくぜ、しかと刮目せよ。嵐を呼ぶ俺の変身を。
変身ッ!
喝ッ!?
俺のパラメーターが、徐々に変化していく。
そして、
変身完了と共に頭の中にステータスウインドウが浮かんでくる。
ステータス ********************************
職業:閻魔大王の俺(♂)
年齢:公式には不明。
LV : 952
HP :12085
MP : 75
攻撃力 : 7725
防御力 : 8002
スタミナ: 6992
素早さ : 3362
賢さ :11102
幸運 : 2059
所持スキル:
地獄の沙汰も金次第
真実(プロビデンス)の目。
**************************************
うむ。いきなりステータスを見せられても混乱するだけだろう。
参考までに人類最強と畏れられた人間のステータスを見せよう。
ステータス ********************************
職業:人類最強な俺(♂)
年齢:21歳。
LV : 99
HP : 1552
MP : 112
攻撃力 : 725
防御力 : 722
スタミナ: 689
素早さ : 1026
賢さ : 446
幸運 : 1136
所持スキル:
サバイバル技術全般
武器使用適正
毒耐性【黄金級】
スタミナ消費減少
**************************************
いきなり、しょぼくなったと言われそうだ。
だが、これで人類最強なのだ。むしろ閻魔大王が強すぎると言った方が適確だろう。大体、今の今までレベルは99が限界だと思っていた。それが、952とか出てきやがって、一番、びっくりしているのは、なにを隠そう、この俺なわけだ。
と、ここまではいい。
兎に角、
ステータスに表示された各種能力値を、たった今、手に入れた。
そうして、少し待ってみる。慌てるな、と。
また頭の中にステータスウインドウがポヤっと軽い音を立て浮かび上がってくる。
ステータス ********************************
職業:一般人の俺(♂)
年齢:死亡。
LV : 7
HP : 0
MP : 7
攻撃力 : 9
防御力 : 2
スタミナ: 19
素早さ : 7
賢さ : 2
幸運 : 136
所持スキル:
なし
**************************************
やはりダメだったか。
変身能力に拒否されて元に戻ってしまった。
ダメもとで閻魔ステータスを拝借して変身を完了しようとしたが、やはり、あの悪魔の力を超えるものには変身できなかった。それにしても素の能力が、低い事、低い事。今まで努力が嫌いで怠けて生きてきたからな。まあ、しょうがないわな。
しかし、
要努力とさえ言われそうだ。笑っちゃうぜ。
でも変身能力があれば努力なんて面倒くさい事をする必要なんてなかったからな。
兎に角。
閻魔大王に変身して逃げだそうぜ作戦は見事に失敗したわけだ。
だったら、大人しくも沙汰を待つしかない。
「フム。一瞬、不穏な空気を感じたが、気のせいという事にしておこう。それよりも今は主の沙汰じゃな。……良かろう。では浄玻璃鏡で生前を見るとしようか」
浄玻璃鏡とは、その名の通り、鏡で、審判を下す死人の生前の行いを見れるもの。
確かな。
ゴクリっと息を飲む。
その様を見て閻魔大王は静かに目を閉じる。
そののち浄玻璃鏡にゆっくりと視線を移す。
…――下らねぇ。本当に下らねぇな、これ。
とコントローラーを適当にも投げ出す、俺。
俺が生まれて、そして運命の分水嶺とも言える、あの事件が起こった日まで何事もなく淡々と進んでいったあと、その分岐点に差し掛かった。閻魔大王の右眉尻が微かに上がる。その様を見てしまって焦る。もしかしたらヤバいのか、とだ。
それでも浄玻璃鏡内での時間は進んでゆく。
どうにも俺はゲームというものが苦手だな。……特にRPGというジャンルがな。
いや、苦手というよりは嫌悪感を持っていると言った方が適確か。今、友から面白いからやってみろと無理矢理、貸し付けられた、ありがた迷惑なゲーム機とソフトを前に呆れかえっている。無論、RPGなわけである。天井を見つめて息を吐く。
大体、考えてもみろ。
ゲーム機にソフトをセットして電源を入れるだけで手軽に冒険が出来るなんて出来すぎてる。飽くまで主観だが、冒険とは、辛いもので苦しいものだ。旅なのだから風呂にも入れないし、温かい布団で眠る事もできない。それを分かっているのか?
あまつさえ誰もが簡単に勇者になれ、最後に魔王を倒すなんて出来レースだろう。
まあ、RPGは魔王を倒すものだけではないという意見は、この際、スルーだな。
それは魔王が勇者を倒すという逆な話でも、本質は、まったく変わらないからだ。
加えて、
俺は努力が嫌いだからRPGでのレベル上げが苦痛でしかない。
そうだな。そんなヒマがあれば、どうすれば楽にカネが儲かるかを考えていた方が100倍以上はマシだ。というか、今、嫌いなゲームをやっていたせいなのか、現実逃避へと思考のベクトルが傾いている。ああ、楽して金持ちになれないかとだ。
「どうも」
と、突然、黒いシルクハットを被り、木製のステッキを右手に持った男が現れる。
俺は、今、俺の部屋にいるから、この怪しい男は土足で、いきなり現れたわけだ。
戸惑い、言葉を失う。
このあと、この怪しい男を紳士君と名付け、一悶着あってから彼が悪魔だと知る。
そして、変身能力を授けてもらう事になる。
それらを説明してもいいのだが、大して面白くもない。ゆえに割愛して進めよう。ともかく無償で(※信じられない事なのだが紳士君が言うには変身を授ける行為は奉仕らしい)変身能力をもらった俺は、とりあえずお試しでイケメンに変身する。
変身ッ!
と……。
しかしながら、今、俺が手に入れた変身は、姿形が一切変わらないものであった。
その代わりと言っていいのか、頭の中にステータスウインドウが浮かび上がった。
それが、下記のイケメンステータスとなる。
ステータス ********************************
職業:イケメンの俺(♂)
年齢:18歳。
LV : 12
HP : 22
MP : 45
攻撃力 : 11
防御力 : 9
スタミナ: 36
素早さ : 10
賢さ : 17
幸運 : 26
所持スキル:
スポーツ万能補正
勉学優秀補正
カリスマ【一般】
弁舌適正
**************************************
繰り返すが、変身しても、そのままで、ありのままな俺である。
「今、貴方が得た変身能力は人の内面だけ変えるものとなります」
内面だけだと? それは変身と言えるのか?
「ふむ。どうやら内面だけの変身では不安のようですね。よろしい。外に出てみましょうか。そして周りの人間の反応を見て、それが変身であると確信して下さい」
そして……、紳士君の言う変身でイケメン化した俺は外出する。
これは、とても不思議だったのだが、一切、姿形が変わっていないというのに行き交う女達、すべからくが俺に熱い視線をおくってきた。無論、それはカップルも例外ではなく、カップルの片割れである、女性の視線が俺に釘付けとなっていた。
多分に、内面から、にじみ出る魅力とは、こういう事を言うのかと妙に納得した。
それどころか男の俺に男からの熱い視線も集中してしまったがゆえ、恐くなった。
ケツ筋がキュッと音を立て強く強く締まる。
男からもかよと、思った以上にイケメン化していると確信する。
ゆえに確かに変身したのだと考えを改めた。
そして、変身を解く。
いくらか惜しい気もしたがモテたいならば何も単なるイケメンじゃなくてもいい。
別の者に変身した方が合理的で、且つ、男から襲われる心配もないだろうからな。
兎も角。
それよりも、本当にリスクはないのかと変身を解いたあと、体をくまなく調べる。
とりあえずだが体に変化はない。息切れや疲労感さえ感じない。
まあ、変身の後遺症で知らぬ間に寿命が取られたとして、それを、どう悟るのかは分からない。だから、ここから先は紳士君の言葉を信じるしかない。寿命は取られていないと。奉仕の精神で変身能力を与えに来てくれたとだ。まあ、都合がいいが。
それでも、もはやリスクの件は、信じられるか信じられないかいう話に過ぎない。
いや、ここまで来てしまったら信じるよりほかに道はないのだ。
試しに変身してみて、どうしても変身能力を手に入れたい願ってしまったが為に。
そうなのだ。この能力を入手してしまえば、あとの人生はイージーモードだろう。
お金が欲しいと思えば、何らかの成功者に変身し、その何らかを行えばいい。女にモテたいならば、そのままカネを手に入れ、ばらまけばいい。いや、それどころか、カリスマ独裁者にでも変身して選挙に出馬すれば果ては世界征服だって夢じゃない。
イージーモードどころか、全てが思うがままだ。……地位も名誉も富も全てがな。
だからこそ、俺は紳士君の言葉を信じてリスクはないと断じて契約する事とした。
奉仕であるから、無論、契約書などない。単なる口約束で契約が成立した。そして俺の変身人生が幕を開けた。ただ、まずは変身に慣れるという意味で本命には変身せず、売れっ子の芸人になった。焦って、変身と、口から漏らしてしまいながら。
ステータス ********************************
職業:売れっ子な芸能人の俺(♂)
年齢:27歳。
LV : 42
HP : 89
MP : 112
攻撃力 : 9
防御力 : 82
スタミナ: 56
素早さ : 39
賢さ : 77
幸運 : 226
所持スキル:
フリートーク力【黄金級】
アドリブ【銀級+】
不眠不休適正
カリスマ補正
メンタル強化
**************************************
これが、
芸人のステータスだ。
このステータスを持ち、お笑い養成所に入所。養成所のやつら、講師を含め、その全てを大爆笑させる。そうしてツテを作った上で、お笑いコンテストを総なめ。すべからく優勝したわけだ。所属事務所も決まり、ローカルから全国区に成り上がる。
まあ、何事もなく平穏に最強なる売れっ子芸人と成ったわけだ。
一般人から言わせれば、劇的な人生であるから、平穏という言葉は似合わないが。
兎も角。
この時点で努力もせず、楽にカネも地位も名誉も手に入れたわけだが、まだまだ、ほんの序章に過ぎない。俺という変身人生のな。芸人として楽しく過ごしたあと内面だけの変身に慣れたと感じた俺は大本命であるカリスマ独裁者に変身する。
変身ッ!
と……。
ステータス ********************************
職業:カリスマ独裁者の俺(♂)
年齢:48歳。
LV : 102
HP : 196
MP : 172
攻撃力 : 77
防御力 : 116
スタミナ: 205
素早さ : 113
賢さ : 336
幸運 : 726
所持スキル:
弁舌【黄金級】
演説演出【黄金級】
不眠不休適正
カリスマの神
メンタル強化
不屈適正
一喝の極み
**************************************
この神がかったステータスを見た時、驚いて、ため息が漏れた。
売れっ子芸人時代、遊びで様々な者に変身してみたのだが、どれもこれも、このステータスを超えるものはなかった。むしろ、このステータスが人間離れし過ぎているだけで他のステータスも目を見張るものがあったわけなのだが。ともかく、だ。
俺は神ステータスを手に入れ、選挙に出馬。
芸人としての知名度もあったし、何よりもステータスが俺を政治の表舞台に引っ張り上げる。所属する党を自分で作り、党首になり、トントン拍子で、その党が与党第一党となる。そののち国家の最高位である総理大臣に昇進。この間、三年ほど。
そして、……総理大臣から独裁を基本とした大統領に転身する。
憲法を廃止して新しい憲法を発布する事で。
俺が所属する国は目論み通り独裁国家へと生まれ変わったのだ。
無論、それを成すだけのステータス値は在ったし、スキルも在った。いや、裏を返せば、それが出来なければ変身能力は張り子の虎だとしか言えない。ゆえに、なんの問題もなく、まったく努力もする事なく、苦痛も感じる事なく、国家を掌握した。
そして、
世界征服に踏み出す。
軍事力を強化してから、核開発を達成したのち、隣国へと侵攻。
長い間、大きな戦争がなかった世界は脆かった。隣国も隣国の隣国も遠き大国ですら隙だらけで(※変身後のステータスやスキルによって隙が見えたとも言えるが)、楽々と大半の国の占領を完了。残った十数ヶ国も我が国を畏れて、こぞって恭順。
ここまでで七年余り。
そして今日という日。
俺は統一した世界でのトップとして演説を行う事となっている。
「うむッ。これで、ようやく全てが手中に収まった。まさに変身能力さまさまだな」
努力らしい努力もせず、変身頼りで、だな。
誰もいない執務室で独りごちる。感慨深く。
俺の時代がきたのだ。
と……。
そして、
独裁者のお次は神だと変身を試みるが、とても残念な事に、神にはなれなかった。
多分にだが、あの怪しい紳士君(悪魔)の力を超えるものには、なれないらしい。
だから、神になるのは諦めて、長い間、地球の王として世界のトップに君臨した。
それは永い時だった。その間中、地球を治め(※実際には部下に治めさせ)、好き勝手やって愉しんだわけだ。しかし、いくら変身能力が在るとは言えど不老不死ではない。寿命が尽きる。こうして楽してウハウハな人生が、ゆるりと幕を閉じた。
変身能力を手に入れた男の人生、ここに完。
うむ。……なるほど。
閻魔大王が、天井を見つめて一つ息を吐く。
件の奉仕悪魔の狙いは、これだったのだな。
「では改めて聞こうか。主はゲームが嫌いだったな。特にRPGというジャンルが嫌いだったのであろう。では、一体、何故、このような変身能力を手に入れた?」
静かにも落ち着いた口調で淡々と紡ぎ出す。
言葉の端々に呆れたという感情が見え隠れして吐きそうになる。
圧が、半端ないのだ。
つまり、
ステータスの事を言っているのだろう。手に入れた変身能力がステータス変化であったからこそステータス絡みでゲームの話題を持ち出したわけだ。ただ、それが分かったとして、どんな受け答えが良いのか分からない。視線が揺れる。左右上下。
いや、ここは正直に応えるのが、吉だろう。
別に悪い事をしたわけじゃない。単にラッキーで紳士君と出会って変身能力をもらったに過ぎない。それに変身能力を手に入れれば、それが、たとえ俺じゃなかったとしても同じ道を辿るのは自明の理だろう。だったらウソなどつく必要もない。
「楽して努力もせず、楽しい波瀾万丈なる激動人生を送りたかったからです。はい」
思わず、最後に、はいと言ってしまったが、多分、これで良い。
「そうか」
と一言で、黙る大王。
いくらかの間、沈黙が静かに入場してくる。
重苦しい雰囲気になり、俺も黙るしかない。
永遠とも思えるほど永い時間、押し黙っていた閻魔大王が、ゆっくりと口を開く。
「でもな。……魔王(独裁者)となって、勇者(世界)を倒しにいったのであろう」
無論、ゲームのそれとは立場が逆であるが。
しかし、
「……主の人生が、まるで主が嫌っているゲームに見えるのだ。ゲーム機にソフトをセットして(※変身して)、お手軽に冒険できる、それではないかと思うわけだ」
ファンタジー世界での英雄譚ではなく現実での偉人伝という違いはあるのだがな。
つまり、
件の悪魔は、主が嫌いなゲームをなぞらせる事で、主の人生を冒涜したわけだな。
ふうむ。
と閻魔大王は敢えて大事な事を隠して言う。
あ、確かに。気づかなかった。盲点だった。
ゲームじゃん。俺の人生って……。マジか。
「まあ、それは良い。それよりも沙汰を下そうか。とりあえず努力が足りんな。ゆえにステータスを考え得る限り最低にして、もう一度、別人として人生をやり直せ」
もちろん変身能力は没収する。その上で底辺から始めるわけだ。
次は、苦しくも辛い人生になるやもしれぬ。
しかしながら、努力を怠らねば、きっと光は見えてくるだろう。
良いな。
と厳かなる閻魔大王の声が遠くで聞こえた。
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