Episode021 鉄腕な新技術

 …――今、走り出す、新技術。ここから始める未来ある希望。


 ここは、とある駅の構内。


 鉄道ファンが大挙して押し寄せて、すし詰め状態。


 その駅に、ゆっくり三両編成の電車が入ってくる。


「おお。来た。来たぞッ!」


 一人の鉄道ファンが歓喜してスマホで写真を撮る。


 写真のできを確認したあと、ここに来られなかった別のファンに向けて画像送信を試みる。が、どうやら件のスマホは借り物であったらしく、連絡先が分からない。残念、無念、ゴメンと諦める。昔は、沢山の連絡先を暗記できてたんだけどな、と。


 兎に角、


 今、ここで、一体、何が起こっているのかという話にもなる。


 いや、実に単純な話である。新技術の、お披露目会なわけだ。


 そして、その新技術が、夢ある未来に颯爽と走り出すわけだ。


 つまり、


 自動運転システムでの運行がされた電車が運行を終え、ここに入ってきたわけだ。


 無論、部分的にはではなく、自動運転システムで最初から最後まで運行されたのだ。世界初の快挙。だからこそ、走り出した新技術の成果を、ひと目見ようと鉄道ファンが大勢、ここに押し寄せたわけだ。当然、マスコミも、それに含まれた。


 次の日のニュースでは自動運転の監視と管理を行った運転手が英雄扱いになった。


 敢えて確認するまでもないが、いくら自動運転システムのAIが完璧なものとはいえど、不測の事態は起こりえる。ゆえに、それが、たとえ億分の一であろうと可能性がある限り、人間を運転席に座らせる必要がある。不測の事態を回避する為。


 その役を担ったのが、件の英雄として扱われた運転手である。


 彼はベテランの運転手で十年近く運転をしてきた猛者であり、加えて、初となる自動運転システムを最前列で目の当たりにした人間である。だから、その発言に世間が注目した。彼は言った。力強く雄弁に。自動運転システムは完璧なものです、と。


 その発言に鉄道ファンは大いに喜んだ。


 これから鉄道の新時代が来る、明るい未来の幕開けだ、とだ。


 それから一年経った、ある日の運転席。


 自動運転システムでの運行を行う電車の現場での監視と管理を行う運転手が笑む。


 システムが誇らしく、鋭い目つきで前を見据え背筋を伸ばす。


「全てよし。何も問題なし」


 システムチェックの後、落ち着いて、確認の為、独りごちる。


 それは、


 ……二年先の春まで続く。


 いや、裏を返せば二年目の春に崩れる。


 人は慣れる生き物で、自動運転が当たり前と化す。さしたる問題も起こらない為、つまらなくなる、あの運転手。時には欠伸さえも。いや、問題さえ起こらなければ何もする事がないのだから、ある意味で拷問とも呼べるもので仕方がない。


 うつらうつらとして、ダメだ、気合いを入れろ、と頬を叩く。


 そして、それからまた何年かして……。


 ちょんまげは明治期に発布された廃刀令と共に廃れていった。現代でも趣味で結う人間はいるにはいる。が、基本的には、どうやって結うのかすら分からない者が大半である。ちなみに明治36年頃まで結っていた人間はいたのだが、それが……。


 今、現在、絶滅に瀕している最後のちょんまげニストである。


 民米書房、知らされざるちょんまげの奇跡なる軌跡より抜粋。


 ふあぁ。


 どうやら件の運転手は本を読んでいるらしい。怪しい本だが。


 ともかく自動運転の監視と管理を担う彼が本を読んでいてはと思われよう。しかしながら裏を返せば本を読んでいても問題がないほどに自動運転システムは完璧ものだったのだ。むしろ眠気を誘う見張りという任務に対して本は特効薬ともなる。


 退屈な時間を活字で埋め尽くすという行為で、だ。


 無論、本を読めば逆に眠くなるという人間もいる。その場合は携帯ゲーム機を持ち込んだり、スマホでSNSを愉しむものもいた。言うまでもないが、これらは全て眠気対策である。もちろん会社には隠しているが暗黙の了解となっている。


 それだけ自動運転は完璧で、不測の事態など起こりえないという良い証拠だった。


 無論、今となってはJRを始め、私鉄全線に自動運転システムは導入されていた。


 つまり、


 人間が運転する電車は、もはや、この世にはない。


 そうなってから、とても長い時間すら経っていた。


 そして、


 走り出した新技術は、いつしかスタンダードとなり、当たり前になった。結果、電車の運転手という仕事は退屈と戦うものになったのだ。それこそ皆が夢見た明るい未来の正体だったわけだ。いや、正体だったわけだとは、いくらかの語弊があるか。


 スタートラインだったといった方が正確であろう。


 その正体はゆっくりと走り出して加速していった。


 それからまた幾年か経つ。


 件の運転手も定年が近づき、運転席で本を読み続ける生活から解放されるわけだ。


 今、タイタニック号の悲劇という題名の本を彼は読んでいる。


 船が沈没するなんて、想像もつかない。


 現代の造船技術は、その程度のものではないのだ。


 と言い放ったのは、かの有名なタイタニック号の船長である。


 実は、この言葉、言えて妙なんだよな。


 なんとなくだが、そう思ってしまう彼。


 つまり、


 自動運転システムは、技術的には完璧で、ここまで間違いも起こさず運行し続けてきたわけであるが、低確率ながらも確実に不測の事態が起こり得るのだ。ゆえに人間が監視と管理を行ってきたわけだ。しかし、今、その安全弁が緩んでいる。


 ふあぁ。


 と本から目を離して前方に視線を移す。


 まあ、難しい事は、この際、いいかな。


「全てよし。何も問題なし」


 そして、何事もなく一日の勤務を無事に終えて家路へとつく。


 しかし、


 家に着き、冷たいビールと共に夕食を胃に収めていた時、驚きで目を疑うニュースが飛び込んできた。添え物の枝豆を手から落とす。自動運転で運行されていた電車が大事故を起こしたのだ。死者117名余り。負傷者詳細不明という大事故。


 彼は思った。明日は荒れるぞ、と……。


 案の定。


 次の日、彼が所属する会社のお偉いさんが集まり会議を開いた。また次の日、前日に出した回答を持ちより、他の鉄道各社のお偉いさんも集まった首脳会談が行われた。無論、このまま自動運転システムで運行し続けるべきなのかという議題でだ。


 極当たり前な事なのだが。


 今更、システムを変えれば莫大な出費は免れない。


 しかし、


 人々は自動運転システムを信用しなくなっている。


 たった一度の事故で、だ。


 しかも億分の一という低確率で起こる事態によってだったからこそ揉めに揉めた。


 いや、その言い分は鉄道事業を営む企業側からの利益重視目線での話でしかない。


 利用者側から言わせれば、戦後最大級とも言える鉄道事故が起こり、多数の人間が亡くなり、負傷したのだ。だからこそ早急に対処して欲しいと願うのは当然の権利である。ゆえに利益重視と安全重視で意見が真っ二つに割れ、揉めたわけである。


 答えが出ない。いや、答えなど出したくない各企業のトップ。


 しかし、


 ここで自動運転システムの安全性を訴えてから、それを継続するという事は……。


 また、このような事故が起こる可能性を受け入れてくれと強要するようなもの。二度と起こらないよう強固な対策を施したとしても、やっている事は我慢しろと言ってるに代わりがない。ゆえに論点としては利用者が受け入れてくれるかどうかである。


 しかし、


 今回ばかりは、どうにもならなかった。


 過去にあった、あの事故とは違ってだ。


 鉄道会社各社の意見をまとめたものが世間一般に出回るよりも先にデモが起きた。


 自動運転システムの完全廃止を求める市民デモだ。しかも燃え盛る火は日本各地に飛び火。主要都市のほぼ全てで自動運転廃止と声高々に唱えられた。これには鉄道各社のお偉いさんは参った。頭を痛め、遂には自動運転システムの完全廃止を決定。


 やはり、そうなったか、と件の運転手は襟を正す。


 そして、


 自動運転システムの完全な廃止が決まって数日後。


 とある駅構内へと大挙して押し寄せる鉄道ファン。


 その駅に、ゆっくり三両編成の電車が入ってくる。


 最後の自動運転システムでの運行を、ここまでに。


「おお。来た。来たぞッ!」


 そうして、歓喜する人々。


 今度は温故知新なる鉄道が、今、まさに走り出しそうとする瞬間だったからこそ。


 この場にも呼ばれていた件の運転手は静かに思う。


 そうだ。


 これからの電車は人間がしっかりと運転するのだ。


 それこそが正統進化。間違いない。間違いを起こして反省したから妥当な結論だ。


 ただし、


 誰が、その時代の幕開けを宣言するのだろうかと。


 つまり、


 再び電車の運転が人間に戻ってきて初めての運転は誰がするのかと心配したのだ。


 フッと軽く肩が叩かれる。


 ポンッ。


 驚きを隠せない顔つきで目を皿のよう丸くする彼。


 首を曲げ、声がした背後にゆっくりと視線を移す。


「じゃ、また栄誉をあげよう。君が、温故知新なる電車での初の運転手になるんだ」


 僕……?


 自動運転が導入されて初の運転手になった彼が選ばれたのだ。逆も、また彼が初となれば話題にも事欠かない事となるだろうと踏んでだ。暗転した鉄道業界に対して明るい話題にもなり得るといった厭らしくも的外れな計算があったのだろう。


 だからこそ、また彼が選ばれたわけだ。


「ちょ、ちょっと待って下さいよ。ちょっとだけ待って下さい」


「ううん? 遠慮しているのかね? 大丈夫、君ならば出来る」


「いや、そういう話じゃなくて、ですね」


「ああ。そうか。君は定年間近だったね。だから手柄を若いものに譲りたいというのかね。なんと殊勝な心がけよ。でも大丈夫だ。若いものには若いものの立場で……」


 だから、そういう事じゃなくてですね。


 とも口に出す前に、有無を言わさず運転席にあるドアの前に引きずり出される彼。


 だから!


 だから!


 本当に待って下さいよ。無理ですから。


 とも口に出せないような重苦しい圧で、運転席に詰め込もうとする、お偉いさん。


「ホホホ。大丈夫だよ。君ならば出来る。自分を信じて。さあ」


「だから運転できないんですってば。運転しなくなって、もう長い時間、経ってますから。どうやって運転していたのかさえも分からないんです。ごめんなさい」


 もちろん、多分に、他の運転手たちも。


 えっ!?


「運転できないだって。それは本当か?」


 と途端、お偉いさんの顔が青くなった。


 そうして集められた他の運転手の顔をぐるりと一気に見渡す。


 皆、右手のひらを広げて、ひらを左に向け、手を左右に振る。


 一様に。


 力強く。


 無理ッ!


 と……。


 そんな内部事情など知らない平和な鉄道ファンが歓喜して、スマホで写真を撮る。


 よしっ!


 写真のできを確認したあと、今回、ここに来られなかった別のファンに向けて画像送信を試みる。が、前回と同じくスマホは借り物であったから連絡先が分からず、残念、ごめん、と諦める。うむむ。昔は沢山の連絡先を暗記していたんだけど、と。


 ボリボリと後ろ頭を乱暴にかきしだき。

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