Episode020 ひとでなし

 もう少しだけ……、いいかな?


 ああ、あと少しだけならばな。


 これは彼女との別れが近づいた時の悲しい会話。


 この後、彼女は死ぬのだ。俺の手にかかってな。


 だが、俺は知っていた。こうなる事は最初から。


 何故ならば俺が俺であり、彼女が彼女であるからこそ、そういった結末になるのは始めの始めから理解(わか)っていたんだ。もはや運命だとも言えるし、予定調和だったのだとさえも言える。さて、どこから話そうか。そうだな。始まりは……、


 俺が、間抜けにも死んだ所からでいいだろうか。


 どうやって死んだのかは、恥部を晒すようなものだから詳細だけは勘弁してくれ。


 兎も角、


 俺は死んだ。そして、そののち彼女と出会った。


 確かに、死んだにも拘わらず。


 いや、むしろ死んだからこそ彼女と出会ったとも言えるだろうか。


 神という存在が、この世に在ると知り、その神が、俺と彼女を巡り合わせたのだ。


 始めは、歓喜したよ。彼女が在る、この世界の存在を知ってだな。


 自分という人間が強くなった気にもなったし、実際に強くなっていたからこそだ。


 それは死を経験してメンタルが強くなったという意味も含め、あらゆる意味で俺は強さというものを、この時、初めて手にした。そして、運命は巡り巡って俺と彼女の出会いというものを実現する。彼女を初めて目にした時、強く、こう思ったよ。


 嗚呼ッ、女の子だったんだ、キミは……、とな。


 もちろん、嗚呼という表現を使った通り、……俺は後悔している。


 こんな結果になるのならば初めから出会わなければ良かった、と。


 そのまま素直に死んでいれば良かったと、だな。


 兎に角、


 彼女と出会ったあと、俺は、直ぐに、ためらわずに襲いかかった。


 そうする事が正しいと思っていたし、彼女は、この世に在ってはならない存在だと聞かされていたからこそだ。無論、襲いかかるとは性的な意味でではない。ストレートに殺しにかかったという事。繰り返すが、殺す事が正義だと信じていたから。


 当然だが、彼女とて俺に黙って殺される事を良しとはしなかった。


 ゆえ、長い時間、俺たちは、死闘を繰り広げた。


 それはもう、後世へと語り継がれる伝説になるとも言えるほどの戦いぶりだった。


 それを、ここに詳しく記しても良いが、俺と彼女の物語を語る上で必要とは思えないから激しくも苦しい殺し合いだったとだけ。そして彼女との喧嘩とも言える死闘が終わった。二人とも精も根も尽き果て倒れ込む。そして彼女から、こう言われた。


 あたし、友達がいなかったの。誰も。……一切。


 そうか。


 とだけ答えたよ。いや、そうとしか答えられなかったんだ。俺は。


 なんだか、彼女が深い悲しみを抱えているような気がしたからだ。


 そして、彼女は、ゆっくり静かに淡々と続けた。


 あたしと、これだけ戦えたのは貴方だけ。凄い。ねぇ、友達になってくれるかな?


 どうやら彼女が言うには自分は世界から拒絶されており、同じ民族である仲間ですらも畏敬の念をもたれて避けられていたらしい。だからこそ友達という存在に憧れていて、俺を認めたからこそ友達になりたいと勇気を出したとの事だった。


 その時、多分だが、俺の頬は緩み笑ったと思う。


 そして、


 ……こう答えたよ。


 男の世界では拳を交えたら、もう友達だ、とな。


 無論、俺と彼女の死闘は拳を交えたなどという生やさしいものではなかったが、それでも俺には、もはや彼女が理解すべき強敵(とも)にしか思えなかったのだ。そして、仰向けに倒れたまま右手を差し出した。彼女は無言で右手を握ってくれた。


 一生、友達でいようね。ズッ友っていうのかな?


 ねぇ? いいよね?


 彼女は満面の笑みを浮かべて、この上ないほどまでに喜んでいた。


 それだけ、長い間、ずっと独りぼっちで苦しんでいたのだという良い証拠だった。


 俺は、その苦しみが少しだけでも和らぐならばと微笑み返したよ。


 ああ、それでいい。


 と……。


 いや、今となっては、そんな無責任な事を答えた自分が恨めしい。


 ズッ友。


 一生、友達だょ。その言葉が妙にもの悲しいのだが、俺は約束を守ったつもりだ。


 何故ならば、彼女を殺したのは俺だから。彼女の一生を閉じたのは俺だったのだから。その瞬間まで俺と彼女は友達であったのだから。そうだな。もし女の喜びというものが在るならば出来れば教えてやりたかった。単なる友ではなく彼女としてだ。


 それも、もはや後の祭りでしかないのだが……。


 俺が、彼女の命を刈り取ろうとした、その瞬間、彼女は柔らかく微笑み、言った。


 キミに殺されるなら本望だよ。でも、もうすこしだけ、いいかな?


 俺の双眼から、溢れそうなものを堪えて答える。


 不覚にも命の灯火を消し去る手を止めてしまう。


 そして、


 ああ、あと少しだけならばな。


 と答えた冒頭に繋がるわけだ。


 彼女は嬉しいと微笑み続ける。


 最後に言いたいの。聞いてね。


 ああ、聞くよ。キミからの言葉ならば尚更にだ。


 フフフ。やっぱり、キミは優しいね。あたしの友達だけはあるわ。


 あたしは分かってるの。キミはキミだから、あたしを倒す(殺す)のは宿命だって。そうよ。キミがあたしを倒さなければ世界は平和にならない。いえ、あたしを殺さず、物理的には平和にしても、キミを信じる善良な民衆は決して納得しない。


 もちろん、あたしが所属するこことて、あたしが死ななければ決して止まらない。


 あたしが生きている以上、キミの国と争い続けるわ。分かってる。


 だから、


 あたしを殺して初めてキミの国に平和が訪れるという事も。とても悲しいけどさ。


 俺は、思わず、もう少しだけという言葉を無碍にしそうにもなる。


 もう、しゃべるな。頼むから。


 と、彼女を殺そうと動き出す。


 そうなのだ。俺には、もはや耐えきれないのだ。この哀しみにだ。


 それでも、また動けなくなる。


 彼女の優しい笑みを目にしてしまうと余計にだ。


 フフフ。


 ゴメンね。でも、もう少しだけだから言いたい。しゃべりたいの。


 キミに……、聞いて欲しいの。


 もう聞きたくない。ごめん。本当に限界なんだ。キミを殺す事が、できなくなる。


 彼女は力なく笑う。空しくも。


 もう少しだけ。あと少しだけ。


 と……。


 ダメよ。


 キミは、あたしを殺さないと。


 その上で聞いて欲しいの。キミは、異世界から来た転生者でしょ?


 元の世界で死んで転生した人。神様の手違いで殺され、この世界に来た。神様から何らかの力をもらい勇者として魔王を倒す(殺す)べく、この世界へと召喚された。だからこそだよ。だからこそ、キミは、あたしを、殺さなくちゃならない。


 でないと運命の調律から弾かれる。弾かれれば、キミが消え去る事になるんだよ?


 運命を修正する為。それも分かってるの。だからキミに殺されたいの。あたしは。


 キミには消えて欲しくないから。友達だから消えて欲しくないの。


 だから。


 だから、もう黙れ。俺も分かってるんだよ。分かってるんだッ!?


 キミは優しいからキミはいい人だから、だから迷うんだよ。迷いを断ち切ってッ!


 ちっくしょう。ちくしょう。ちくしょうゥッ!?


 分かってるんだよ。俺だって分かってるんだッ!


 クソタッレがッ! クソがッ!


 ……俺は、間抜けな理由で死に単にラッキーをもらって転生した凡人にすぎない。


 いや、それどころか、ひとでなしだ。ひとでなしでしかない。少なくとも勇者なんかじゃない。もう少しだけ、と言った友達を、この手にかけたのだから。一生を刈り取ってまで約束を守りたかったのだから。ズッ友でいたかったのだから……。


 その果てで、地位、富、名声、全てを与えようと救った世界の指導者に言われた。


 ……そんなものなどいらない。


 俺が心底から欲しいと思うものは友達だけ……。


 彼女(魔王)という心の友だけだったのだから。


 ズッ友だょ。一生の友達ねッ。


 と虚空から聞こえた気がした。


 俺は、何もかもが空しいと自分のひとでなしさを呪った。もう会えない友を想い。


 ああ、ズッ友だ。お前はなッ。


 と……。


 そして、


 俺は俺の願いで、元の世界に帰れる事となった。


 彼女がいた、いや、俺が彼女を殺した、この世界に在る事に吐き気をもよおしたからだ。そして戻ってゆく。そこへ。光りと祝福に包まれた何とも表現しにくい幸福感に包まれ。その時、神様が笑った気がした。加えて、小さな声で何かを言った。


 転生は何もお前のいた世界から異世界だけではないのだぞ。その逆もあるのじゃ。


 まあ、ご褒美じゃ。地位、富、名声などとは比べるにも値しないソレじゃからな。


 ホホホ。


 と……。


 光りのトンネルを抜けた、その先には微笑む女の子の姿が見えた。

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