Episode019 共有しよッ!
…――僕は昔を懐かしみます。
静かに佇み、この気持ちを共有したいと願います。
とても不思議な味で、その味がクセになるポテチを食べながら。
パリと。
そうですね。なにから話しましょうか。ええっと?
僕には、愛する人がいます。その人は、もう地球にはいません。
性格がくせ者で、付き合っているとクセになる感じの人でした。
そうですね。ある日、その愛する彼女から衝撃的にも程がある告白をされてしまいます。10年近く付き合って初めて知る数々の事実をです。とても信じられないような事の告げられてしまうのです。返事に困るような、そんな感じなものです。
けども、
暴露される少しだけ前から話し始めた方が、色んな意味で良さそうにも思えます。
そうですね。そうしましょう。
その日は、数日前にプロポーズを決めて返事を待っているドキドキな状態でした。
もちろん、愛する彼女へのプロポーズなわけです。
そして、何気なく、いつも買い物をするスーパーに行きました。
もちろん食べ物や消耗品を買う為。馴染みのお店ですから、どこに何があるのか把握しています。なので、さほど時間は、かかりません。あとは、お菓子コーナーを横切ってレジに向かうだけ。さあ、早く帰ろう、と早足でレジへと急ぎます。
「あれ?」
と驚いて、思わず、ひとり言。
そうなのです。お菓子コーナーにあり得ない物が在ったのです。
つまり、限定味のレアポテチを発見したわけです。
そのポテチはレアと呼ぶに相応しいもので、買う事はもちろん、商品として置いてあるのを見たものすらいない四次元的な物です。存在すらもあやふやな代物だったという事です。まさか買える時がくるなどとは露ほどにも思っていませんでした。
無論、念の為に周りを確認して安全確保ののち、レアポテトを買い物かごの中へ。
かごの中に入れたあと何故だかビクビクして会計を済ましてスーパーを出ました。
出たあとスマホをポケットから取り出してレアポテチをパチリ。
写真を撮って、共有する為に。
もちろん、愛する彼女とです。
レアポテトの画像を添付してメッセージを送ると直ぐさま返事が返ってきました。
苦笑いでしょうか。スタンプだけなのですが困ったような熊の顔が印象的でした。
僕は思います。自分が先に手に入れたかったレアポテチを僕が先に手に入れた事が気に入らなかったのか、それとも、そもそもレアポテチに興味がなかったのか、などと、少々、困惑しました。そして、ともかく帰ろうと自宅へと足を向けました。
と、続けて返事がありました。
大事な話がしたいからさ。これから呑みに行かない? とです。
その時はヒマでした。次の日もお休みです。なにより彼女から大事な話があると言われては断れませんでした。多分、プロポーズの応えだと悟ったからです。また心臓が高鳴って息苦しくなりました。でも応えが聞けると思うと勇気も湧きました。
ダメならダメでいいさ、とばかりにやけっぱちにもなりました。
しかし、
多分ですが、限定味のポテチを手に入れられた幸運が、背中を押したのでしょう。
運は、僕に向いてきていると。
ダメなわけがないじゃないかとです。……、まあ、都合のいい解釈なのですがね。
だって、
僕は、いまだに彼女の家に行った事がないのです。
一人暮らしな彼女に家に行きたいと告げると決まって、はぐらかされていたわけです。結婚しようとする女性の家に行った事がないというのは、いささかどころか、半端ない不安を誘います。やっぱり自分は信用されていないのかと、ですね。
それでも、そんな些末な問題は結婚の話を具体的にしてから考えても遅くはない。
と心を決めて買い物袋の中からポテチの袋をつまみ上げました。
うんっと心を決めます。でも。
ポテチを見ます。見つめます。
いや、運は向いてきている。大丈夫だ。覚悟を決めろ、僕、と。
そして、
待ち合わせをした居酒屋へと着きます。あのポテチを手にして。
案内された個室の席には、すでに彼女がいました。
「遅かったね。あたしの分は、もう注文したよ。まずは呑もうよ」
話は、それからでもいいよね。
と、言われて、うなづきます。
ただ彼女はどこかよそよそしくて焦りすらも見えます。やっぱり返事がもらえるのだろうと感じました。注文を済ましてから飲み会が始まりました。僕と彼女の二人でだけの飲み会です。お酒も入ってきて、ほろ酔い気分で緊張もほぐれてきます。
そうして、飲み会が中盤にさしかかった頃、彼女が意を決したよう口を開きます。
「あのね」
と言いにくそうにぽつりぽつりと切り出しました。
僕は持ってきた限定味のポテチを一つ口に放り込み、静かに、その時を待ちます。
パリと。
審判の時を、ただ静かにです。
ドキドキとして苦しくも幸せを感じる瞬間でした。
一つ、大きく息をのみました。
「最近、20(ニジュウ)ってアイドルが大人気なの知ってる?」
あれれ?
僕が期待していた答えとは、とても縁遠い謎ワードが彼女から吐き出されました。
いや、恥ずかしいからこそ雑談で誤魔化しつつ、しれっとという感じでしょうか。
そう思いました。だから知ってるよ、と応えます。
「あの子、あたしがプロデュースしたの。いや、正確にはVTuber的なものなんだけど、言ってる意味分かるかな。ぶっちゃけると20の中の人って、あたしなの」
中の人ときましたか。もちろん、信じられません。
彼女曰く、中の人とは、件の20を使って地球の思想を平和的に操る計画の一端なのだそうです。言ってる意味が、いまいち分かりません。なぜ、彼女が思想を操る必要があるのか、そこがどうしても分からなかったのです。眉尻を下げてしまいます。
レモンサワーが注がれたジョッキを片手に持って、一口だけ、喉に流し込みます。
彼女にも、こんな妄想癖があったのかと、新たな一面を垣間見た気にもなります。
大体、10年近く、彼女と付き合っているのです。
20の中の人だって気づかないわけがありません。
もし、これが事実ならばSNSで拡散して自慢したいくらいです。なにせ今現在、大人気なアイドルの中の人が、彼女だったんですからね。不特定多数の誰かと共有したくなる気持ち、分かりますよね。それほどまでにあり得ない話なわけです。
ポテチを袋の中から取り出して口に放り込みます。
ポリと。
「ふぅん」
と、興味がないとの意思表示の言葉を漏らすつつ。
それよりもプロポーズの返事が早く聞きたい、と。
と、ニュース速報が、個室に漏れ伝わってきます。
外に置かれたTVからのものです。聞く気などなかったのですが、音量が大きいのか、勝手に耳に入ってきます。どうやら、今、世間を騒がしている怪盗ランマなる人物が、また何かをやったようです。彼女がVTuberなほど興味がありませんが。
なにやら骨董品が盗まれ……、
どうやら、今回の被害額総額は5億円のようです。
庶民な僕には驚くよりも実感が湧かない金額です。
「ふふふ」
と意味深にも彼女は笑います。
「あの怪盗ランマってやつ、実はあたしなの。今回は柿右衛門様式の壺を盗んだわ」
ああ、さいですか。と、またレモンサワーを喉に流し込みます。
そのあと、お決まりのコースとばかりにポテチを一つ口の中へ。
パリと。
ニュースが、静かに告げます。
「今回、被害にあったのは柿右衛門様式の壺で、時価総額で5億円の品となります」
マジでしょうか。マジなのでしょうか。とても信じられません。
なぜ彼女は怪盗ランマが盗んだ物を柿右衛門様式の壺と知っていたのでしょうか。
いやいや、たまたまでしょう。
大人気なアイドルの20の中の人で世間を騒がす怪盗ランマと、彼女は、そう言っているわけですから。到底、信じられません。北米大陸が大地震に襲われ、大津波によって一夜で海の底に沈んでしまうと忠告されても信じる事ができないように。
「やっぱり、信じてもらえないのね。まあ、でも分かってたけど」
と彼女は自分の梅サワーをグビっと音を立てて、飲み干します。
なにか吹っ切ったような感じでです。ドキッと一つ心臓が高鳴り弱気になります。
そして、
手持ち無沙汰で、また、クセになるポテチを一枚だけ食べます。
ポリと。
ただし、
思うのですが、もはや限定ポテチなど名店のラーメンに対してのカップ麺の如し。
大量生産されて巷に溢れるカップ焼きそばとも言えるでしょう。
それほどまで信じられないような事実を暴露されたのですから。
なんだか、空しくもなります。
パリと。
やっぱり信用されていないんじゃないのだろうかと、また弱気にもなってきます。
「そうね。今、そのポテチも、あたしがプロデュースしたと言っても信じてもらえないんだろうね。だったらさ。あたしの家に来る? 全部、証明してみせるからさ」
と彼女は、微笑んでから、僕の手元からポテチを奪って口の中へと放り込みます。
パリと。
すわ証明してみせるとは……。
つまり、
20の中の人で、怪盗ランマこそが愛おしいと思っている彼女だという事をでしょうか。どうやって証明してくれるのかは分かりません。それでも興味深いとは思います。しかも願っても止まなかった家に行けるのです。うなずくしかありません。
だからこそ、一にも二にも無く彼女の提案に乗る事にしました。
多分ですが、プロポーズの応えこそが、証明となるのでしょう。
あなたのアイドルで、あなたのハートを盗んだ怪盗こそ、あたしなのよ、とです。
いや、それは、ちょっと妄想が過ぎるかもですね。
どうやら妄想癖が過ぎるのは、この僕のようです。
ハハハ。
ただし、
どちらにしろ、プロポーズの応えこそが、肝となるのでしょう。そうも思います。
「うん。だったら今から行こっ。明日は休みだし、時間、大丈夫だよね? 今まで理由が在って家に誘えなかった、お詫びも込めて歓迎するよ。来るよね? 行こっ」
おおと?
遂に、家へと行けるようです。
やっぱりプロポーズの応えは、そこでといった感じですね。もちろん家に招待されたという事はOKの確率が、かなり高いです。心の中で、ほくそ笑んで、小さくガッツポーズ。夢心地にもなりました。そうして居酒屋を出て彼女の家へと……。
もちろん、既に無くなってしまったポテチの袋をゴミ箱へとダンクシュートして。
さあ、いざゆかん、彼女の家。
と、その前にとばかりに彼女が、また、ゆるりと口を開きます。
「あたし、実は宇宙人なのよ。だから、家は月にあるの。だから招待できなかった」
もはや驚きません。いや、驚けません。あまりに突拍子もない事ばかり言うので。
もう、笑うしかないわけです。
くどいようですが、10年近く、彼女と付き合っていたのです。そんな素振りは一切、見えませんでしたし、大体、宇宙人が目の前にいたらSNSで共有コース一直線なわけです。なので、苦笑いをして誤魔化します。またまた、とばかりに。
彼女は、恥ずかし紛れに、とんでもない事ばかり言っている、そう理解しました。
しかし、
このあと信じられない事が起こります。僕と彼女のいる、今に。
直後、カップ焼きそばがッ。意味、分かりますか?
意味が分からないのは、当然。
だって、この時の僕にだって意味が分からなかったのですから。
兎に角、
目の前、いや、眼前の上空に光り輝くカップ焼きそばが現れたわけです。いや、正確にはカップ焼きそばにしか見えない真四角な浮遊体(※UFO?)が姿を見せたわけです。彼女は言います。お迎えだよ、あれ。えへっ♡と笑みます。マジですか?
四角い浮遊物体の底の中央部から温かい光りが放射されて僕らを包んでゆきます。
そのあとの事は覚えていません。一切。彼女の家に着くまでは。
ふっと気づくと彼女の家の玄関に立っていました。
窓から見える外は真っ暗で遠くに地球が見えます。
とにかく僕は彼女の家へと無事に着いたようです。
玄関には、柿右衛門様式の壺。
鑑定団で見て知っていたので、パッと見て分かりました。コレだ。間違いないと。
いきなりのお出迎えで、腰を抜かしそうになったのは秘密です。
そして、
ビビってしまい言葉を失った僕は彼女の自室へと招かれました。
部屋には一台のPCが在って電源がつきっぱなしで放置されていました。画面にはポリゴンで作られた20が立っています。彼女が近くにあったリモコンを手に取り、TVをつけます。TVの中では、今、まさにミュージック番組に出演中な20。
月に、地球の日本から電波が届くのかという些細な問題は、この際、無視ですよ。
映ってるんだから届くんです。
そして彼女は微笑み言います。
「20は基本的に自律化されたAIで動いているのよ。でも大事な場面では、あたしが介在するの。このポリゴンを動かして、ここに文字を入力する事によってね」
と、ポリゴンの横にあるウィンドウを指さします。
そして、
物は試しとばかりにウィンドウへと今日はありがとうごぜえますと打ち込みます。
そののち、ポリゴンの右腕をあげるようにマウスで指定します。
加えて、
あげた右手の中指を突き立てるようにも指定してしたようです。
ありがとうごぜえますと入力したのは敢えてでしょう。中指を突き立てたのも。今までの礼儀に五月蠅い20であれば絶対に言わなし、やらない事ですから。もし仮にでも中指を突き立てて、ありがとうごぜえますと言い出したら僕は死ぬかもです。
だって僕の彼女が20の中の人で怪盗ランマだったのですから。
ドキドキと、心臓が早鐘を打って、TVに釘付けとなりました。
もちろん、20は、中指を突き立てて、ありがとうごぜえますと言い出しました。
口から白い泡を吹き出してアワアワと倒れそうにもなりました。
そっと背を支えてくれる彼女。
彼女のぬくもりが、今は逆に恐怖感を増してしまい、気絶しそうにもなりました。
しかし、なんとか気をしっかりと持って彼女を見つめます。その視線になにかを感じたのか、微笑み返してくれます。もはやプロポーズの応えを聞くという段階は、とっくに飛び越していて、彼女は一体何者なのか、そればかりが気になりました。
「そうね。なにから話そうか。うん。まずプロポーズの応えだね」
いやいや、応えは確かに気になります。気になりますが、それよりも……、君は何者なのかを知りたいといった意味を込めた困った表情で見据えます。それでも彼女は飄々としていて、僕の疑問には答えず、ある意味で僕の疑問に応えてくれます。
静かに。
あたしは宇宙人だと言ったね。
そして、
「あたしは母星に帰る事になったの。二度と君に会えなくなる。だから最後にプロポーズの応えをちゃんと伝えたくて……、でも伝える為には全部を暴露しなくちゃで」
僕は、なにを言われるのか分からなくなって、混乱の極みです。
眉頭が寄ってしまい、眉間に深いしわもできます。
一足飛びで信じろという方が間違っているのです。
でも彼女も意を決していたのか二の句を繋ぎます。
静々と。
「20の中の人で、怪盗ランマで、宇宙人なんて女の子、お嫁さんにできないよね。うん。分かってる。自分でも、よく分かってる。怖いもん。だからさ。ごめん」
彼女がぺこりと可愛らしい音を立て頭を下げて謝ってきました。
その姿が、どこか痛々しくて。
「本当にごめんね。今まで黙っててさ。でも、君と居た時は、あたし、幸せだった」
本当に幸せだったよ。えへへ。
とクリクリ動く小動物のような翡翠な瞳に涙を浮かべています。
「だから、笑って別れよう。本当に、最後の最後まで、ごめんね」
ゆっくり手を振っている彼女。
そこで、
また僕の意識が遠のいて……。
さよならって遠くで聞こえて、僕も悲しくなってしまい涙を一つだけ零しました。
あのあと20は電撃引退しました。怪盗ランマも、あの壺を盗んだあとに引退状を警視庁に送りつけ、二度と、その姿を晒す事がなくりました。そして、風と共に去りぬな彼らの記憶もまた一般大衆の中で風化してしまって、……消えてゆきました。
……僕は、昔を懐かしみます。
縁側で熱い緑茶を飲みながら。
ズズと。
この気持ちを共有したい、と。
あの限定味のポテチを一口だけかじって、やっぱりクセになったわと微笑みます。
空を見上げて、思い出します。
まだ20というアイドルが活躍していて、怪盗ランマという漫画のキャラのような盗賊が世間の耳目を奪っていた時代をです。そう。今、食べている限定味のポテチが、まだ店頭で売っていた頃の事をです。もう一つと、ポテチを口に放り込みます。
ポリと。
……そして、こう思うのです。
今も地球は平和なんだろうな、なんて懐かしくも。
僕は、今、とっても幸せです。
彼女の母星で、静かな余生を過ごしながらもです。
彼女がプロデュースしただけあって、手作りで再現されたあのポテチを食べつつ。
やっぱりクセになるわと……。
パリッ。
僕の隣。
可愛く僕の肩に頭を乗せてコックリコックリと船を漕ぐ彼女と気持ちを共有して。
長い間、一緒に歩いた彼女と。
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