Episode017 ネクスト

 …――次だな。次。


 暗い部屋で一人の男がリモコンを操作する。


 目の前には巨大なモニター。その中で人気絶頂の女性アイドルがコンサート会場で愛想を振りまいている。観客の熱狂ぶりは狂気。驚喜乱舞の最中、歌い踊るアイドルが、いかに人気が在るのかが分かる。画面からの光に照らされた男は、ほくそ笑む。


「みんな、今日はありがとう」


 マイクを通してだが響き渡る可愛らしい声。


 愛らしく、ころころ笑い、手を降っている。


「今日は、みんなに、悲しいのかな、そんなお知らせがあります」


 なんだろうとざわめく会場。


「このたび、あたしはアイドルを卒業する事になりました。もちろん芸能界は引退しません。だから悲しまないでね。これからは舞台や映画なんかで女優をやります」


 ……だから、これからもずっと応援してね。


 などと、また可愛らしくも、お辞儀をする。


 OKッ、などという怒号が会場に乱れ飛ぶ。


 頑張って、ずっと応援するからね、と……。


 暗い部屋でモニターを見ていた男が、静かにも両口角をあげる。


 次だな。


 と一言だけ言ってからリモコンを操作する。


 モニターの画面は切り替わって都心唯一のスタジアムである武道ドームへと移る。


 今日、この日、ここで熱狂的な信者を生んだ芸人コンビのライブが行われている。十数万人規模で観客を収容できるドームを満載にしたお笑いライブ。壇上では件の芸人がコンビで漫才を披露している。観客に目を移すと失神するものすらいる。


「なんでやねんッ。ちゃうわ」


 などと突っ込み笑いをとる。


「いうてね。俺ら、仕事が忙しすぎて休むヒマもないんですよ。寝る時間すらないってね。でもお笑いが好きやねん。だから体にむち打って頑張らせてもらいますわ」


「おまえの場合、むちちゃうやろが。ほれ、白いやつちゃうの?」


 …――腕に針さしてさ。ちゅぅぅってやつ。


「それ、ダメなやつ。そんなん絶対打たんわ」


「本当?」


「当たり前やろ。むしろ、黒いやつ飲んで頑張らせてもらいます」


 モンズターか、モンズター。あれ美味いな。


 ふふふ。


 と少々、笑ってモニターを前にした男が微かに白い歯を見せる。


 彼らから目を離して、幾ばくかの時、目を閉じる。なにかしらを考えていたのか彼が在る場が沈黙に満たされる。ジジっと一瞬、画像が乱れる。それを合図にしていたのか、静かに目を開けてリモコンを手に取る。次だな、次だと厭らしくも嗤う。


 モニターに映されていた映像が切り替わる。


 今度は国会中継だ。


 リーダーシップが半端ないと話題沸騰の総理大臣が椅子に座って手を組んでいる。


 どうやら憲法改正の審議をしているらしい。


 意見を求められた総理大臣は落ち着いた所作で、ゆっくりと椅子から立ち上がる。


 そうして、拳を振り上げて力強く言い放つ。


 いかに今の、この国の憲法が時代遅れになっているのかを力説しだす。そして憲法改正に反対する議員を与党や野党かまず名指しで批判しだす。無論、国会内はざわめき、そののち大混乱に陥る。総理大臣に掴みかかろうとするものすら出てくる。


「改革なさずして、この国の未来はなしッ!」


 と額に血管を浮かしながらも大声で叫ぶッ!


「反対ッ」


「賛成ッ」


 という言葉が乱れ飛び収拾がつかなくなる。


 暗い部屋に在る男は両肘を机の上についてから手を組んで顎を乗せる。その顔つきは、にやついており、どこかしらから毒ガスが流れてきたかのような怪しい雰囲気が漂う。また目を閉じて、なにかしらを思案する。ついで口から漏れる厭らしい嗤い。


 次だな。


 と、またリモコンを手に取りボタンを押す。


 そして時は流れる。


 何年かの時間がだ。


 あのアイドルは凋落した。アイドルでいる内は可愛ければ良かった。しかしながら女優に転身する為のスキルが足りなかった。もちろんスキルは努力で補える。しかしながら努力しても努力しても足りなかった。だから彼女は失意の果て失踪した。


 自分の時代は終わったのかと悩み、いや、終わってないはずだと思い込んだが為。


 加えて、


 ちやほやされた生活が忘れられず、借金をしてまでも贅沢な生活を続けたがゆえ。


 そして、


 話題の渦中に在って熱狂的な信者を生んだ芸人コンビも、また消費し尽くされた。


 なんの皮肉か、あまりの忙しさに追われ、ついには白い薬に手を出してしまった。


 そののちを語るまでもない。


 ご多分に漏れず、逮捕されて投獄され、そして表舞台から消えていた。無論、その後、彼らを見たものはいない。風の噂で死んだとも廃人になったとも言われている。そして、時折、あの人は今のような感じで思い出されるのが関の山と成り果てた。


 一方で、あの総理大臣はと言えば……、これまた世の中から抹殺されてしまった。


 彼の悲願である憲法改正は成った。しかし、ほどなくして大スキャンダルが発覚。


 スキャンダルの詳しくは省くが、スキャンダルが命取りとなって自宅で首を吊る。


 引責辞職は当然であり、それ以上のものを世間から求められたがゆえに追い詰められての自殺であった。もちろん死んだ当初は大きな騒ぎとなった。しかし、その騒ぎも、いくらかの時を経て忘れられる。無論、総理自身の存在も風化していった。


 そうして、次だ、という言葉が空に溶ける。


 次だな。


 と……。


 あのアイドルは他の新人アイドルに取って代わられた。もちろん芸人も世代交代して新しいコンビが世の中を賑わしている。もちろん政治の世界でも、あの総理などいなかったように新総理が辣腕を振るっている。全てが次に変わっていった。


 時代を風靡した、あの彼らなど始めからいなかったかのうように一切何事もなく。


 また暗い部屋で画面を見つめる男が、嗤う。


 こいつは、まだ大丈夫だな。


 存分に俺を儲けさせてくれ。


 と……。


 そして、画面が切り替わり、新たな時代の寵児が映し出される。


 その映像を見ながら、男は静かに言い放つ。


 次だな。


 と……。


 そして男は厭らしく嗤いながら、こう思う。


 ふふふ。


 全ての裏に俺がいる。そんな事を思っているやつらがいる。だがな。よく考えてみろよ。こいつらをもてはやし、担ぎ上げるのは世の中だ。そして次にしてしまうのも世の中だ。決して俺じゃない。そうだよ。大衆なんだ。大衆が騒ぎ、担ぎ上げる。


 そうして、飽きたら捨ててしまうのさ。だから次になるんだよ。


 俺は、ただその流れの中で儲けさせてもらっているだけの話だ。


 こいつらを次にするのは……、もう言わなくても分かるだろう?


 そうだぜ。お前らなんだよ。


 お前ら。


 ふふふ。


 ふはは。

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