Episode014 花ひらかせたい

 …――君は、とても珍しい才能を持っているね。


 是非とも花ひらかせて欲しい。


 それが花ひらけば、きっと幸せになれるからね。


 僕にはヘンテコな記憶がある。


 それは妄想とも言えるものだ。


 生まれる前の記憶。


 どこだろうか、上手く表現できない不可思議な抽象画的な空間で、珍しい才能があると言われたんだ。もちろん、それが、どんな才能なのかは教えてくれなかった。むしろ教えない方が、幸せになれるとでも言いたそうな笑顔で誤魔化されたんだ。


 それを言ったのは、誰だかは記憶が曖昧だけど。


 そんな風変わりな記憶がある。


 もちろん、生まれる前の記憶だから単なる妄想なのかもしれない。


 ただね。


 ハッキリと覚えている分、妄想と片付けるのも、なんだか悲しい。


 だから、


 僕は、僕が生きている間に、その珍しい才能とやらを見つけ花ひらかせたかった。


 あ、自己紹介が遅れちゃたね。


 僕は大川比呂(おおかわ・ひろ)。今まで生きて才能の欠片も見えなかった凡人。


 そうなのだ。いまだに秘められた才能は花ひらいていないわけだ。


 お話の始まりは僕が中学生の頃までさかのぼる。


 僕は、ある日、スマホを、じっと見つめていた。


 公募ガイドONLINEのページを開いていた。


 このサイトは文芸、写真などの公募情報を掲載している。珍しいところではネーミングなんて公募情報もある。小学校の頃から下手の横好きで、小説もどきなんてものを書いていた、僕。そして遂に意を決して公募に挑戦しようと考えたわけだ。


 と、どこかから現れた謎の手によってスマホが、すっと奪われる。


 もしかして先生にバレたのか?


 と焦る。


 ウチの中学校はスマホの携帯は禁止だったから。


「あれれ、先生だと思ったのかね? あたしだよ」


 やっほ。


 同じクラスの女子。


「なんだよ、お前かよ。ビックリさせるなよ。てか、スマホ、返せ」


「一体、何を見ていたのかね? もしか、エロサイト? アハハ。あんたらしいわ」


 女の子は白い歯を魅せて笑う。


「てかさ。僕の顔を見て、いの一番でエロサイトとか言うな。変態顔に思われるだろうが。僕の顔は、どう見ても人畜無害。エロサイトこそ、ほど遠いのが僕だよ」


「まあ、そういうやつが、むっつりなんだけどね」


「うるさい。散れ散れ、この万年発情系女子がッ」


 そんな言葉も、どこ吹く風でスマホの画面をのぞき込む、女の子。


「およ?」


 どうやら公募情報が興味を引いたようで黙ってサイトを見続ける。


 いくらかの時、沈黙が僕らの間へと流れてくる。


「おおぅ」


 と、目を大きくさせる女の子。


「なるほど。こんなサイトがあったんだ。ふむ。てか、今まで言う機会なかったんだけど、あたし、実は小説を書いているのよ。もしかして、あんたも書いてたの?」


 僕も小説を書いている事は誰にも言っていない。


 無論、目の前の、この子にも。


「うん。ちょっと恥ずかしいけど、書いているよ」


 と、お互いが小説を書いていた事実を明かした。


 その後、


 僕と彼女は、互いの小説を見せ合い読み合った。


 そして彼女の中には小説を書くの才能が眠っている事に気づいた。それも普通のレベルなんかじゃなく化け物レベルの才能がだ。しかも、彼女、曰く、僕にも小説を書く才能があるとの事だった。ヤバげな才能が眠っている彼女に言われたんだ。


 嬉しくなって、僕の珍しい才能は、もしか小説を書く才能か? なんて思ったよ。


 だからってわけじゃないけど、……僕らは公募に挑戦してみようと盛り上がった。


 そして、


 僕らは初めて送った小説が、互いとも受賞した。


 また喜んだよ。飛び上がってね。やっぱり、僕の才能は小説を書くものだったと勘違いもした。そして、絶対に君には負けないぞ、なんて彼女からライバル認定もされてたけど、それが勘違いだと分かるのに、さほど時間を要しなかった。


 つまり、


 始めのうちは、小説を書く技術の習得が、彼女よりも僕の方が早かっただけの話。


 すぐに彼女に追い抜かれてさ。


 僕は才能の限界を感じて小説を書けなくなった。


 僕の小説を書く才能は、花ひらかなかったんだ。


 そこそこレベルの才能ではね。


 そして、


 作家の道にも醒めてしまった。


 もちろん彼女は引き留めてくれた。けど、彼女に勝てないと悟ってしまっていたから逆に疎ましかった。だから高校生になって違う学校になると会う事もなくなって自然と疎遠になっていった。でも、これでいい。相手は未来の大文豪だから。


 なんて自分を誤魔化もしたよ。


 そして、高校生の時は、これといって打ち込むものもなくなり、普通に過ごした。


 多分、小学生の頃から、ずっと書いていた小説に限界を感じて止めてしまった事がトラウマになっていたんだろうね。なにもする気になれず、夢に対して空しさを感じていたぐらいだった。当然、帰宅部で家に帰れば、ゲーム三昧の日々を送った。


 そんな僕にも、高校を卒業する時が迫ってきた。


 まだ社会に出て働きたくない。


 そんな思いが、頭をよぎった。


 ただしゲーム三昧が祟って大学に行けるような学力もなかった。そんな時、見かけた、芸人養成所の広告。現実逃避だったんだろうね。柏手を打って、これだ、なんて思ったよ。そして、入所試験を無事に突破して、お笑い芸人の養成所に入った。


 養成所での初日、オドオドとした、かなりヤバげな挙動不審な男と一緒になった。


 いや、むしろ、その挙動不審さこそが、お笑いには、必要不可欠。


 僕は、直感的に、そう感じた。


 彼の全身はカクカクとした動きでロボットのようだった。でも、なぜか手足の先端に近い部分はウニョウニョとタコのように蠢く。もはや、この動きは笑いを取るべくして生まれたものだとさえ思えた。だから、この男とコンビを組もうと考えた。


「ようッ」


 右手をあげてから軽いノリで彼へと話しかける。


「な、な、なに? 僕によう?」


 どもり具合も、また面白いぞ。


 将来の天才芸人を見つけたッ!


 と思った僕は、たたみかける。


「僕とコンビを組まない? その動きといい、そのしゃべり方といい、お笑いをする為に生まれてきたようなやつだと思う。少なくとも、僕は、君に才能を見たッ!」


 なんて言って、おだててみる。


 今度は全身が軟体動物のようにうねって逆に先端部分がカクカク。


 本当に、こいつは人間なのか?


 やっぱり笑える。間違いなく天才だぞ、こいつ。


 と思ってしまい場も弁えず大声で笑いが零れる。


「ダメかい? 僕とのコンビ?」


 もう一度だけ彼に聞いてみる。


 恥ずかしいのか、彼は、うつむいてから応える。


「ご、ご、ごめん。僕、ピンでやりたいんだ。ピンじゃないとダメなんだ。このオドオドした性格を直したいからさ。コンビだったら絶対、相方に甘えちゃうから」


 理由を聞いて、まあ、真剣なんだろうと思うよ。


 けど、笑えてくるのはなぜだ?


 やっぱり、こいつは天才だと、強くそう思った。


 そんな、お笑いをする為に生まれてきたような男とコンビは組めなかった。だから僕もピンでいこうと思った。コンビを組むんだったら、こいつしかいないとしか考えられなかったから。そして、やつと友達になった。で、不思議だったんだけど……、


 僕にもお笑いの才能がそこそこあったのか始めは養成所の誰よりも人を笑わせた。


 その時、


 もしかしたら、僕の才能は、お笑いだったのか?


 なんて、勘違いもしたもんさ。


 ……あの小説の時と一緒でさ。


 結論から言えば、僕は、ただの器用貧乏で、お笑いもすぐに頭打ちになった。笑いがとれなくなったんだ。ただ僕が笑いをとっていた時期、例のカクカクでウニョウニョが、僕には負けたくないと言ってきた。そしてライバル認定されてしまった。


 もちろん、すぐに抜かされてさ。やつは養成所で一番の笑いをとるようになった。


 まあ、でも、やつは始めから面白いやつで、お笑いをする為に生まれてきたような人間だから悔しくもなかった。当然だって思った。だから養成所を卒業するまでは友達として付き合ってやろうと思った。だから養成所を途中で止める事はなかった。


 でも、僕のそれは、所詮、素人に毛が生えたレベルでしかない、お笑いの才能だ。


 だから、


 卒業するのと同時に就職した。


 お笑いを、すっぱりと諦めた。


 もう夢を追うのは止めようと思った。どうせ珍しい才能とは言っても器用貧乏な才能だとか、そういったもんだろうと結論づけたんだ。いや、むしろ、生まれる前のヘンテコな記憶だから妄想だと片付けてしまったんだね。そして働いた。必死に。


 息抜きにと始めたギターが面白くなりバンドにも入ったけど……。


 そこでもボーカルの女の子の圧倒的な才能に気後れしちゃってさ。


 でも何故かライバル視されてなんて事もあった。


 それでも、所詮、ギターは趣味と割り切っていて、いくらかしてバンドを抜けた。


 そして働き続けた。


 慎ましく生きて幸せを感じる才能も、そこそこあったのか、仕事先で妻と出会って結婚した。子供もできて人並みでも幸福に生きた。そして、子供が大きくなって手を離れた時、思ったんだ。もう一度だけ、夢を追ってみてもいいんじゃないかってさ。


 そう思ったら、なぜだか居ても立ってもいられなくなり何をしようかって悩んだ。


 必死で悩んだ挙げ句、ようやく見つけたものは、


 独立、起業だった。


 アプリを創る会社を興そうと、心に決めたんだ。


 経営の才能は、どうだろうか? と考えたんだ。


 そして起業した。ずっと勤めた会社の同僚を誘ってさ。その同僚には経営の才能があったから彼と一緒にならば安心だとね。でね。僕には経営の才能も、そこそこあったのか、会社は瞬く間に大きくなった。もちろん元同僚の力も凄かったしね。


 そして元同僚は相棒になった。


 ビジネスパートナーってやつ。


 でも、ある時、例によって思ってしまったんだ。


 今、会社が、ここまで大きくなったのは相棒のおかげでしかない。僕は単にサポートしてきただけなんじゃないのか? ってさ。その話を彼にしたら笑って、こう答えた。そのサポートこそが重要なんじゃないか、俺はお前がいないとダメだぞって。


 でも、どうしても僕は納得できなかった。自分の不甲斐なさにさ。


 むしろ、サポートがないとダメだぞ、とサポートだと認められた事が悲しかった。


 だから、


 誰にも告げず、密かに、僕らの会社から去った。


 サラリーマンへと戻ったんだ。


 そして、


 歳をとって、老いた僕は思う。


 やっぱり、あの奇妙な記憶は、妄想だったんだ。


 と……。


 そうだ。僕の才能は、器用貧乏という才能で、もう花ひらいていたんだって。だって、今まで、色んな事に挑戦して、その道の才能在る人物達と出会えて、一緒に夢を追えて本当に楽しかったからさ。そして、僕と同じく歳をとった妻の肩を抱く。


 妻は僕に微笑みかけてくれる。


 二人、揃ってTVを見つめる。


 今日は今まで出会ってきた才能在る彼らが一堂に会してインタビューを受ける日。


 その様がTVで放映される日。


 僕の今までの人生を振り返り、彼らが、どうなったかを知れる日。


 TVの中で一人一人の肩書きが紹介されていく。


 作家を一緒に目指した彼女はいまやノーベル文学賞候補になるほどの文豪らしい。


 次に出す本が、すでに話題沸騰で発売前にベストセラーが約束されているとの事。


 お笑い芸人としてコンビを組もうと思った、あのカクカクでウニョウニョは、いまや大御所。大御所になりつつも、お笑いの最前線で大活躍しているのだそうだ。オドオドした性格は直ったようにも思える。ただ、あの動きは健在で笑ってしまった。


 やっぱり、やつはお笑い芸人になる為に生まれてきた男だったんだと妻に耳打ち。


 そっと。


 そして、


 微笑む。


 無論、微笑み返してくれる妻。


 バンドで一緒だったボーカルのあの子は歌姫と呼ばれ一世を風靡して、電撃結婚。


 結婚相手は芸能界のドンと呼ばれるような人物で、結婚後、引退。


 いまだ結婚生活は続いていて幸せそうに微笑む。


 たまに曲を作っているらしいが、それらも全てミリオンセラーだ。


 僕と一緒に会社を作った相棒が静かに出てきた。


 スポットライトを眩しそうに右手でさえぎり、ゆっくりと静かな所作で席につく。


 あの会社は、いまや世界にも進出して子会社が把握できないほどに増えているらしい。世界各国に在る支社も数え切れないほどだという事だ。そして、経営の神様が再臨したと言われているらしい。やっぱり、あいつの才能は半端なかった。


 と妻に、また耳打ちして笑む。


 そして、


 厳かにインタビューが始まる。


 さて、では、集まって頂きました日本の著名人たちのインタビューへと入ります。


 準備は、よろしいでしょうか?


 ……彼らが、一斉にうなづく。


 誰も言葉を発せず、静かにも。


 では、お伺いしたいのですが、貴方方の恩人を教えて頂けますか?


 僕と作家を目指した彼女にマイクが向けられる。


 コホン。


 と咳払いをしたあとに続ける。


 大川さんと申しまして、ただ、この場で、知っている方は、いないと思いますが。


 彼に公募サイトの存在を教えてもらったんです。


 そのサイトを知らなければ今の私はありません。


 と、そこで矢継ぎ早にカクカクでウニョウニョが大声で口を挟む。


 まだマイクを向けられていないにも拘わらずだ。


 奇遇だな。俺の恩人も大川って言うんだ。もしかしたら同一人物?


 だったらそれこそ笑えるよな。


 お笑いのネタになる案件だわ。


 てか、その大川がさ。俺を見て、お笑いをする為に生まれてきた男なんて、おだてやがってよ。それどころか才能を見たなんて言いだしやがって、その言葉に乗せられたのが俺だ。そして今、ここにいる。……と、しゃべり倒す元挙動不審男。


 いや、今も動きだけは健在で挙動不審だけどさ。


 作家の彼女が微笑んで応える。


 もしかして下の名は比呂さんじゃないですよね?


 そこで、


 引退した元歌姫が、言い放つ。


 もはや順番を待っていられなくなったんだろう。


 てか、それ、あたしも、あたしも。あたしの恩人も大川比呂だよ。


 カクカクでウニョウニョがウニョウニョでカクカクになって言う。


 マジか。


 それこそ漫才のネタだろうが。


 アハハ。


 などと言ってから、腹を抱えて、笑い出す始末。


 じっと成り行きを見守り、黙っていた会社を一緒に興した相棒。僕らの会社を世界的企業に育てた彼の目が細くなる。スタジオの天井を見つめて、ふっと息を吐き出す。なにかを考えたあと静かに目をみひらいてから、ゆっくりと口も開く。


 君らの話、それは本当なのか?


 TVだからといって、リップサービスをしてるんじゃないのかね?


 そちらの方は芸人さんだしね。


 経営者の相棒以外の彼らが口を揃え強く応える。


 いやいや、本当の話だってと。


 顔の前で手を立てて振りつつ。


 経営者の相棒は苦笑いで言う。


 そうか。


 奇遇だな。俺の恩人もまた大川比呂というんだ。とても興味深い。


 と、ここまで聞いていた僕は絶句してしまって。もちろん彼らの全員が口を揃えて僕を恩人なんだと言いだしたからだ。僕は、彼らに、なにもした覚えはない。それどころか彼らがいた事で人生を愉しませてもらったとさえ思っていたのに、だ。


 絶句した僕の隣には、当然よ、という、すまし顔をした妻がいた。


 でも僕はどぎまぎしてしまう。


 なんで?


 と……。


 彼らの恩人が一様に謎の大川比呂であったからこそインタビューは中断された。それでも面白い画が撮れると判断したのか、TV中継は続けられる。その間中、彼らは雑談形式で大川比呂の話題で盛り上がっていた。僕は、呆然と画面を見つめ続けた。


 作家の彼女が言う。


 大川比呂さんはライバルになってくれたんです。


 私が作家を目指した当初、ライバルとして一緒に切磋琢磨してくれました。そして自分に自信を持てた頃、彼は、私の前から消えた。そうなんです。私が作家として生きていく決心ができるまで一緒にいてくれたんです。彼が、いなかったら……。


 カクカクでウニョウニョは歯を魅せてから笑う。


 ヌハハ。


 まあ、俺も似たようなもんだ。


 俺が、お笑い芸人を目指したのはオドオドした弱気な性格を治したいからだった。


 で、芸人になったばっかりの頃、周りで、やつが一番、笑いをとっていた。だから負けたくない一心で頑張ったってわけ。で、オドオドが治り、芸人としての自信がでできたら、やつは消えやがった。本当はやつとコンビを組めば良かったんだがな。


 コンビを組むと、やつと勝負ができないなんて意固地になってよ。


 今、考えるとアホな事したな、とか思っとるわ。


 などと言いだした。


 もちろん、元歌姫も天才経営者も同じ理由でさ。


 自分達は大川比呂によって才能が花ひらいたんだと力説したんだ。


 そこで、ようやく分かった。アホな僕でも、やっと気づいたんだ。


 僕の珍しい才能とは……、他人の才能を花ひらかせる事ができる才能だったんだ。


 と……。


 フフフ。


 僕の隣で、当然だわ、などといった含みを持つ笑みを浮かべる妻。


 あたしも貴方に出会って幸せになったんだから。


 そして、その後もTVの中の彼らは大川比呂こと、僕の話題で盛り上がって、いつまでも終わる事のない思い出話に花を咲かせていた。もちろん、僕は、恥ずかしすぎて、もはやTVを直視する事ができなかった。妻が僕の右手をぎゅっと握る。


 温かい手で力強く、ぎゅっと。


 今度よ。大川比呂を呼んでさ。感謝祭やろうぜ。


 感謝祭。


 とカクカクでウニョウニョが、皆へと提案する。


 いいね。


 と間髪入れず、皆、一様に笑ってから肯定する。


 僕は、僕は、僕は、もう、なにも言えなくてさ。


 ただ一つだけこうつぶやいた。


 僕は幸せものだ、……ってさ。


 隣にいる妻が、また温かい手で強く、ぎゅっと右手を握ってきた。


 そして、微笑みかけてくれる。


 やっぱり僕はとんでもないほどの幸せものだよ。


 本当にそう思う。心の底から。

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