Episode013 作品という名の世界

 …――君が、創り出す作品こそが僕にとって尊いものなんだよ。


 イラストを描くのが好きな彼女。


 僕は彼女の描き出す世界が、たまらなく好きだ。


 ただウソつきだけど。


 それがたまに傷かな。


 そんな彼女の夢を見た。とても不思議な夢……。


 目の前には、とても可愛い彼女。


 夢の中で、薄く茶色くも長い髪が、風になびく。


 小学生の時、隣の席になって、なんとなく話す仲になった。そして、いつの間にか好きになっていた。愛嬌のある容姿とウソつきでも愛らしい性格。決して美少女とは言えないけども、僕にとっては最高な人だ。もちろん彼女とは言えど……、


 別に付き合ってるわけじゃない。


 単なる幼馴染みで、小さい頃からの慣習で一緒にいるだけの仲。


 彼女が頬を、ほんのり桜色に染め、うつむき、もじもじしながらもぽそりと一言。


「好きよ」


 いやいや、好きって。


 多分、友達としてだ。


「ずっと好きだったの。君と出会ってからずっと」


 だから、


 友達として、だよね?


「フフフ。その顔は信じてない顔。ずっと一緒にいたから分かる。そうね。もっとハッキリと言うわ。君を愛しているの。ねぇ、あたしと付き合ってくれる?」


 真っ直ぐな想いをストレートな言葉に乗せてブラウンの瞳を、ゆっくりと閉じる。


 僕は、どぎまぎしてしまい言葉を失ってしまう。


 だって、そうだろう?


 今まで、ずっと一緒に居て、飽きるほど一緒に居て、友達というのもおこがましいほどな仲なんだ。むしろ家族と言ってしまってもいい。夢の中での話とはいえ、そんな彼女から告白されたのだ。信じられるわけがない。あり得ないとさえ思う。


 もちろん僕も彼女が好きだ。愛している。でも。


 僕は、うつむいてしまい、彼女から視線を外す。


 だって僕なんかが、君とじゃ釣り合わないから。


 困って眉尻を下げる。


 言葉が出ない出せない。どうしても応えられない。僕なんかじゃと思ってしまい。


「うん。そっか。それが君の応えなのね。ごめん。戸惑わせてさ」


 と言うが早いか、目の前がかすむ。そののち、意識が覚醒する。


 ベッドの中で天井を見つめる僕の目には、涙が、にじんでいた。


 いつものカフェにて。


「うん?」


 と彼女がアイスレモンティーに差し込まれたストローをくわえたままで聞き返す。


「だから君に告白される夢を見たの。あり得ないよね。君が僕にだよ? 今、欲求不満なのかな。君に女を感じるなんてさ。どうも調子が狂うよ。そう思わない?」


 僕は珈琲カップを机の上に置き、人差し指を立てて、力説する。


 彼女は、僕の事をどう思っているのかという反応を見たいという思いもあったからカフェに呼び出した。もちろん否定したのは恥ずかし紛れ。上目遣いで彼女を見つめる。さて、どんなリアクションが返ってくるのかと、いくらか心が逸る。


 彼女は、


「そっか」


 と言って、レモンティーを飲み干す。


 一拍、時を置いて二の句を紡ぎ出す。


「まあ、そうだね。あたしが君に告白するなんて天地がひっくり返ってもないわ。だって家族だもんね、君とは。というかさ。その話は、ひとまず置いておいてさ」


 そっか。


 だよな。


 と残念な気持ちと当たり前という気持ちが入り交じった想いを隠してから応える。


「なに?」


 彼女は満面の笑みになって、続ける。


「新しい作品が出来たんだ。君に一番に見て欲しくてさ。これよ」


 と鞄の中からタブレットを取り出す。


 起動ののち、画面には彼女が描いた新作イラストが表示される。


 格好いい男のダンディズムが、十全に表現された彼女が描き出す作品……、世界。


「ほう。これは、また凄いね。なんというか、君らしいというか」


 彼女の作品は上手いのはもちろんなのだが、その上で華がある。


 いつも思う事なのだが、彼女が描く世界は、僕にとっては尊い。


 彼女自身を好きであるからこそ余計にも、尊いと思ってしまう。


「この作品のね、モデルは君なんだよ」


「へっ?」


 平凡でヘタレな僕とは似ても似つかないイラスト男を見て素っ頓狂な声をあげる。


 信じられない事をしれっという彼女。


「なんてね。ウソウソ。君が、こんなに格好いいわけないじゃん。てか、100歩譲って、これが君の美化だとしてもだ。君はダンディというよりもショタ系だよ」


 アハハ。


 と笑う。


 あご髭でも生えてきて難事件に挑む探偵にでもなったかのようあごを撫でる彼女。


 そうなんだ。これこそが彼女の素行で、ただ一つの大きな問題。


 彼女は、しれっとウソをつく癖があり、そのウソに、いつも振り回されるのが僕なんだ。しかもドキッとさせられるようなウソをつくのが上手い。だから僕の心臓は、かなり鍛えられている。今の話も、また、そのウソの一つであったわけだ。


「そうだ」


「なに?」


「今度、君をモデルにして、描いてあげようか?」


 僕は眉尻を下げて、両口角も下げる。


「それもウソでしょ?」


 と……。


 アハハ。


 とまた大笑いの彼女。


 そうだ。


 僕と彼女の関係は、これでいいんだ。


 気軽に付き合っているからこそ上手くいくんだ。友達を超えた存在として時を共有するからこそ上手くいくんだ。家族として一緒にいるから。少しだけ寂しい気もするけど、僕は、この関係が好きだ。うん。そうだ。これでいいと言い聞かせる。


 その時は、強く、そう思った。でも。


 彼女が数日後、珍しく僕が一人暮らしをする部屋を尋ねてきた。


 彼女は、泣いていた。


 どうしたの? と声をかけるのも憚れるほどに、悲しんでいた。


 ドアホンを押して、玄関を開けた僕の目の前で動かず、立ち尽くして泣きはらす。


 僕は、そっと彼女の肩に手をおいて、一緒になって立ち尽くす。


 なにが在ったのかは分からない。ウソつきでも明るい彼女が泣いている。のっぴきならない事情があるのだろう。ここで、それを聞いてもいい。いいけど、その時は、なぜか、一緒に泣く事がベストだと思った。もちろん意味もなく泣けない。


 泣けないけど、彼女の涙を、ずっと見ていると自然と泣きたくなってくるもんだ。


 徐々だけど気持ちが高ぶってきてさ。


 理由も分からないのに、なぜだか分からないけども僕も泣いた。


 ひとしきり泣いて、ぐちゃぐちゃになった、お互いの顔を見つめ合って笑い出す。


「酷い顔だね、君の顔」


「そっちこそ酷いよ?」


 などと有り体なやり取りを交わして。


 僕は彼女を部屋にあげて湯煎で温めたホットミルクを振る舞う。


「うん。……美味しい」


 と、彼女は二言だけ。


 その後、沈黙が続いて、でも、なにも言っちゃいけない気がして僕も黙っていた。


 静かな時が流れる。まるで、僕と君だけが、この世界に取り残されたような、そんな気持ちにさえなる。ただ同時に、僕と君だけが、この世界に在る存在ならば、それはそれで嬉しいと思った。時計が時を刻む音だけが、充満する。満ちる。


 と……。


 ホットミルクが入った透明のコップを握りしめ彼女が口を開く。


「フラれちゃったの、あたし。アハハ」


 と乾いた笑いと共にする衝撃の告白。


 これはウソかとも思ったけど彼女の真剣な顔を見ていると……。


「そっか」


 と……。


 そんな言葉しか見つけられない、僕。


 自分で思う。間が抜けた答えだって。


 こんな時、気の利いたやつならば、他にも良いやつがいるだとか、次いこう、次、なんて言うんだろうけど、僕は彼女が好きなわけで。でも、ここで僕がいるなんて言えなくて。やっぱり間の抜けた答えしか出せないんだろう。苦笑いも出る。


 思わず後ろ頭を乱暴にかいてしまう。


「ずっと好きだったんだけどさ。気持ちを伝えたら困った顔されちゃって。ハッキリとは断られなかったけど、困った顔されるって、そういう事でしょ? ねぇ?」


 うん。そうだろうね。僕もそう思う。


 という心を隠した。じっと我慢した。


 彼女の悲痛な顔を見ていると、そうだろうねなんて言えなくて。


 代わりに、変な事を口走ってしまう。


「それって、この前、見せてもらったイラストのモデル? ……あのダンディな彼」


 あの尊いイラストの。


「うん。……そうだよ」


 と彼女はうつむいた。


 僕は、この時、少しだけ期待していたんだ。違うよ、どっちかと言えばショタ系の彼かな、なんて言葉を。もちろん僕は彼女に告白されていない。それでもショタ系ならば僕にも可能性があったのかな、なんて思っちゃって。自分でも馬鹿だと思う。


 心底ね。


「でもね」


 自分が恥ずかしくなり、いくらかの汗をかいた僕に彼女は言う。


「ダンディな時もあればヘタレな時もあるの。だから面白いの、彼。だからモデルにして絵を描いた。それでね。その絵を魅せて、モデルは君だよって言ったの」


 聞きたくない。聞きたくないけどさ。


 聞かなくちゃいけない気がしていた。


「そしたら信じられないって顔されて」


 そっか。


 それで、そのあと……、困った顔をされたと、そういうわけか。


 でも、それじゃ、まだ断れたわけじゃない。フラれたわけじゃない。単に絵にされて困ったという可能性もある。もちろん僕にとっては彼女が創り出す世界は尊い。でも、そのモデルの彼にとっては絵にされた事自体が問題だったのかもしれない。


「だったら、だったらさ、まだ大丈夫」


 僕が、もっと大間抜けになってゆく。


 眼前にいる好きな女の子の恋を応援して自滅しようとしている。


「大丈夫って? 大丈夫ってなにが?」


 うつむき、ふさいでいた彼女の頬に少しだけ赤みが差してくる。


「それは絵にされて困っただけかもしれないでしょ。モデルになって言ってから描いたわけじゃないんでしょ? 写真を無断で撮られたら困るってアレと一緒だよ」


「そっかな? それだけ、なのかな?」


 哀しみ暮れていた顔が、明るくなる。


 うん。僕はこの顔が見られれば……。


 これは、僕のウソだ。


 一世一代の大ウソだ。


「ハッキリと気持ちを聞いてないんだったらさ。まだ大丈夫だよ」


「本当?」


 彼女は、


 ウソつきで想像力が豊かだから余計な心配をするんだ。大丈夫。


 大丈夫だ。安心して。


 対して、


 僕の心は悲鳴をあげて叫んでいて今にも涙が零れそうにもなる。


 でも、彼女が、笑ってくれれば……。


 それでいい。それでいいんだ。うん。


「本当だよ。ちゃんと気持ちを伝えてハッキリと答えをもらうまでは、まだ分からないよ。チャンスあるよ。だって、君は、そんなにも可愛いんだからさ。大丈夫」


 可愛い。


 しまった。余計な事を、とも思った。


 思ったが、もう後の祭りで、後悔だけが僕の心に深く刺さった。


 もちろん彼女の告白を応援するという意味での余計な言葉という意味と、この後に及んでも自分の気持ちを優先させてしまった僕の愚かさにだ。僕は、溢れて零れてくる哀しみを堪える為に天を見上げて、静かに、ただ静かに、そっと目を閉じた。


「うん。そうだね。分かった。今度はハッキリ気持ちを伝えるよ」


 彼女が、ぐぐっといった音が聞こえるようなイキオイでホットミルクを飲み干す。


 そして、


 覚悟を決めて、言う。


「あたしが好きなのは君よ。あたしが愛しているのは君なんだよ」


 とホットミルクが無くなったコップを見つめる。


 信じられない。彼女が、僕を好きで、愛していると言いだした。


 また、お得意のウソ?


 急転直下の展開に心がついていかず、信じられない気持ちと嬉しいという気持ちが入り乱れてしまい困惑する。もちろんウソだと思う。お得意のウソだとは思う。今までの哀しい展開を笑って誤魔化す為のウソだ。そうに違いないと考える。


 けど、それでも天にも昇る気持ちになってしまって浮ついた。地に足がつかない。


 彼女が、また微笑む。


 えへへ。


「これで二度目の告白」


 いやいや、別に告白はされてないし。


 告白された覚えもない。やっぱり、これは彼女、お得意のウソ?


「あたしが、君に告白する夢を見たんでしょ? だから、二回目」


 そうか。


 そうだったのか。あの夢の話をした時、否定してしまった事を気に病んでいたんだ。だから、あの時、一拍置いて繋いだんだ。そして彼女も、また恥ずかし紛れに否定した。本当は君から告白されて嬉しかったと僕に言って欲しかったんだ。そうか。


 だから、フラれたなんて思って……。


「本当に僕が好きなの」


 また間の抜けた言葉。


「うんッ」


 彼女は、そこに花が咲いたよう笑う。


 その笑顔にウソはないように思える。


 僕は、ようやく信じて後ろ頭をかく。


 乱暴に。


 君に辛い思いをさせてしまったねと。


「そっか。そうだったのか。ごめんね。まったく気づかなくてさ」


「てか、答えは? ハッキリと言って。もう、こんな思いは、二度とごめんだから」


 僕は不思議と零れた涙を我慢もせずに溢れさせるに任せて笑む。


「うん。僕も好きだ。君を愛している」


 僕には、珍しく、恥ずかしげもなく、キッパリと彼女に伝えた。


 答えを聞いた彼女は、また嬉しそうに微笑んだ。


 そして、


「てか、フラれたなんて言ったのはウソよ。ウソ」


 ほへっ?


「確かに、君から夢の話を聞いて、ずっと考えてたら哀しくなったのは本当。涙が出てきてチャンスないのかななんて思ったのも本当。あたしじゃ、ダメなのかなって」


 でもね。


「一緒に泣いてくれて、あ、この人だったらって思えた。だからウソをついた。一芝居うったの。フラれたって言ったら、きっと勇気づけてくれるって分かってたから」


 彼女は真っ赤になってからうつむく。


 そっか。


「また騙されたわけか、君に。フフフ」


 ウソをつく勝負じゃ君には勝てない。


 勝てないんだって、よく分かったよ。


 でも、そんな彼女も、すごく可愛い。


「君が勇気づけてくれたら、告白できるって思ったから。ごめん」


 まあ、僕は、彼女のウソに振り回されるのが、役回りだからね。


 そんな事で、いちいち腹を立てていたらもたないよ。そんな事よりも彼女を哀しい気持ちにさせて、その上、男の僕から告白できなかった事の方が問題だ。そう思ったら一つのウソを思いついた。悔し紛れっていうのかな、そんな思いからね。


「てかさ」


「なに?」


 彼女は興味津々で僕を見つめてくる。


「僕が好きだって言ったのは君が描く絵だから。君の尊い絵だから。これマジだよ」


 アハハ。


 と笑い合う僕と彼女。


 それはウソ。ウソだよね。アハハと。


 そうして僕と彼女は、長い時間、付き合ったあと共に人生を歩く決意をした。結婚したんだ。本当の家族になった。その時も僕は号泣しちゃって彼女に苦笑いされた。でも、僕は知ってるよ。君は苦笑いしながらも密かに涙を一つ零した事をね。


 そして、


 可愛い子供ができた。僕と彼女のさ。


 生まれてきた子供の笑顔を見た時、僕は、また泣いてしまった。


 本当に、僕って涙もろいな、なんて自分で自分の事が恥ずかしくもなったけどさ。


 そして、思ったんだ。


 この子の笑顔は彼女が今まで創り出した世界の中でも、一番、尊い宝なんだって。


 僕は、ベッドで笑う子にこう言った。


 僕と彼女が一緒になって出来た結晶が君なんだ。


 君はこの世で一番、尊いんだよって。

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