Episode012 21

 …――21という数字をよく考えて下さい。


 よく考えるのです。そして、21の真の意味を知らねば、この世界は滅亡します。


 今日は、


 2021年3月22日、貴方の21歳の誕生日ですよね?


 そうだ。だからなんだ?


 と答えた彼の目の前には、スペードのエースとジャック。


 明晰夢とでも言い出しそうなほどにリアル。


 つまり、


 ブラックジャックだとでも言いたいわけか。


 でも、世界の滅亡とは大きく出たもんだな。


 下らねぇ、アホらしい。


 男は混乱気味に眉尻を下げて現況を省みる。


 昨夜、いつものようにバイトを終え、家に帰った。帰って風呂に入って温まった。そののち作り置きされていた夕食を口にしてベッドに入る。そして電気を消したところまでは覚えていた。無論、眠りに入ったあと起きたという事はない。


 つまり、ここは夢の中?


 男は、21歳の誕生日を迎えた今日、良くできた夢を見せられている。


 言うまでもないが、21という数字をよく考えろというのは自分の歳ではないかと思いを巡らせる。そんな思惑を知ってか知らずか、視界の全てを奪っていた2枚のカードが、ゆっくりと降りる。眼前から消え失せる。裏から現れる美しい女性。


 フフフ。


 翡翠色をした瞳を細め真っ直ぐに見つめる。


 今日、この日から貴方にいくらかの預言を授けましょう。


 預言だと、何だそれは?


 預言とは神の言葉。すなわち神託。それを5つだけ聞く事が出来る力を授けます。


 へっ? ……21じゃなかったのかよ、5つだけだって?


 フフフ。


 21は、また別の意味を持つ大切なる数字。


 預言が成就する為、必要な数字ですから今は、まだ、その正体を明かせませんが。


 てか、これ、夢だよな?


 はいそうですが、何か?


 黄金色した美しい髪を風になびかせた女性を尻目に男は乱暴に後ろ頭をかく。黙ってしまう。預言について肯定も否定もしない。多分に、彼の中で、これは夢だから、どうでもいいやといった投げやりな気持ちが、湧いてきたのだろう。


 そんな気持ちを、くみ取ったのか、一つ笑んで、髪の長い艶やかな女性は続ける。


 では一つ目の預言です。


 てか、いきなりかよ。どうでもいいけどさ。


 時は、半月(はんげつ)から12日後の夜。


 10時54分に貴方の友人であるAさんがビルの屋上から飛び降りて死亡します。


 おいおい、いきなりなんだ。マジか。Aの死亡宣告だと?


 というか、もはや21って全然関係ないし。


 フフフ。


 では、また、折を見て。


 というが早いか、男の目がかすむ。男が在る空間そのものが歪み揺れる。彼は、頭が痛むのか、うずくまって体を震わせる。徐々に、ゆっくりと意識は薄れていった。そうして気づくとベッドの上で朝を迎えていた。当たり前の日常に戻ったのだ。


 彼のバイト先にて……。


「あのさ、A。どうでもいい話なんだけど、一応、言っておいた方がいいかなって」


「なんだよ。なんの話?」


 仕事の合間、休憩時間を使って昨日の夢について語る男。


「なんか、夢の中で、変な女から、お前がビルの屋上から飛び降りて死ぬって言われてさ。気になって、朝から、ずっと気分悪いんだわ。てか、大丈夫だよな?」


 あまりにリアルな夢であったからこそ、念の為にだろう。


「大丈夫って、なにがだよ? 俺が死ぬとでも思ってるのか? アハハ。下らねぇ」


「だよな」


「当たり前だろ。俺は死なねぇ。馬鹿らしい」


「まあ、夢の話だしな。どうでもいいけど、なんか気になっちゃってよ」


「ちなみに、いつよ? 俺が死ぬって日は?」


 ううん?


 とスマホを使って、月齢カレンダーを開く。


「半月から12日後の夜って言ってたな。おお。半月は6日だから3月18日だな。時間は10時54分。こんなにハッキリ時間を覚えている位にリアルな夢でな」


「アハハ。その日はドライブデートよ。その時間だったら、ご想像にお任せするぜ」


 心配しすぎだろ、夢だと、Aはまた大笑い。


 男は、そうだよなと答えて夢なんかに真剣になった己が恥ずかしくなったようだ。


 そして問題の3月18日が来る。その日のAはバイトのシフトを外しており、男と会う事はなかった。なんとなく不穏な空気を感じた男は、ここで21という数字を思い出す。12日後。10時54分。どこにも21という数字は関わってこない。


 うむむ。


 と頭を悩ますが、元来、考えるのが苦手な男はほどなくてして考えるのを止める。


 まあ、夢の中で言われた事だし、大体、預言なんて信じちゃいねぇし。


 と……。


 そして、


 次の日、バイト先にて。


「おお。友よ。死んだぞ」


 死んだ。


 白い歯を魅せて笑うA。


 生きてるだろう、と男。


「昨日は朝まで4回戦よ」


「なんの話だよ? 死んだんじゃないのか?」


「おお。死んだ。死んだ。休みなしで4回戦もやってみろ、いくらタフな俺でも死ぬわ。俺ら、もう21だしな。パコパコ地獄だわ。まあ、飛び降りてないけど」


「なんだよ、そっちの死んだかよ。ちょっとだけでも心配した俺が、アホらしいぜ」


「アハハ」


 などと笑い合った。下らねぇと大笑いして。


 やっぱり世界の滅亡なんてあり得ねぇしな。


 こうなったら21なんて、どうでもいいや。


 と……。


 ともかく預言は外れた。その為、男の中に残っていた微かな不安が吹き飛んだ。夢がリアルであったからこそ心のひだに引っかかっていた杞憂も消え失せたのだ。そうして21歳である若者の日常が戻っていった。また、あの悪夢を見るまでは……。


 目の前には、件の女性。


 小首を傾げ、鼻筋が通って整った顔で笑む。


 まずは聞きましょうか。


 21の意味は分かりましたか。この世界の滅亡に関わる話なのですよ。


 知らねぇし。下らねぇ。


 フフフ。そうですか。……とても残念です。


 では二つ目の預言です。


 12月22日、貴方の父が車で事故を起こします。その事故で父は死ぬでしょう。


 なんだと、今度は父親が死ぬと言い出した。


 もちろん、Aが死ぬと言う預言が外れたからこそ余計に信じられない。


 男としても、これは夢なのだと断じて、笑い飛ばしたい。


 それでもリアルすぎる悪夢で親しき人が死ぬと2回も言われた事で気持ちが逸っていた。しかも目の前にいる女性の不可思議な魅力には無言の圧力があったがゆえに余計に急いてしまった。思う。12月22日……、21とは関係ねぇな、と。


 それでも、こんなにリアルな夢を2回もみるなんて……、


 やっぱ、なにか意味があるんじゃないのか?


 21に。


 でも、世界の滅亡なんて、いまだに信じられねぇけどさ。


 また21について考えてみるが答えは出ない。いくら考えても徒労がゆえ諦める。


 そうして翌朝、父親に、この事実を告げる。


 また念の為にだろうか。


 無論、友のAと同じく、父親も笑って取り合わない。夢だろう? と。


 そうだなんだけども。そうなんだけどさ。でも、と男は、うなだれる。


 そして、


 迎えた2021年12月22日は、案の定というべきか、危機は回避されたというべきか、父親は普通に仕事先から帰ってきてビール片手にバラエティ番組を観ていた。赤ら顔の父親を見た男は、また乱暴に後ろ頭をかいて苦笑いした。


 そして、


 ……また悪夢が訪れる。


 では三つ目の預言です。


 もう勘弁してくれ。お腹いっぱい。どうせ当たらねぇし。


 などといった男の気持ちなどお構いなしに女性は続ける。


 雨が降りしきる木曜日の夜、貴方の妹は家の下敷きになり命の幕を引くでしょう。


 今度は妹かよ。どんだけ俺の周りの人間を殺したいんだ。


 などとも考えてみるが、夢のリアルさだけは否定ができない。否定ができないからこそ、友の時も、父親の時も一喜一憂したのだ。無論、今回ばかりは気持ちを落ち着けて事にあたろうと考えていた。どうせ当たりはしない預言なのだから、と。


「おはよ」


 歯ブラシを口に突っ込んで眠そうな妹がもごもごと言う。


「おうっ」


 男は、自分の歯ブラシを手にとって答える。


「にぃ。昨日、なんかうなされてた? うるさいんだけど」


「ああ、変な夢を見ててな。それが、すごいリアルなんだよ。しかもお前が木曜日に死ぬなんて言われてな。まあ、でも夢だから気にするな。下らねぇ、夢だ」


「あたしが、死ぬわけないじゃん。まだ彼氏ができた事もないのにさ。アホらしい」


 じろりと睨んでくる妹。


「だよな。だから下らねぇ夢の話だって言ったんだよ。まあ、うなされはしたがな」


 ばつが悪いのか視線を合わさず苦笑いの男。


「うん。まあ、夢でうなされたんだったら仕方ないか。でも気を付けてよね。ウチらの部屋をへだてる壁薄いんだからさ。それに、あたし、今年、受験生だし」


 と歯磨きを終えた妹が、がらがらと音を立てうがいする。


「了解。気を付けるわ。悪かったな。すまん」


 と、その日は終わった。


 もはや言うまでもないが、妹が死ぬと言われた木曜日は無事に過ぎる。雨さえ降らなかった。男は、すでに悟っていて当然かと一つ苦笑いをしたくらいで終わった。しかし、それでも悪夢は、四度、彼の元へと吹き込み、舞い込んでくる。


 その間に、いつの間にか、半年という時間が流れていた。


 では四つ目の預言です。


 もういいよ。聞きたくもない。帰ってくれ。


 2022年の冬、母親が宝くじを手に入れるでしょう。そして一等が当たります。


 えっ!?


 今までとは打って変わって、いい知らせだ。


 でも、なんでいきなり?


 フフフ。


 これは、大きなヒントなのですよ。21の謎を解く為の。


 まだ分かりませんか。21の秘密について。


 余計に分かんなくなったっての。


 だからなんだよ、21ってさッ!


 てか、ヒントの意味も分からん。


 ちゃんと意味が在るのかさえも疑わしいぜ。


 とも思ったが、男はじっと黙っていた。宝くじが当たるならば当たるでいい。例によって外れても、それならば、それでもいい。どちらにしろ不幸は訪れない。だったら、と考えたのだ。そうして朝を迎えた。その日は……、暑い8月7日だった。


「あのさ、母さん、宝くじを買う予定ある?」


 一応、聞いてみる。嬉しい知らせがゆえに。


 フフフ。


 と母親は穏やかに笑む。


「宝くじなんて買うと思う? 今まで生きてきて一回も買った事がないのよ。それに宝くじは愚者の税金なんて言われててね。お金をドブに捨てるようなもの」


 とキッパリと返される。


 だろうね。いきなりいい知らせになって浮かれちゃたわ。アホらしい。


 と男はまた頭をかいた。


 ……この世界の滅亡か。


 ハハハ。


 買わない宝くじが当たるくらいに、あり得ねぇっつうの。


 無論、母親は宣言通り、宝くじを買う素振りを見せなかった。9月、10月、11月と時は過ぎてゆく。そうして11月終盤、年末ジャンボ宝くじが発売される。それから、また時を経て、いつの間にか12月も終盤の22日となっていた。


 朝から雨がそぼ降る日。


 その日の男は、ペットボトルの水を飲みながら傘をさして帰ってきた。


 そして、


 とても信じられない言葉を耳にしてしまう。


「宝くじを拾っちゃった。まあ、当たらないと思うけどね」


 そう、母親が、預言通りに宝くじを手に入れていたのだ。


 うおっ。


 これで当たったら、いや、当たるわけない。


 男は自然と湧き上がる高揚感に後押しされるよう胸が高鳴る。当たるわけない。そんなはずはないと高ぶる気持ちを否定してもみるが、頬が緩んでしまう。もしかして死ぬと言う預言の全てが外れたのは事前に知って危機回避をしていたから?


 などと都合の良い解釈までしてしまう始末。


 しかもドキドキと心臓が脈打ち落ち着かないがゆえ早めに床についた。


 ただ、この時、男は大事な事を忘れていた。


 21が、あの女の預言が当たる事が、この世界の滅亡を知らせているという事を。


 そうして、最後である五つ目を授けられた。


 最悪の。


 そうだ。


 時は2022年12月22日となっている。


 では五つ目の預言です。


 世界は滅亡します。……数えて21の月に。


 それは今日なのですよ。


 はいぃ?


 驚きのあまり間抜けな言葉が口から漏れる。


 これを伝える為に、貴方に預言を聞く力を与えたのです。


 これを以て全ての預言は成就するでしょう。


 友のもの。父親のもの。妹のもの。そして、母親のものの全てがです。


 時間はあったはずです。充分に猶予が、あったはずです。


 貴方が、21の深い意味に気づいていれば。


 件の宝くじが発売される期間を事前に調べていれば分かったはずです。


 男はベッドの上で半身をガバッと起こす。手や額、背中にも、そこらかしこに汗がにじみ出ていてべたつく。喉も渇いており、暗い部屋の中で飲み物を探す。幸い、ペットボトルの水を飲んでいたがゆえにベッドサイドに在った水を見つける。


 ごくりと喉を鳴らしてから一気にかき込む。


 ハァハァと息を荒げて、きつく目を閉じる。


 世界の滅亡って、何だ?


 と……。


 真っ暗な部屋に目もくらむ灯りが差し込む。


 慌ててカーテンを開き、男は外の景色に絶望を覚えて絶句してしまう。


 生き残った人間によって、のちに惑星Xと名付けられる巨大な星が、地球へと衝突せんと迫っていたのだ。無論、このジャイアントインパクトをしのぎ生き残ったとしても、待ち受けるのは環境激変による死。すなわち最終的には世界の滅亡。


 あ、当たった。当たっちゃったよ。マジで。


 なんとか絞り出した言葉は、そんな空虚なものであった。


 半月(はんげつ)から12日後の22日の今夜、遅くなった父親は家族の安否が気になり、車を飛ばして帰る。その途中で事故を起こしてしまう。慌ててたがゆえ。時計は10時54分を指す。ビルの屋上では全てに絶望したA。アハハと笑う。


 もう終わりだ。なにもかも。なにもかもな。


 そうとだけ言い残して泣きながらも笑いつつ飛び降りる。


 その数分後、災が降る。


 地球に突っ込む惑星X。


 男は目を大きく見開く。


 真っ白にも染まる世界。


 崩れ去る街。燃え上がる辺り一面。もちろん男の家も例外ではなく潰れる。男の部屋は、なんとか無事であったが、隣の部屋にいた妹は下敷きになる。木曜日の雨が降りしきる今日という日に圧死。男の涙が、あとからあとから止めどなく溢れる。


 今、この瞬間、この世は、まさに生き地獄。


 繰り返しにもなるが、もしここを無事に生き残ったとしても待ち受けるのは死だ。


 男は思う。21って、なんなんだよ、一体。


 21って、だから、なんなんだ。なんだよ。


 クソが!


 うわぁぁぁぁぁぁっ!!


 と……。


 そんな男に惑星Xの欠片が、運悪くというべきか、あるいは運よくと表現すべきか、激突する。トマトが強い衝撃を加えられて弾け飛ぶよう男の頭半分が一瞬で消え失せる。上半分を失った頭に残された口から漏れる、あ゛あ゛あ゛という言葉。


 世界は滅亡します。……数えて21の月に。


 そして、


 薄れゆく意識の中、微かに残った思考で男はこう思った。


 そうか。


 そうだったのか。……ようやく分かった、21の意味が。


 2022年の宝くじ発売期間から逆算すべきだったんだ。


 そうだ。


 俺の21歳の誕生日、2021年3月22日から数えて21回、月が巡れば今日になる。あの日から21ヶ月後こそ今日だったんだ。ようやく分かったよ。ようやく気づいた。ああ、でも、もうなにもかも全てが遅いけど。遅いけどな。アハハ。


 と意識を全て手放した。

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