Episode011 ポジティブ
…――昨日、俺は告白した。
ずっと好きだった女子にだ。
そんな俺はポジティブシンキングが好きだ。いつも前を向いてたい。
だから、
と言い訳をして妄想に耽る。
トイレで、うんこをしつつ。
もし付き合えたら、うるさいくらいにラインがきてよ。毎日、毎時間、繋がっててさ。あ、もちろん繋がるってエロい意味じゃないぞ。うん。俺らは高校生だから清らかな男女交際をだな。……とか言いつつ顔が、にやけてるのは秘密だ。
うおぉっっとッ!
しまらない顔で、うんうんをしてたらスマホが手の中から滑って落ちてしまった。
宙を舞うスマホ。
スマホをキャッチする為、焦って立ち上がる。
危ない。
ヤバい。
とっと。
なんとか無事にキャッチだ。
セーフ。
ズボンがずり落ち、間抜けな格好だが、まあ、助かった。
ふうぅ。
黒ひげ危機一発な状況を回避して、キャッチした手の甲で汗を拭う。
と……。
ぽとり。
ぽっちゃん。ぶくぶく……。
へっ? ぽとりって何の音?
ぼっちゃんって。ぶくぶく?
うおっ!
洋式便器の水溜まりへとスマホがダイブしてしまったッ!
それは見事に着水する高飛び込みの選手のような綺麗な姿勢で、その命を散らす。
例えるならば、今の僕は、殺し合いを強要されてしまい焦った科学者が自分がいる密封された部屋に殺人ウィルスをまいてしまったかのようなものだ。自殺行為。もちろん水底に沈むスマホを救出したい。しかし、うんうんが鎮座している水底。
クソッ!
俺は、うんうんを見ないよう首を限界までひねり、顔を背けてスマホを救出する。
無事に救出完了。しかし、当然と言うべきか、お亡くなりになるスマホさん。どのボタンを押そうとも、画面を力一杯、叩こうとも反応はなし。いや、深呼吸だ。まずは落ち着こう。終わった事は仕方ない。じゃ、次に打つべき手は?
それは修理か機種変更だな。
といっても、どうせ修理も大金を投じなくちゃならない。
だったら、ここは思い切って機種変更を選ぶべきだろう。
だたし、
機種変更は来店予約が必要。
今は、もう夕方だから、今日中に新しい機種を手に入れる事はできない。まあ、どうしても今日中に欲しいというわけじゃない。仕方ない。とりあえず予約だけは入れておいて、後日、新しいスマホを手に入れる事にしよう。と前を向く。
今のスマホも旧世代になりつつあり、機種を変えれば最新のスマホになる。うん。
これは、
いい機会で、間違はないぞ。
なに事もポジティブシンキングだと、スマホを死亡させた僕自身に言い聞かせる。
そして、
来店予約を入れて、明日、午後6時におニューのスマホを手に入れる事となった。
そののち帰る。正直、疲れていたから早く帰りたかった。
さほど愛しくもない家へと。
がらりと、さび付いた鉄がこすれる音を立て玄関を開けた途端、飛んでくる怒号。窮衷怒号螺旋破などという読めない漢字が居並ぶ厨二感満載な言葉がしっくりくるサウンドショックが俺の耳を蹂躙する。両人差し指を両耳の穴の中へ。
「あんた、なんで既読がつかないのよ。電話も電源が入ってないって言われるしさ」
母親だ。
どうせ、帰りに何か買ってきて欲しいものがあったとか、そういった感じだろう。
「大根とごまダレを買ってきて欲しかったのよ」
やっぱりな。そんな事だろうと思ったよ、マイ・マザー。
心の中で強く親指を立てる。
グッド。
俺はショック兵器が内蔵された百鬼夜行な怪物である母親を無視して、そそくさと自分の部屋に逃げ込む。そうして鍵をかける。外で、がちゃがちゃと怒りが篭もった感じで、忙しない音が続いているが、完全黙秘。やがて、やつは……、
あきらめたのか、あの耳障りな音が消え去る。
ふうっ。
余計な体力を使わせるなよ。
疲れる。
俺はベッドに身を投げて、仰向けに寝転がる。
そして後ろ頭に両手を回す。
良かった。スマホが壊れていて。買い物を頼まれていればスーパーに寄り道しなくてはならないのが、面倒くさい。しかもだ。あの鬼子母神(母親)は頼んだ買い物で立て替えた料金を払ってくれない。生活費を払ってないんだからとか言ってな。
てか、俺は高校生だぞ。生活費ってなんだよ。
……とそう言いたいが、言ったあとの事を考えると怖くて言えない。
スマホが壊れてて良かった。
うん、やっぱり、ポジティブシンキングしょ。
ふあっと、あくびをする俺。
うとうととして眠くなった。
あのオバさんの相手をして余計に疲れたしな。
寝よう。
横になって体を回復しよう。
それから、どれだけの時間が経っただろうか。腹が減って目が覚めた。時計を手に取る。時間を確認。うおっ。熟睡してしまった。もう夜9時を過ぎてるじゃないか。普段だったら、すでに風呂に入って出ている。そして、ゆっくり漫画を読む時間だ。
でも、夜の飯も食べてない。
なんで、ご飯だと呼ばない?
あのババァ、さっきの連絡が取れなかった事を根に持ってやがるな。
これで、夜飯がなかったら、逆ギレしてやる。
キッチンへと早足で急ぐ俺。
ホッと一つ安堵の息を吐く。
食卓にはラップに包まれたオムライスと豆のスープが置いてあった。
そこには書き置きもあり、読むと、どうやら母親は、仕事が早く終わった父親とラブラブデートに直行したらしい。まあ、深く詮索すると兄弟が増えそう気になるので考えまい。くわばらくわばら。オムライスにケチャップをかけて口に運ぶ。
まあ、美味い。普通に美味い。豆のスープも美味い。普通に美味い。
うんぐ。
もぐっ。
てか、美味すぎる。なぜだ?
そうか、よく寝て、体の調子が良くなったのか。飯がすごく美味い。
またしてもスマホが壊れて良かったと感じる。
今日は、観たいテレビもなかったし、疲れていたから着信音なんかに邪魔されず熟睡できたのは本当に良かった。疲れもとれて飯が美味いしな。もちろん、これで食事がなかったら最悪だったが、食事もあったから良しとしよう。うん。そうだ。
やっぱり、ポジティブシンキングだな。うん。
さてと。
飯も食って腹いっぱいだし、風呂でも入って、そのあとに漫画を読んで寝ようか。
と、その日は暮れていった。
スマホが壊れて良かったと。
そして、次の日、新しいスマホを手に入れた。
おお。やっぱり新しいスマホはわくわくする。
色々、いじって遊び、アプリも沢山入れて、童心に戻る。一通り、いじり倒したあと、そういえばとラインを開く。昨日、母親は、一体、どんなメッセージを送っていたのかと確認したくなったのだ。下らないもんだろうなと笑いつつラインを開く。
と、僕の興味は別に移った。
あれ、これって?
そうだよな。これって……、あの子からだよ。
二日前に告白した、あの子。大好きなあの子。
なんだ?
返事か?
と慌ててメッセージを読む。
ドキドキとして胸が高鳴る。
>告白してくれて、ありがとう。嬉しかったよ。
ふむっ。
好感触だ。幸先がいいぞッ!
>でも、これって偶然なのかな? なんとなく良いなって思ってた先輩からも告白されたの。ただ、気持ちの整理がつかないから、どうしようかなって悩んでる。
うむむ。
>だから、こうしたい。このあと直ぐに返事を下さい。どれだけ、あたしを想ってくれているかの気持ちを込めて。その返事を読んで気持ちを決めるから。お願い。
ちょっ!
ちょっ!
ちょっ!
ちょっと待てぇぇぇぃぃッ!
>えっ? なんで既読が付かないの。なんで? そっか。こんなやり方で気持ちを決めるっていうのが気に入らなかったのかな。そうなの? ねぇ、答えて。
だから待ってくれぇぇいッ!
スマホが、スマホが壊れていたんだよぅぅッ!
>そっか。そうだよね。ごめんね。あたしって嫌な子で。さようなら。
じ、自己完結ッスか? マジッスか? マジ?
待って。待ってプリーズッ!
ハァハァと息を荒げ、動悸が激しくて苦しい。
ふぉぉ。
一旦、落ち着こう。落ち着こう、僕よ。うん。
落ち着け。そう、心静かに。
ふうぅ。
てかさ。アレだ。ポジティブシンキングだ。うん。こんな時こそな。
こんな事で試すような女の子とさよならできて良かった。良かった。
よ、よ、
良かったんだよぅぅぅッ!!
クソッ!
クソが。
クソがぁぁッ!?
うおぉぉぉぉん!
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