Episode007 転生なる人生

 …――あなたは、なにを望みますか?


 俺は行くあてもなく公園のベンチで寝る生活をしていた。


 生前、貧乏でどん底の人生を歩んだ。


 運に見放され、いや、運など始めから、どこにもなくて。


 そして、


 寒さに震えて他人がクリスマスを楽しむ様を横目に、ひっそりと息を引き取った。


 しかし、


 ここにいる。そう、俺にもやっと運が向いてきたのだッ!


 目の前にはスキンヘッドで、額にはGODと描かれた、ちょび髭の神さんが居る。


 あなたは、転生するのです。


 あなたの望むものを手にして、です。


 いや、落ち着け。まずは一旦、落ち着くんだ。


 深呼吸。深呼吸だ。


 すー、はあ、すー、はあッ。


 ずっと今まで考えてきた。仮に転生したら、どんな人生を歩みたいか。どんな自分になりたいか。ずっとずっと考えてきた。そして、ずっとずっと転生を夢見てきた。そんな夢が遂に叶う時がきたのだ。ようやく悲惨な俺も救われる日が来たのだ。


「まず、確認してもいいか?」


 ……なんでしょう?


「無敵の力に最高の頭脳、そして至高なるスキルをくれと言ったら、欲張りすぎ、転生なしとかいわないよな。あんた、無理とか言わないよな。なあ、どうなんだよ?」


 確かに、欲張りすぎですね。


 や、やっぱりダメなのか。クソッ。だったら……、どれを削って、どれを残すか。


 う、うむむ。畜生、悩むぜ。


 でも、まあ、それが、貴方の望みなんですね。了解です。


 分かりました、叶えますよ。


 ほへっ?


 か、か、叶えてくれるのか?


 マジか。


 そうして俺は無敵の力と最高の頭脳、そして至高のスキルを手に入れて転生した。


 ただし、


 神さんは大切な事を教えてくれなかった。大事な事を言わなかったのだ。いや、むしろ黙っていたのは俺を哀れんでなのかもしれない。そう。生前から、ずっと俺には運がなかったのだ。無論、転生したあとも運に見放されてしまっていた。


 どんなにチートな力を持っていても運がなければな……、


 いや、みなまで言うのはよそう。虚しくなる。


 そして、俺は、また死んだ。


 ベッドの上で、目が覚める。


 なんか、長い夢を見ていた気がするけど、思い出せない。


 でも、すごい嫌な夢だったような覚えはある。


 寝汗もべとべとで、ヤバい。


 とりあえず泣くか。


 おむつの中には、ウンコとシッコもあるしな。


 今の俺は赤ん坊である。どうやらチートな力を持ち転生して死んだあと、再び、転生したようだ。しかしながら今度の転生では、なんの力ももらっていない。いや、むしろ、異世界転生のようなものではなく、正真正銘の輪廻転生のようだ。


 そうして、赤ん坊になった俺は云十年の時を経て青年へと成長した。


「ふうッ」


 大きな、ため息を一つ吐く。


 目の前にあったチューハイを飲み干して思う。


 今、現在の俺が、とても哀しくも思えたのだ。


 今年で三十歳になる。いまだに独身。彼女もいない。仕事は派遣。アルバイトといっても過言ではない。先の転生のように、すば抜けた力や知恵もなく、人に誇れるスキルもない。容姿だって人並み。いや、人よりも劣るかもしれない。


 しかも相変わらず運がない。


 財布を落とすのは、しょっちゅうだし、車を運転していれば、もらい事故が日常茶飯事。もらい事故なので損害賠償ができると思いきや、もちろんの如く、相手に逃げられたり、相手が怖い人(※ヤーさんね)だったりして泣き寝入りだったり。


 いちいち例をあげるのが面倒くさいと感じるほどにツイてないのだ。


 そんな俺だから平凡か、もしくは、それ以下の人間と言えるだろう。


 底辺は俺だろうとさえ思う。


 そう考えると、自然とため息が出てしまうのも、仕方がないだろう。


 天井を見上げてから、壁掛け時計を見つめる。


 チックたっくと音を立て時を刻み続ける時計。


 また大きなため息が漏れる。


 そうだな。考えるのはよそう。夕食の時間だ。


 前もって買ってあったコンビニ弁当をビニール袋から取り出してレンジに持っていく。温める。夕刻に菓子を食べていたから、そんなにお腹は減っていない。しかし寝る時間を考えると今食べておかないと太ってしまう。この歳になると……、


 生活習慣病も気にしないといけないから……、


 今のうちに食べてしまおう。


 ちぃん。


 と軽やかな電子音が鳴りレンジが俺を呼ぶ。呼びつける。


 できればレンジになんかに呼ばれないで、可愛い子に「ご飯だよ」と呼ばれたい。


「ああ。美味いもの食いたいな。寿司とか、焼き肉とか。ハハハ。今日も俺はコンビニ弁当、450円(税込み)か。まあ、一応、焼き肉だけどさ。モドキだね」


 てかさ。


「いつか女の子の手料理を食べたいな」


 もそもそ焼き肉モドキ弁当を食べる。


 そしてテレビを見て風呂に入って、また別なる異世界転生を夢見ながらベッドへ。


 嗚呼ぁ。


 明日も変わらない一日なんだろうな。


 せめて、もう一度、異世界転生ができる事を夢見て幸せな気分になりながら寝よ。


 と、ある程度、転生したらを考えて眠くなったので、電気を消した。


 明日はクリスマスだから幸せな夢でも見れたらなと温かい布団の中で目を閉じた。


 おやすみ、俺。明日は幸せになれると信じて。


 それから、さらに二十年後。


 ……なんて思ってた事もあったよな。


 あの時は菓子を食べれてチューハイだって飲めた。それどころか焼き肉弁当(モドキだが)なんてものを食べてさ。風呂に入って、温かい布団で寝てさ。それが今じゃどうだ。異世界転生してウハウハどころか、毎食、食べるものにも困る始末。


 今日、食べたものはバッタ一匹だぜ。


 焚き火で炙ったバッタのみ。


 まあ、食べたのがトノサマバッタだったのが唯一の贅沢だったかな。


 今、寝ている場所は、公園のベンチ。布団代わりに使っているダンボールも一ヶ月も使うとがくたびれてきて寒い。寒すぎる。冬って、こんなにも凶器で狂気なんて知ったのは、この生活を始めて初めて知った。そう。俺は、いわゆるルンペなのだ。


 やはり、この人生でも運がなかった。


 だからこそ、こんな場所で寝ている。


 てかさ。


 冬って、寒すぎて川も冷たい。だから川で体を洗うわけにいかない。


 もう半月以上、体を洗ってない。めちゃくちゃ体が臭い。


 まあ、でも、このドブ水みたいな体の匂いにも、慣れてきたけどな。


 アハハ。


 ……そんなもの慣れたくないってか。


 ああ、そういえば今日はクリスマスか。みんな陽気に騒いで、騒いだあとは、美味いもん食べて温かい布団で眠るんだろうな。いいなあ。そうだ。明日はパーティーのあとに残されたゴミを漁ろう。チキンの食残しでいいから捨てられてないかな。


 それにしても後悔してもしきれない。


 俺は、運には、見放されているんだと自覚すべきだった。


 あの時、一縷の望みに託して異世界転しようとトラックの前に飛び込まなければ良かった。俺が異世界転生なんて、できるわけがなかったんだ。むしろ死ぬ事すらできなかった。もし、あの時、死んでいれば、まだ救われていだろうに。トホホだぜ。


 ええっ?


 トラックに飛び込んだ俺が、一体どうなったのかだって?


 言わなくても分かるだろう。当然の如く撥ねられて病院直行。全治10ヶ月の大怪我だぜ。しかも意識不明が1ヶ月ほと続き、集中治療室直行さ。治療費だけでも、目玉が飛び出るほどに請求されたぜ。しかも事故だから保険は効かないしな。


 更に運が悪い事に当たり屋だと勘違いされてしまう始末。


 詐欺未遂に恐喝未遂のダブルパンチ。


 執行猶予は付いたけどさ。前科持ち。


 もちろん仕事はクビで住む場所も追われて、あれよあれよという間に、ここへと。


 今じゃ、


 境遇は違えどもマッチ売りの少女の気持ちがよく分かるのが寂しい。


 寒いな。腹減ったな。死ぬ。


 あれれ?


 なんか、今までの悲しい人生が頭の中に浮かんでくるぞ。


 アハハ。


 もしかして走馬灯って、やつなのか?


 今日は寒すぎるもんな。遂に俺は死ぬのか。ようやくか。


 フフフ。


 嗚呼ぁ。


 でも、本当に運が悪い人生だったな。


 これで、この世ともさよならだ……。


 せめて死んだあとに異世界転生でも、できたらいいな。チートな力を持って、さ。


 アハハ。


 と、ゆっくりと目を閉じた。


 …――あなたは、なにを望みますか?


 次の瞬間、とても信じられない事が。


「あれ? 俺は死んだのか? ここはどこだ? もしかして……、マ、マジかッ!」


 俺は例に倣って真っ白な世界にいる。


 異世界転生だッ!?


 再び、訪れたラッキータイムぅぅッ!


 やっぱり最後の最後は報われるのが人生ってもんだろう。


 このあと目の前に現れるであろう女神、もしくは、とぼけた神を心待ちにする。もちろん望むは無敵の俺。そして最高の頭脳。加えて至高のスキルだ。嬉しすぎて、なにかを大事な事を忘れているような気がするけど、まあ、気にするな。


 俺が主役を張れる時間なんだからな。


 思わず、顔が、ほころび、にやける。


 …――あなたは、なにを望みますか?


 再び声が聞こえる。


 どうやらおっさん的な存在のようだ。


 いや、そんな事はどうでもいいのだ。


 思いっきり叫ぶッ!


「きぃぃぃぃたッ! ようやく俺の時代が来たんだッ!?」


 そうして、このお話は冒頭へと戻る。


 これは永久ループなお話である。悲しき男の無限ループ。


 男は、本当に運が悪いからこそ、ずっとずっと、いつまでも転生し続けるわけだ。


 これ以上に運が悪い事など、一切、どこにもないだろう。


 いつまでも、大事な事に気づかず、転生し続けるわけだ。


 嗚呼ぁ、……合掌。


 ちぃん。


 転生なる人生、おしまいッ!

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