Episode005 文筆家

 …――隠し事か。


 俺の表の顔は一般市民。文筆家だ。


『悪を成敗ッ!?』


 ちょうど一週間ぐらい前だろうか、目の前でいかにもな悪人が倒れた。


 俺は興奮して紅潮した顔つきで、その時の状況を脳に強く焼き付けた。


 正体が不明なヒーローが、悪を倒した瞬間だった。


 そうだな、うん。


 人には一つや二つの他人には言えない秘密がある。


 その秘密を隠し事と言うのだろう。


 もちろん俺にだって隠し事がある。


 繰り返しになるが、俺は、いわゆる文筆家で文章を書く事を生業としている。その流れで、地球防衛隊という肩書も持っている。言うまでもないが、地球防衛隊とは一般人には正体を明かさないヒーローだ。少なくとも俺は、そう思っている。


 でも、まあ、地球防衛隊とは言えど俺一人だけだ。


 だから、


 地球防衛隊と隊を名乗ってもいいのかどうかも怪しいのだが、まあ、気にするな。


 ともかく、正体を、ひた隠して愛する地球を危機から守る為に俺は俺の道をゆく。


 それこそが俺の他人には言えない秘密、隠し事だ。


「そう言えばさ。最近、謎のヒーローが街に現れては凶悪な犯罪者を成敗してまわってるって話、あったでしょ? どうやらそのヒーローの正体が分かったらしいのよ」


 白いカップを傾けてコクっと喉を鳴らし、コーヒーを美味しそうに飲む俺の彼女。


「その話、一切、まったく興味なし」


 敢えて素っ気ない態度で答える俺。


 まあ、人には他人に隠しておきたい秘密が一つや二つは必ずあるのだ。


 その話には、今は触れてくれるな。


 対して、


 カップを置いた彼女は、手持ち無沙汰なのか、コーヒーをスプーンでかき混ぜる。


「まあ、聞きなさいっての。きっと、あんたの仕事のいいネタになるからさ。そのヒーローの正体って、実は……、連続殺人犯らしいのよ。シリアルキラーってやつ?」


 一通りかき混ぜたあと、スプーンを口へと持っていき、付いたコーヒーを舐める。


 やはり。


 間違いない。彼女が俺に伝えようとする手入れた情報は……。


 やつが書いた記事だ。間違いない。


 いや、やつと言ってしまっていのか悩むが、ここではやつという事にしておこう。


 俺の心臓が激しく脈打ち、高鳴る。


「だから興味ないって。聞いてる?」


 また素っ気ない態度で、突き放す。


 心臓の鼓動を落ち着ける為に……、


 近くの窓から見える空を見つめ流れる白い雲を無言で見送る。


「他人を叩きのめすのが好きだから悪人を殴っていたんだって。ヒーローの真相が単なる戦闘狂で他人を傷つけて快感を感じていたなんてね。がっかりだわ」


 半開きになった目でジトッと巡る黒い液体を見つめて、大きなため息を吐く彼女。


 俺が見つめる雲は正義と悪を履き違えたのか、死神を形作り大きな口を開け嗤う。


 …――隠し事か。


 しつこいようだが、人には他人に絶対に言えない秘密が、一つや二つは必ず在る。


『悪を成敗ッ!?』


 一週間ほど前に目の前で繰り広げられた、あの脳に焼き付けたシーンを思い出す。


 そうか。


 そうだな。アレは、やはりそういう事だったのか。


 まあ、俺のあの対処は間違っていなかったわけだ。


 俺は、地球防衛隊と名乗って己の正体を隠して守るべき地球の平和を守っている。


 しかしながら別の銀河から宇宙人が攻めてきたら白旗をあげて降伏するだろう。いや、目の前に幽霊が現れでもしたら膝から崩れて腰が抜けるだろう。それどころか、件の偽のヒーローが倒した暴漢が俺の目の前に現れたら……、


 そそくさと目も合わさず一目散に逃げだすだろう。


 なぜなら俺は、か弱き一般人に過ぎないのだから。


 地球防衛隊なんて、大層な名を名乗ってはいるが、


 その実、小市民という言葉が似合う男なのだから。


「で、そのシリアルキラーってさ、結局、誰なのさ? 正体が分かったんでしょ?」


 俺は、彼女から視線を外したまま、疲れ切った目で天井にある蛍光灯を見つめる。


 今日はなんだか疲れたよ。


 正体を隠し通す事に……。


 蛍光灯は切れかかっているのか時折、ジジっと明滅している。


 腕を投げ出してだらんと脱力して、また大きなため息を吐く。


「この雑誌に書いてあるよ、その偽ヒーローの正体」


 これみよがしに机上に置いてあった女性週刊誌を渡してくる。


 俺はパラパラと適当にページをめくって、またため息を吐く。


「……どこにさ?」


「ここ。この記事」


 と彼女が目次を強制的に開き、大きな見出しが踊る記事を右人差し指で指差した。


 俺はふぅんと鼻を鳴らして、また半開きの目で興味なさそうに大きな文字を見た。


「偽のヒーロー、正体みたり、彼の血塗られた過去」


 そういうタイトルが付いた記事だ。


 またまた大仰な煽り文句を付けたもんだな、我ながら笑っちゃうよ、と自嘲する。


 作者は……、地球防衛隊。正体が不明な文筆家が書いた記事。


 地球防衛隊は、地球温暖化を防止する為の論文を書き、食糧危機で飢え死んでいく子ども達を題材にしたノンフィクション作品を書く。核兵器の脅威を広く世に伝える為にSF小説を上稿する。戦争の悲惨さを知らしめるエッセイを綴る。


 そして今回、偽りのヒーローであるシリアルキラーの正体を暴いた記事を書いた。


 ふうと深呼吸をし心を落ち着ける。


 目の前のカップで紅茶が舞い踊る。


 大丈夫、彼女にはバレてない、俺が地球防衛隊だという事は。


 …――隠し事か。


 人には他人に絶対に言えない秘密が、一つや二つは必ず在る。


 さしずめ、書く仕事をしている俺の隠し事は、書く仕事といったところだろうか。


 まあ、そういう事。


 そうだな。……最後にこう言って締めておこうか。


 また機会があれば地球防衛隊の記事を読んで頂ければ幸いと。

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