Episode003 輝くオーラ

 …――私は、幽霊になっても仕事を続けている。


 赤黒いオーラを放ち原稿を眼前に筆を走らせる。


 生前、担当編集から先生の燃えるオーラ、本当に凄いですねと言われた事もある。


 其れ程までに表現というものに命を賭けている。


 そして文筆業というものを生業にしてきたからか、好奇心は人一倍強い方だろう。


 死しても尚、その好奇心が成仏を邪魔して仕事を続けているというわけだ。いや、正確に言及すれば成仏を邪魔するというよりは成仏はしてはいるのだが、極楽浄土、或いは地獄と呼ばれる場所に行きたくないと現世に留まっているだけの話なのだが。


 ただし物書きには一切執着していない。表現するという行為に執着しているのだ。


 燃えるオーラを消費する表現というものが好きで堪らないのだ。


「てか、あたし、最近のラノベを読まなくなった」


「うん。うん。あたしもあたしも」


 今はファミレスにいるのだが少し離れた席で女子高生の二人組が会話をしている。


 私は筆を鼻と口の間に咥えて、ゆらゆら揺らす。


 死んでも尚、仕事を続けてはいるが、ぶっちゃけ仕事は好きではない。単に考えを表現したいから書いている。私は小説や随筆などという表現方法しか知らないから書き続けているに過ぎない。もし、もっと他にいい表現方法が在るならば……、


 すわ物書きを止めてもいいとさえも思っている。


「じゃ、今の暇つぶしはなによ?」


「当然、ユーチューブ一択しょッ」


「だよねぇ」


 女子高生はお互いを見つめ合い笑い合っている。


 …――なぬ、ユーチューブだと?


 私の右眉尻がゆっくりと上がる。


 右口の端も歪む。


 確かユーチューブとは今人気の動画投稿サイトであったと思う。ラノベを読むのを止めさせる程に面白いものなのか、ユーチューブとは。なるほど。ただ私は現代日本では珍しくスマホもPCも持った事がない。無論、ガラケーとて持った事がない。


 ゆえにネット関連の情報には疎く恥ずかしながらもユーチューブを見た事がない。


 しかしながら、今、流行の最先端をゆく女子高生達(※彼の脳内では女子高生イコールで情報の最先端というステレオタイプに冒されてしまっている)が暇つぶしに選んでいるのはユーチューブ。そうなのか。時代は動画へと移っているわけだな。


 これは一度、視聴してみて自分でも創れそうならば小説から動画へ鞍替えするか。


 私は天才だから、其れ位は、造作がないだろう。


 私は筆を机の上へとゆっくりと置いてから笑む。


 静かに視線を移し彼女らを見る。


 会話の内容を精査する為に……。


 彼女らの内、一人が金髪のロングで紺眼、もう一人が赤いメッシュを入れたボブカットに翡翠色の瞳。そんな出で立ちの二人組。この世の春とは今なのだと他人の目にまで気が回らないのか大声で話し続ける。私は探るように彼女らを盗み見続ける。


「そそ。この前、街でユーチューバーを見かけたのさ。それもすごい有名な人。オーラが凄くてさ。やっぱり大物ユーチューバーって感じだったしょ。すごくねぇ?」


「アハハ。大物って、もしかジャムさん? オフ会0人伝説の大物ユーチューバー」


「ウホ。ジャムさんじゃない。ジャムさんはギャグっしょ。マジ大物の美化金さん」


「うぉ! 美化金さん、マジ凄い」


「うん。本当に凄かった。この桜吹雪によもや忘れたとは言わせねえぜぇなんて決め台詞を生ボイパで聞けたしね。オーラがパねぇっしょ。めっちゃ格好よかったよ」


 うむ。オーラとな。私も在るぞ。


 この燃え盛る赤黒いオーラがな。


 私もユーチューバーに向いているかもしれない。


 それにしても女子高生がユーチューバーを好きなのは分かったが、ここまでとはな。よかろう。私も全力でユーチューバーを目指してみようではないか。いや、まだ結論づけるのは早計。表現方法としてユーチューブは最適なのかから始めよう。


 私に動画作りという表現の方法が出来るのかも未知数だからな。


 そうだな。


 まずは 一度、ユーチューブで小説のネタ探しをしてみても面白いかもしれんな。


「……てかさ。格好いいって言ったらさ、あそこにいるおっさん」


 金髪紺眼が声を潜めて隠れて親指で私を指差す。


 わ、私か。ああ、ああ。そ、そうか。そうだな。


 そうだろうさ。そうだろうさッ。


 私も溢れ出る赤いオーラを隠せていないからな。


 将来の大物ユーチューバーとでも言うつもりか?


 私は敢えて視線を外し顎に手を当て考えるフリ。


 フフフッ。


 というか、お前らは幽霊の私が見えているのか?


 油断したよ。いや、私のオーラが凄すぎるのか?


 いやはや、まいった、まいった。


「なにさ?」


 メッシュの翡翠も小声で潜める。


「不細工じゃない? しかもオーラが死んでるし。美化金さんの正反対。もしかしてリストラされた可哀想な人? てかさ、さっきからチラチラこっちを見てるっしょ」


 ……へっ?


 リストラ? リ・ス・ト・ラ?


 ……だと?


「マジでッ!? こっち見るなっしょ。キモッ!」


 キ、キ、キ、キモいッだとッ!


 この天才に向かってキモいだとあり得ないッ!!


 深い洞察力を潜ませた眼差しと溢れ出る知性に彩られた唇を持ち、情熱によって形作られたオーラを兼ね備えた私がリストラされた可哀想な人でキモイだとッ! あのな。お前らが好いているユーチューバーですら格下なんだぞ。私に比べぶればな。


 つば吐くぞ。つばで私の名を君らの顔に書くぞ。


 ぺっぺっ。


 というか、言うだけ無駄か。それに私は大人だ。


 ここは一つ私が我慢するべき場面なんだろうな。


 まあ、私は大人だし聞かなかった事にしてやる。


 この場で騒ぎになっても困るのは私の方だしな。


 何故なら。


 私って実は芥川龍之介っしょ。


「ニヤついてる。やっぱ、あのおっさんキモいっしょ。オーラぎとぎとピンクだし」


「うんうん」


 コラッ!!

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