Episode002 ベストカップル
…――僕の彼女は一風変わっている。
でもベストカップルだと自負してる。
名探偵と怪盗のドタバタ事件簿を再現できるほどに僕と彼女の相性はいいと思う。
つまり、
如何とも形容詞がたき可愛いさを持つ、愛する彼女と僕は最高のカップルなんだ。
彼女の名は詩木歩(しき・あゆみ)。
もの凄く可愛いく美少女と言われる部類に属するのにクラスでは目立たない存在。
存在感が薄い。
だから、彼女には誰も話しかけない。
決して虐められているわけじゃない。
静かに佇み、可愛く上品であるから近寄りがたき印象を周りに与えるからだろう。
だからこそ彼女には誰も近寄らない。
でも僕だけは彼女の良さを知ってる。
もちろん性格は優しいし、実は地味でもない。僕といる時は、むしろ引っ張ってくれる行動力さえ魅せる。加えて小説が好きで読む事はもちろん、書く事にも長けている。彼女が描き出す世界は感動を与えてくれる。そんな才能も持っている。
加えて、ずば抜けた洞察力を持ち名探偵も真っ青な推理を繰り広げる一面もある。
物語で良くある平凡な高校生というものが一番似つかわしくないのが彼女なのだ。
言ってしまえば漫画や小説などの主人公を張れる人。
それでも普段の彼女は教室の一番後ろの席で文庫本片手に静かに佇んでいる。放課後になってもクラスの誰もが彼女を遊びには誘わない。やっぱり近寄りがたいイメージが先行してしまい、図らずも一人になってしまうからだろう。ただし……、
彼女自身が一人を望んでいる節もあるから、それはそれでいいのかもしれないな。
ともかく今日も彼女は一人で微笑む。
静かに消え去るように、教室から出て、帰ってゆく。
そんな彼女との出会いは僕が500歳の誕生日を迎えた日だった。
なんとなくで持っていた簡易の小型立体映像投影機に救われた日。
彼女の名探偵ぶりを思い知った日だ。
おっと、
500歳と聞いて、不思議に思った人もいるのではないだろうか?
むしろ不思議に思わない人がいたら、その人は僕と同類だろうか。
ともかく不思議に思った人達の為に少しだけ僕の素性を明かそう。
うむッ。
僕は地球を温和に支配する為に宇宙の彼方から来た宇宙人なのだ。
例えるならば地球を怪獣から守る為に遣わされたウルトラ男のようなもの。無論、怪獣など襲来しない。だったら、なにから地球を守るのか? と問われれば環境問題や格差などを生み出した腐った政治や過激な経済制度からと答えよう。ジュワ。
だからこそだ、僕は……、
地球を温和に支配すると言ったのだ。
つまり平和裏の内に国際政治の中枢へと入り込み世界から戦争や貧困を無くす。そして環境保護の為に尽力するつもりでいる。人によっては、それらを裏から世界を牛耳るとも罵るが、僕には僕なりの崇高なる理念があり人間達を助けたいのだ。
ともかく、だからこそ僕は自身が宇宙人であると人間達にバレてはならないのだ。
平和裏に支配してコントロールするというのはそういう事なのだ。
そんな僕の500歳の誕生日、彼女は僕の前へと現れてプレゼントを渡してきた。
青いリボンで彩られた薄桃色の小さくも愛らしい箱。
「葵(あおい)くん、500歳の誕生日、おめでとう」
……葵とは僕の地球人としての名だ。
いや、問題はそこではない。確かに言った。500歳の誕生日おめでとうとだ。眉根が寄ってしわができた。額にビー玉のような冷やせが浮かんだよ。普段から宇宙人だとはバレないよう細心の注意を払い生活していた。生活していたはずだった。
どこでバレたと真一文字に口を結ぶ。
僕は目の前で微笑む彼女を見て益々、焦ってしまって答える事ができなくなった。
見つめ合ったまま、時間が凍りつく。
おそらく、二分は、お互い無言で見つめ合ったままだっただろう。
当時、500年も生きてきたにも関わらず、この時ほど時間がゆっくりと進んでいると感じた事はなかった。ほんの刹那の刻が、まるで1000年にも感じてしまい、生きてきた時間よりも彼女と見つめ合っている時間の方が長かったとさえ錯覚した。
音を立てて生唾を飲んで目をつむる。
彼女の小さく可憐な口が静かに開く。
遂に判決が下される時。
「君、人間じゃないでしょ? 上手く隠しているつもりでも私にだけは分かるのよ」
……やはりバレていた。
このまま消え去りたい。
彼女の前から煙のよう。
思考は、どうしたものかと巡り、記憶を改ざんできる装置を思い出した。ただし、その時は持っていないかった。すぐにでも記憶を弄って僕が宇宙人であるという記憶を消し去りたかったが、装置は母星の実家においてきていた。
だから、
適当に話を合わせたよ。
「どうしてそう思うの?」
なんて感じで誤魔化そうとしたんだ。
当たり障りがない質問をぶつけてね。
無論、どんな行動が、おかしかったのかを聞いて参考にする為にも何故バレたのかを聞きたかった。いくら彼女が僕の正体が気になり、ずっと観察をしていたとしてもバレるはずのないものがバレたんだ。なにがいけなかったのか知りたかった。
彼女は右人差し指で足元を指差した。
「浮いてるわ」
僕は足元に視線を移して、後悔した。
そうなのだ。
汚れた地球の大地を踏みしめるのが嫌で、僕は、常時、ほんの少しだけ宙へと浮いていたんだ。もちろん近づいた人にも分からないよう距離にして0.001mmしか浮いていなかった。むしろ浮いていないと言ってしまっても過言ではなかった。
そんな微妙なる差異に気づける彼女が怖くなった。その視力、一体いくつなんだ?
と……。
いや、それ以上に凄まじい洞察力だ。
大体、気づく事自体、おかしいのだ。
これを浮いていると言ってしまうとは、あり得ないほどの観察眼。
その時、
小さな声で彼女が、こういったような気もした。僕の気のせいかもしれないけど。
君が気になって、暇さえあれば、ずっと君を見ていたの、……と。
僕はこう思ったもんさ。
こんな地球人もいるのだと心しておかないと今後、色々困るとね。
そう心を新たにして息を一つのんだ。
「他には……」
……えっ! 他にも、なにかあるの?
と驚いたよ。その卓抜なる眼力にさ。
彼女は僕の顔を覗き込み、自分の前髪を右手ですく。
耳にかかった長い髪も、かきあげる。
「顔色が微妙に青白いわ」
心臓がドキっと脈打ち、また冷や汗が額に浮かんだ。
確かに、
その頃、人工皮膚の調子が悪く微妙に顔が青みがかっていた。ただし青白いとはいっても気分が悪い時に青ざめるといったレベルでだ。無論、四六時中、青白い顔をしていれば不思議に思うやつもいるかもしれない。それでもだ。それでも……、
気分が悪いんだろうなくらいで片付けられるはずだ。
それを人工皮膚の不調だと見破るとは、なんとも驚くべき推理力。
金田一も明智も……いや、エルキュール・ポアロさえも真っ青だ。
無論、人工皮膚だとバレていないかもしれないがそれでも宇宙人だと見破るとは。
僕は、目の前にいる文学少女に尊敬と畏怖の眼差しを送ったんだ。
だからこそだろうね。その時、僕は、一発で彼女を好きになった。
地球人も捨てたものではないなとだ。
「まだあるわ」
……えっ、マジか。まだあるのかッ!
僕自身、自分はうかつな奴ではないと自負している。
が、この少女の前ではうかつな奴なのかもしれない。
もう、この時点で両手をあげて白旗を振っていたさ。
「君が人間じゃないって気づいてから放課後に尾行した事があるの。そしたら君は自分の家がある方角じゃない方に歩いていって……、そして目の前で消えたわ」
とスマホの画面に映る動画を見せる。
その動画の中で僕は歩きながら徐々に足元から消え失せていった。
いつ付けられたんだ? まったく気づかなかったよ。
詩木歩さん、やっぱり君は探偵だッ!
それもホームズばりの名探偵さッ!?
僕自身、
宇宙人としての自覚はある。バレてはいけないと思っていた。だから尾行などには気をつけていた。自分の能力だけでは心配だから地球を周回する地球人の人工衛星を使って常に周辺を監視させるほどに警戒していた。尾行防止機器も使っていた。
そんな僕の後ろを隠れてつける怪しい人物がいたら、
尾行防止機器が脳に直接、警報を送ってくる手はずになっていた。
そんな万全の体勢で臨み、しかも、この地球から消える際、つまり母星にワープする時は普段以上の警戒態勢に入っていた。なのに……、その警戒網をくぐり抜けて地球上から僕が消える瞬間を動画に収めるとは。やっぱり君は稀代の名探偵だ。
その尾行術、是非とも教えて欲しいと思ったほどだ。
でも今にして思えば彼女はね。まあ、そういう事だ。
そして当時の僕は観念して項垂れた。
もう無理だ。
誤魔化せない。正直に吐くしかない。
でもまだ大丈夫だ。母星には彼女の記憶を改ざんする装置がある。
悲しいけど僕の存在そのものを彼女の脳内から消し去って、消えるつもりだった。
彼女の前から立ち去り、今後、二度と会わない覚悟を決めたのさ。
有り体に言えば、風と共に去りぬだ。
だから、その時だけは、とりあえずで肯定しておいて、その日の夜にでも彼女の家に忍び込んで僕という存在の記憶を消し去ろうと思った。新たな記憶を植え付け、そして記憶を改ざんしたあと彼女の前から消えようと考えたんだ。さよならってね。
そう考えて真正面を静かに見据えた。
彼女の黒い瞳の奥を力強く見つめる。
「そうか。バレてたんだね。僕は……」
と一旦、間をおいて、もったいぶる。
やはり自分の正体をバラすのはどうにも抵抗がある。
「君は幽霊なんでしょ?」
と彼女が言葉を被せる。
「……へっ?」
幽霊、とな?
というか、一番肝心な所で推理力が暴走し始めたぞ。
いやいや、僕、宇宙人なんですけど。
ジュワ。
そうか。もしかして……、浮いていて青白い顔、そして消え去るとは、それこそ。
「君は500年前に生まれた武将の霊なんでしょ。今までの不可解な事実とそのつぶらな瞳がそう語っているわ。一角ならぬ人物の雰囲気を醸し出しているわ」
オッケーッ! オールオッケーです。
僕は、ポケットにあった簡易の小型立体映像投影機のスイッチを押して起動する。
なんとなくで毎日持っていたけど、まさか役に立つ日がくるとは。
僕は、ウキウキな気分。
フォログラフィーだぜ。
腰に刀。鎧兜に赤備え。
これにて戦国武将の出来上がりだッ!
このまま無双でもする?
ジュワ。
「やっぱり、やっぱり、君も幽霊だったのね。感激だわ。私の目に狂いはなかった。私、一人ぼっちで寂しかったの。私を分かってくれる人がいて本当に嬉しい」
本来の目的であった誕生日プレゼントが入った箱を差し出す彼女。
宇宙人から仮にでも武将にジョブチェンジした僕は箱を受け取る。
ゆっくりと可愛らしいリボンを解く。
……源氏物語の文庫本。
文学少女らしく古典文学の名作を誕生日プレゼントに選ぶ辺り、さすがとしかいいようがない。僕は真新しい装丁をした本のページを軽くめくり、微笑む。もちろん武将の姿でだ。源氏物語の文庫本を持った武将が女の子へと微笑む絵とは……、
ある種のシュールレアリスムだろう。
だが、この際、宇宙人とバレなかったから、まあ、良しとしよう。
そののち、なんやかんやあって愛しの彼女と付き合う事となった。
宇宙人だとバレなかったので記憶を改ざんする必要もなくなったから彼女の前から消え去る必要もなくなったのだ。えっ? 幽霊だと思われていても地球を温和に支配する為には不都合じゃないのかって? そんな声が聞こえてきそうだ。
でもね。
僕と彼女はベストなカップルなんだ。
意味が分からないって?
いやいや、彼女、詩木歩ちゃんは美少女にも拘らず、クラスでは目立たない女子なんだ。始めからいないかのような薄い存在感の女の子なんだ。教室の一番後ろの席で文庫本片手に静かに佇んでいて、誰にも気にされない、気づかれない子なんだ。
そうして、僕が宇宙人ではなくて幽霊だと勘違いした女性なんだ。
つまり、自分の仲間だと勘違いした。
ここまで言っちゃえば、分かるよね?
そうなんだ。
彼女は幽霊。
紫式部の霊。
だから名を詩木歩と言うんだ。詩木歩と書いてしきぶと読むんだ。
そうさ。
彼女は……現代文学を勉強し新たな作品を作る為、現代に蘇った幽霊ってわけさ。
だから僕を幽霊だと勘違いしていても自分も幽霊だから誰にも言う事はないんだ。
そして。
幽霊だと勘違いされている宇宙人と幽霊のカップル。
ベストカップルだよね?
少なくとも僕はそう思うんだ。彼女も、きっと……、
もちろん、この先、まだまだ彼女に僕が宇宙人だとは暴露しない。けど、地球を温和に支配できたら、その時は思い切って告白するんだ。僕はピタゴラ星から来た宇宙人だってさ。そしたら多分、彼女は笑ってくれる。笑って許してくれる。
心の底から、固く、そう信じている。
だって僕も真の意味で理解してくれる人はいなくて心が寂しくて一人ぼっちだったんだから。その穴を埋めてくれたのが彼女だったんだから。もちろん僕も彼女の心の隙間を埋めたと、そう自負している。だから大丈夫さ。僕がたとえ宇宙人でも。
彼女がたとえ幽霊でも。
彼女だけは500歳の僕を理解してくれたんだから。
そして、幽霊なりにも温かい両手のひらで僕をそっと抱きしめてくれたんだから。
僕は抱きしめられた時、涙が出そうなくらい嬉しかったんだから。
ねえ、君もきっと同じ気持ちだよね、詩木歩ちゃん。
と僕は彼女を見つめてから微笑んだ。
うん。そうだよ。愛してる、葵くん。
彼女は僕の気持ちを知ってか知らずか静かに微笑み返してくれた。
でも本当は知ってる。君が、実は宇宙人なんだって。
…――ただ本当の事を言ったら君は私の前から消えるつもりだって分かったから。
怖くて言えなかったんだよ。ごめん。
なんて声が、聞こえてきた気がした。
……、やっぱりバレてたの? マジ?
どうやら僕は名探偵に扮した大怪盗に大事なものを盗まれてしまっていたようだ。
もう後戻りは出来ないほど色々とね。
ジュワ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます