【2021バレンタイン】ブラスノの部


今日はバレンタイン。

今頃この世界でその文化のある場所では、誰かに渡したり誰にも渡されなかったりといった思い出を作っていることだろう。


それは"群"でも例外ではない。

むしろ様々な国から来ている集まりである為、ちょっとした異文化交流である。

そして当然、だっている。


最底辺スラム産まれで文化的な暮らしを群に訪れるまで一切出来なかった狼少年"ブラン"は、まさにその一人である。


ブランはスノウに呼び出されていた。

今日中に、勉強が終わったら直ぐに部屋に来て欲しいと。


「なんだろう。」


心当たりがブランにとってあるはずもなく、疑問符を浮かべながら、スノウの部屋に向かった。








「そろそろかなー。」


スノウは部屋で待っていた。

目的はブランにバレンタインのチョコを渡すこと。

きっとバレンタインのことを知らないであろうブランは、疑問符を浮かべながら来るだろうと思っていた。


思えば、初めてかもしれない。

お菓子とはいえ、他人の為に料理など。

幸い、料理において三ツ星な友人"コメット"がいたため、彼女に頼み一緒にチョコを作った。


作ったのは自分とはいえ、教えたのがコメットなのだから味の自信はある。

後はブランの口にあうかどうか。


いまスノウは恥ずかしさより、楽しみが勝っている。

どんな感想になるだろう。

どんな反応を見せてくれるだろう。


「おっ、ブランかな?どぞー」

「来たよ、スノウ。」


ドアのノック音が聞こえたので返事をすると、予想通りブランが入ってきた。

やはり何も知らなそうな顔に、思わずスノウもニヤけてしまう。


「どうしたの?」

「まだ内緒。ブランはチョコレートって知ってる?」

「・・・食べ物なのは知ってる。でも、食べたことない。」


凡そ予想通りで、ますますニヤけそうなのを堪える。

手に取っている、渡すべきチョコを渡す時が来たのだ。

楽しみはこれからなのだから。


「ブラン、あーん。」

「?あー。」


口を開けるように促している最中に、チョコの包みを取り、一口サイズを一つブランの口に入れた。


「食ってみ、どう?」

「ん・・・・・・・・おいしい。」


味わうように舌で転がしたり噛んだりして、飲み込んだブランは、簡単な感想を言う。

しかし表情は口で言うより正直で、珍しく綻んだような笑みだった。


「今日は特別な日なんだ。知ってるかい?」

「・・・?知らない。」


なるほどやはり。

アルはまだブランにバレンタインのことは教えてなかったようだ。

それが意図的なものか、忘れてたのかはさておき、スノウは内心サムズアップした。


「バレンタイン、好きな人にチョコをあげる日なんだよ。」

「"好き"って、恋じゃなくても?」

「あー、家族や友達にあげることもあるけどやっぱり・・・女から恋をした相手に渡すのが主流、かな。」


自分で言ってて恥ずかしいものだ。

もう白状はしているから言うまでもないことだが、実質なぜチョコをあげたのかを解説しているようなものだから。


「そっか・・・じゃあ俺からはチョコはあげられないんだ。」

「うーん。」


そう言われると困ったものだ。

そもそもいまブランから貰うという考えも無かったのだから。

さて、どうしたものかと少し考え込む。


「お返しの日が来月にあるから、また教えてもらいな。でも、どうしても今すぐがいいなら・・・」

「・・・?」


スノウが手招きと自分の膝をポンと叩くと、ブランは首を傾げて近寄る。


「ほい、座って。」

「ん・・・?」


ブランをスノウの膝に座らせた。

後ろから抱える形でだ。

そして・・・


「噛んじゃダメだぞー、お礼なんだから。」

「なに────」

「よーしよしよしよーしよしよし可愛いなあブランは」

「─────。」


・・・犬扱い、いや子供扱いか。

お礼だから噛むのはダメだと刷り込まれたブランはどうすることも出来ない。

不思議と嫌な感じもしないが、同格と見て欲しいこともあり複雑な心境である。


ああ、でも。

安らぐ感じがあるのは、やはりスノウこそが居場所だからなのか。

徐々に、ブランはスノウに身を預ける。


「チョコ食べてていーんだぞー?」

「食べる。」


こんな贅沢は他になかった。


食べるものが望まなくとも出る。

怪我や病気は治してくれる。

寝る時間は何にも襲われることなく寝られる。

身体を綺麗にすることを許される。


ああ、たったそれだけでも贅沢だったのに。


こんな、だなんて─────


「スノウ。」

「うん?」


だから、そう。

ここに来て学んだ、当たり前だけど大事な言葉。

何にも変え難いことをしてくれたスノウに返す言葉は、とても簡単。


「ありがとう。」


その一言は、今まで一番安らかだった。

その言葉に、スノウはニンマリと笑うのだった。














「あと三日くらいこの扱いでいい?」

「噛むよ」

「ごめんちゃい。」

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